第67話 三位決定戦《勇者 vs 剣聖》
『──さあ、ドラゴン来襲というハプニングもありましたが……いよいよ残すところあと2試合です! 次の三位決定戦──ルイーズ王女殿下とリシャール選手との戦いが無事に終われば、ラストの決勝戦です!』
「うおおおおおおっ!」
王女ルイーズは剣の柄を握りしめ、高ぶる気持ちを押さえている。
そう……目の前の重厚な扉の先には、観客たちと《剣聖》リシャールが待っているのだ。
ルイーズは生まれてこの方剣術において、いとこのリシャールに勝った事がない。
そのせいか彼女が剣術の稽古に勤しんでいる時、リシャールはいつも嫌味を言ってきたのだ。
「女の子なのにカッコいい」と、侮蔑するような眼差しで。
「女の子なのに」と差別されることが、ルイーズにとっては一番腹立たしいことだった。
女だからと侮られるのは、《勇者》の天職を得た彼女にとっては、許しがたい侮辱だった。
だが、それも今日で終わりだ。
王都で発生した魔物の集団暴走を、たった二人で抑え込んだという《剣聖》アルフォンスと《聖女》アデライード。
その息子である《回復術師》クロードとの訓練の成果を、今ここでぶつける。
ルイーズは深呼吸をして落ち着かせた。
『──では、三位決定戦です! 北コーナー……《勇者》ルイーズ王女殿下、入場してください!』
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「ルイーズ王女殿下、がんばってください!」
「応援してます!」
「万歳! 万歳!」
重厚な扉が開け放たれる。
アナウンスと観客の歓声が心地よく感じると同時に、プレッシャーとなって襲いかかってくる。
ルイーズは平民出身の騎士であるクロードに負けた。
《勇者》よりも戦闘能力で劣るはずの《回復術師》に負けて優勝を逃した。
今ここでリシャールにも負ければ、次期女王としての威信に関わる。
父親である国王は何も言わなかったが、心の中では「不出来な娘だ」と思っているに違いない。
ならせめて、リシャールだけでも打ち負かす。
ルイーズにできることといえば、それだけだ。
『──続きまして、南コーナー……《剣聖》リシャール選手、入場してください!』
「うおおおおおおっ!」
「ルイーズ王女の得物って剣よね……大丈夫かしら……?」
「──いや、ルイーズ王女なら大丈夫だろ。ありゃ、すぐに引き下がる玉じゃねーよ」
「あんたに何が分かるっていうのよ……でも、なんだか分かる気がするわ。なんでかは知らないけどね」
観客たちの声援は、こころなしか小さかった。
それに腹を立てたのか、リシャールは青筋を立てながらルイーズのもとにやってくる。
そして急に満面の笑顔を浮かべ、こう言った。
「今日も勝たせてもらいます、ルイーズ王女殿下」
「ふん……私がいつまでも負けっぱなしだと思ってたら、大間違いなんだから」
ルイーズはリシャールの態度を腹立たしく思う。
だが、「勝てばいい」と気持ちを切り替え、立ち位置につく。
リシャールとの間合いは30メートル。
ルイーズは彼を睨みつけながら抜剣すると、リシャールもまた余裕ぶった表情を浮かべながら片手剣を抜く。
レティシアに剣を壊されたあと慌てて購入したのか、王弟の息子にしては若干雅さに欠ける剣だった。
「これより、王国武闘会決勝トーナメント三位決定戦を始める。勝利条件は、対戦相手の降参または気絶。体術・魔術の使用は全面的に許可する──始め!」
審判の号令とともに、ルイーズは走り出す。
だが、リシャールの様子がおかしい。
彼は棒立ちしたまま、動こうとしないのだ。
──でも、攻撃しないと始まらない。
ルイーズは雑念を振り払い、袈裟斬りを繰り出す。
「ぐっ──!?」
リシャールはルイーズの攻撃をかわした後、腹に膝蹴りを入れてきた。
ルイーズはバックステップして、一旦間合いを取る。
しかし、これはおかしい。
いつものリシャールなら、袈裟斬りを受け止めたあと水平に剣を薙ぐはずだ。
長年彼と戦ってきたルイーズなら、それがなんとなく分かる。
それはリシャールも同じで、彼女の隙を見切って攻撃することだってできたはずだ。
ならば──
「もしかしてあんた、手を抜いてるわけじゃないでしょうね!」
「そうですよ」
ルイーズの問いに対し、リシャールはあっけらかんと答える。
ルイーズは手を抜かれたことが、とても腹立たしかった。
剣を握る力が強くなる。
ルイーズは石畳を蹴り、リシャールに剣を振りかざす。
それもあっさりかわされるが、それでも諦めずに剣を振り続ける。
「どうしてまともに勝負しないの!? そんなに私との戦いが不満なの!?」
「そうではありません。ですが僕も色々あって腹が立ってるんでね、あなたには絶望を叩き込んでからゆっくり倒して差し上げます──よっと!」
「がは──っ!」
リシャールの肘打ちが、ルイーズのみぞおちに命中する。
今の攻撃でルイーズにわずかな隙が生じたが、しかしリシャールはとどめを刺そうとはしない。
──なんて意地汚い奴ッ!
