第88話 準決勝《回復術師 vs 魔術騎士》

 国際武闘会・第1回戦、全4試合はすべて終了した。

 準決勝進出が決まったのは、ルイーズ・シャルロットさん・エリーゼさん、そしてこの俺だ。


 第1回戦を終えた後、昼休憩をはさみ、準決勝へと突入する。

 俺はその第1試合で戦うべく、闘技スペースの入場口まで向かった。



◇ ◇ ◇



『──お待たせしました! これより準決勝・第1試合が始まります!』

「うおおおおおおおおっ!」

『──この準決勝で勝利を収め、決勝進出を成し遂げるのは誰か! ご照覧あれ!』


 アナウンスの煽り文句に、観客たちは声援を上げる。


『──まずは北コーナー……王国代表・《回復術師》クロード選手、ご入場ください!』


 入場口の扉がゆっくりと開く。

 扉が完全に開け放たれるのを待たず、俺は悠然と闘技スペースに入場する。


「さっきみたいな八百長はやめてくれよな!」

「八百長なんてしてなかっただろう! ただ煙幕で試合内容が分からなかったってだけで、どうしてそこまで言えるんだ!」

「《回復術師》が《アサシン》に勝てるわけねえじゃねえか! 絶対あれは八百長だぜ!」

「クロード選手、がんばって! 観客たちの野次に負けちゃダメよ!」


 観客たちの大半は、先程のヴォルフさんとの対決を「八百長」だと判断しているようだ。

 だが、国際武闘会運営からはそんな指摘は受けていないし、それ以前に俺は八百長などしていない。

 ヴォルフさんとも、今日はじめて知り合った。


 しかし、俺に降り掛かった八百長疑惑など、正直どうでもいい。

 まったく悔しくないと言えば嘘になるが、次こそは俺の実力を観客たちに見せつけられるはずだ。


 それよりも、俺を応援してくれている人々に報いたい。

 大多数が俺をバカにする中で、それでもなお応援してくれるのであれば、これを「味方」と言わずして何という?


『──クロード選手は煙幕の中、《アサシン》ヴォルフ選手の気配遮断スキルを見破り、勝利をおさめるほどの実力者です! ──続きまして、南コーナー……連合国代表・《魔術騎士》エリーゼ選手、ご入場ください!』