ルイーズは心の中で毒づきつつ、バックステップで間合いを取る。
「こんのおおおおおおおおッ!」
袈裟斬り、水平斬り、燕返し、逆袈裟──
ルイーズは何度も剣を振るった。
しかしリシャールにすべてかわされてしまう。
「ルイーズ王女殿下、あなたの剣術では僕は倒せない。何故なら僕は《剣聖》だからっ!」
「ぐっ──!」
ルイーズは右頬を殴られる。
「そうだ、僕は《剣聖》なんだ! 最強の剣士なんだ! 準決勝でレティシアに負けたのも、優勝を逃したのも、そして《回復術師》クロードに負けたのも、全部ぜええええんぶッ! ただの夢だったんだ!」
「くっ!」
リシャールは右手に剣を持ったまま、左拳と両足を使ってルイーズを攻撃し続ける。
彼のその表情は、鬼気迫っていた。
──ああ、そっか……リシャールは自分のプライドを傷つけられて、許せなかったんだ。
ルイーズは殴る蹴るの暴行を受けながら、リシャールを憐れむ。
今から約3週間前、《剣聖》リシャールは《回復術師》クロードに剣術で負けた。
それを聞きつけたルイーズは、クロードに教えを請うた。
そして今日、《聖騎士》であるレティシアに負けた。
彼女は槍を使っていたものの、《剣聖》の天職であれば槍など恐れることはないという。
事実、王宮にいた槍使いの誰も、リシャールには勝てなかった。
それでも今日ついに、槍使いレティシアに負けてしまったのだ。
確かにこれでは、いじけて戦意を喪失するのも無理はない。
しかも今は、王女をタコ殴りにする絶好の機会だ。
平時であれば、リシャールごときがルイーズを殴ることなど、断じて許されない。
いくら王弟の息子とはいえ、リシャールは身分上、公爵の小倅である。
だが王国武闘会では、何をしても許される。
《勇者》ガブリエルが強姦魔のように覆いかぶさっても不問だったのが、その最たる例だ。
だからこの機会に乗じ、リシャールはルイーズをサンドバッグにしようとしているのだろう。
「しかもクロードめ! ドラゴン討伐で成果を出しやがって! レティシアが剣を壊さなければ、僕だって! くそっ! ──ルイーズ、お前はまだまだ剣の振りが甘い!」
「あっ!」
「お前は僕から言わせれればただの女だ! 男にかしずくべき女だ! 男を癒すためだけに存在する女だ!」
「はあ、なんですって!? もう一回言ってみなさいよッ!」
リシャールの心臓めがけて、ルイーズは剣を突く。
だがそれもあっさりとかわされ、一瞬で懐に入られる。
リシャールは左腕を振るい、ルイーズの顎にアッパーを叩き込む。
「ぐあっ!」
「ああ、もう一度言ってやるよ! お前たち女は所詮、男を癒すためだけの装置だ! お前は王女で《勇者》だから知らなかったんだろうが、今からそのことを思い知れ!」
リシャールの言うことは、正しいのかもしれない。
ルイーズは王女だ。
国を統治する国王の娘にして王太子──すなわち次期女王である。
国王と王妃の間に生まれたというだけで、若干の不自由はあるものの、権力はたくさん持っている。
ルイーズは《勇者》だ。
《勇者》の天職は破格の強さを誇っており、最強の戦闘職とさえ言われている。
伝承では《聖女》とともに、古の魔王を倒したとまで言われている。
だから《勇者》という天職はステータスであり、冒険者や騎士からは羨望の眼差しで見られる。
では、ルイーズから「王女」と《勇者》を取ればどうなるのか。
答えは簡単──何も残らない。
確かにルイーズは勉強や武術を頑張ってきた。
だが王族だったからこそ教育を受けられたわけだし、《勇者》だったからこそ武術に優れていただけなのだ。
もしルイーズが平民で、なおかつ《メイド》という非戦闘系の天職を授かっていたのなら、文字通り男に尽くすだけの存在と成り下がっていたことだろう。