「うおおおおおおおおおおっ!」

「エリーゼちゃん、不正野郎なんてぶっ飛ばしちまえ!」

「あんたは連合国の──俺たち新興勢力の希望だ! 三強の選手に勝ってくれ!」


 ちなみに「連合国」とは、小国がいくつも集まって出来た連合国家である。

 一つ一つの国は小さいが、しかし「連合国」という集団は、三強(王国・帝国・教国)のうちの一国に匹敵する第四勢力である。


 俺とエリーゼさんはスポーツマンシップ、あるいは騎士道精神に則って握手を交わす。

 険しい表情を見せながら、エリーゼさんは俺の目を見据える。


「クロードさん。あなたの力、ここで見せて」

「もちろんです。あなたの腕前も楽しみにしています」


 そう……このエリーゼさんは、教皇がマークしている人物である。

 只者ではないことは、魔力の奔流からも見て取れる。

 器用貧乏な《魔術騎士》の天職にも関わらず、《賢者》エレーヌと同等かそれ以上の魔力を持っている様子だ。


 俺たちは所定の位置まで引き返す。

 間合いは30メートル──黒魔術を行使されれば勝ち目がないように見えるが、《回復術師》は魔術に強いため、そこまで驚異ではない。


 エリーゼさんは剣を抜き払い、俺をまっすぐ見つめる。

 一方の俺は、あえて抜剣せずに棒立ちしている。


「それではこれより、国際武闘会トーナメント準決勝・第1試合──始め!」

『──準決勝、クロード選手対エリーゼ選手の試合、スタートです!』


 俺は懐からダガーを2本取り出し、勢いよく投げつける。

 一方のエリーゼさんは氷柱を10本程度生成し、射出した。

 ダガーの勢いは氷柱に相殺される形で減衰し、エリーゼさんの足元に転がり落ちる。


 残った氷柱から身を守るため、俺は魔術障壁を展開する。

 だが魔術障壁は、「氷」という実体を持つ攻撃とはそれほど相性が良くない。

 良くないと分かっていて、ダメージの最小化を見込んで展開したのだ。


 俺は障壁が砕け散る前に真横にかわす。

 障壁のおかげで、真横にかわす時間を稼ぐことが出来た。


 抜剣しながら石畳を踏みつけ、エリーゼさんとの間合いを詰める。

 そんな俺を近づけまいと、エリーゼさんは魔術で生成した雷の矢を連射する。

 だが俺は走りながら魔術障壁を展開し、そのすべてを無効化してみせた。


 ──取った。


 そう確信し、エリーゼさんの胴に向けて剣を水平に薙ぐ。

 エリーゼさんは地面を踏み鳴らし、俺の剣を受け止める。


「──っ!?」


 剣と剣が交差した時、突如として刀身に電流が走った。

 エリーゼさんが自身の剣に、雷属性魔術を付与していたのだ。


 《回復術師》には魔術が通用しないとはいえ、まったく衝撃を感じないわけではない。

 俺は静電気のような痛みを感じ、剣を握る手をほんのわずかに緩めてしまう。


 その隙を突くかのように、エリーゼさんは電流を流しながら剣を振るう。


 袈裟斬り、斬り上げ、振り下ろし、横薙ぎ──

 真正面から受け止めるわけにもいかず、俺は身体を使ってすべてかわす。


 一旦バックステップで距離を取り、エリーゼさんを睨む。


「その剣技……魔剣術ですね?」


 魔剣術──それは、魔術と剣術を組み合わせた武術だ。

 使用する魔術は基本的に黒魔術であり、白魔術しか使えない俺には身につけることの出来ない技だ。


 だがそれよりも重要なことがある。

 それは、剣術・魔術ともに素養がある人間にしか、魔剣術は習得できないということだ。

 たとえ《賢者》エレーヌが剣を振ったところで、「使いこなせる」域に達することは難しい。


 俺の方に剣の切っ先を向けながら、エリーゼさんは言う。


「私は魔剣術を習得するために、血反吐を吐くほどの努力をしてきた」


 魔剣術は事実上、剣も魔術も使いこなせる《魔術騎士》専用の剣技である。

 しかし彼らでも習得にはかなり手こずるらしく、ほんの一握りの《魔術騎士》しか使いこなせないという。


 魔剣術が扱えるエリーゼさんは間違いなく、最強の《魔術騎士》と言っていいだろう。


「魔剣術だけじゃない……私は世界を救うために、たくさん努力をしてきた。嫌なことだって乗り越えてきた──クロードさん、あなたは《回復術師》にしては強すぎるわ。あなたも私と同じなのかしら?」

「いえ。俺はただ、世界最強の冒険者になって人々を見返したかっただけです。エリーゼさんのような、立派な動機なんて──」


 俺が本音を言うと、エリーゼさんは眉を吊り上げ、怒りをあらわにした。

 大地を踏みしめ、一瞬で間合いを詰められる。


「──じゃあ、ここで木っ端微塵に打ち砕いてやるわ……あなたの戦う意義を!」


 エリーゼさんは電流をまとわせながら、剣を振り払う。

 俺はそれをかわして剣を振るうが、彼女の剣に阻まれる。


「ちっ、やりづらい!」


 エリーゼさんの剣には、電流が走っている。

 つまり、彼女の攻撃を剣で受け止めるのも、俺の攻撃を彼女の剣で受け止められるのも、両方悪手ということだ。

 何故なら剣と剣が接触するその瞬間、俺にだけ静電気が走ったかのような痛みが訪れるからだ。


 それは俺の剣筋を、ほんのわずかにでも鈍らせる。

 国際武闘会に参加するような選手に、そのような隙は見せられない。


「さあ、世界最強の冒険者だかなんだか知らないけど、そんな下らない夢は諦めなさい! そして剣を捨てて平和に暮らしなさい!」


 確かにエリーゼさんの言う通り、俺の動機は不純で下らないものかもしれない。

 ただ自分のプライドを保つためだけの、自分本位の願いに過ぎないのかもしれない。

 エリーゼさんが掲げた「世界を救う」という願いとは、比べるまでもない。


 ──だがそれでも、俺は前を向く。

 一度誓った事を、今になって否定することはしない。


 いや、否定する必要だってない。

 俺は攻撃を捨ててエリーゼさんの剣をかわしつつ、隙を見計らう。


「始まりは確かに、『他人を見返したい』という気持ちでした。それは実に下らない事かもしれない。ですがその力を用いて、俺は魔物やドラゴンを倒して人々を救ったんです!」

「くっ……! そんなの詭弁よ! あなたの行為はただの偽善であって、ただみんなからチヤホヤされたいだけ! そもそも人々を救ったっていうけど、ただの偶然じゃない!」

「確かに俺は偽善者かもしれない。人々を救ったのも偶然です。ただ現場に居合わせただけ。でも──」


 エリーゼさんの剣筋に、わずかばかりの乱れが見えた。

 彼女の振り下ろしを横にかわし、すれ違いざまに胴を斬る。


「──人々を救うことが目的じゃなければ、救ってはダメなのですか? 俺が人々を救ったという事実は、嘘になるのですか?」

「ぐっ……!」


 エリーゼさんは脇腹を押さえながら、バックステップで俺から間合いを取る。

 一太刀浴びせることが出来た時点で、俺は少しばかり有利な立場となった。


「この私に傷を負わせるなんて……」

「勝負はまだまだ始まったばかりです──行きます!」


 エリーゼさんを倒すべく、自分の信念を証明するべく、俺は駆け出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る