ルイーズの士気が下がり始めた時、突如としてリシャールの左腕が首元に迫ってきた。
「──あっ!? ぐううう……」
リシャールは左手と指で、ルイーズの首を絞め上げる。
そして左腕の力だけでルイーズの身体を持ち上げ、身動きがとれないようにする。
ルイーズは右手に剣を持ったまま、左手を使ってリシャールの左手を剥がそうとする。
しかし、剥がれない。
──息が……苦しいっ……
ルイーズは血の気が引いていく。
意識が遠のいていく。
「そら、降参しろ! 女々しく喚け! お前に剣は似合わない! 剣士なんて、引退してしまえ!」
「ぐ……あ……ああっ……こ、こうさ──」
ルイーズの心が負けそうになった時──
ある男の澄まし顔が、脳裏をよぎる。
その男は幼少期から、《剣聖》である父親から剣術を学んできたという。
自分も父のような《剣聖》になって、「世界最強の冒険者」になる──そう胸に秘めて。
しかしその男の希望は叶わず、戦闘系天職では最弱の《回復術師》を授かってしまう。
周囲は当然、その男をバカにした。
「親の七光りもここまでだな」「《回復術師》なんて、可愛い女の子にしか務まらない」と──
だがそれでもその男は、ただひたすらに自分を高めていった。
バカにされても、パーティから追放されても、それは変わらない。
その男は常に、目の前の敵を下していったという──
その男の名は、クロード──
平民出身でなおかつ最弱職を授かった、最強の男。
王女であり最強職を授かったルイーズとは、対極の男。
──ああ、そうだったんだ……クロードは自分の努力だけで、勝ち上がってきたんだ……
ルイーズは自分のバカさ加減に頭を抱えたくなったが、それと同時に希望を見出す。
たとえ自分が王女でなかったとしても、《勇者》じゃなかったとしても、努力して結果を出せばいい。
そうすれば「男を癒すためだけの装置」などとは呼ばれない。
そもそも「もし自分が平民で《メイド》だったら」なんていうのはタラレバの話だ。
考えても仕方がない。
女も男も関係ない。
王女も平民も関係ない。
《勇者》も《回復術師》も関係ない。
大事なのは、結果を出すこと。
そして、結果を出すまで──最後まで諦めないこと。
クロードがそれを証明している。
リシャールが今までルイーズに言ってきたことは、ただ彼女の心を折るための凶器。
リシャール自身の心が弱いから、彼女を貶め蔑み、足を引っ張ろうとしただけ。
──そんなものに、私は負けない。
ルイーズは朦朧とする意識の中、渾身の左フックを叩き込む──
「ぐっ──!? おのれッ!」
ルイーズの首を締め上げていたリシャールの左手が、わずかに緩む。
ルイーズはその隙に、リシャールの腹にフロントキックをかます。
その反動を生かしてバックステップし、一旦間合いを取る。
「ぜえ……はあ……ぜえ……はあ……」
ルイーズは必死に喘ぐ。
先程まで息ができなかったため、肺が酸素を欲しているのだ。
──よし、だんだん落ち着いてきた。
闘技場内にセットされた自動回復魔術の効果もあってか、思ったよりも早く呼吸が整った。
リシャールは口をパクパクと開けながら、ルイーズを指差す。
「ル、ルイーズっ! ど、どうして降参しないんだ!? さっきので完全に心は折ったはず──なぜお前は、そこまでして戦うんだ!」
「私はクロードに勝ちたい。でもそれには、あいつに負けたあんたを倒さないと、何も始まらない。だから私は──」
ルイーズは深呼吸しながら、剣を中段に構える。
そして、一気に石畳を踏みつける。
「──《剣聖》リシャール、ここであんたを打ち負かすッ!」
ルイーズは雄々しく、闘技フィールドを駆け出した。
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