第68話 勇者と剣聖の剣術

「はあああああああっ!」


 《勇者》ルイーズは剣を振る。

 幾重もの刃が、《剣聖》リシャールに牙をむく。


「ちいっ!」


 袈裟斬り、燕返し、水平斬り──

 ルイーズが繰り出したそれらは、《剣聖》やクロードには遠く及ばない。


 だがリシャールは、かわすので精一杯といったところだ。

 今のルイーズは、今まで以上に調子がいい。


「なっ──!? おのれッ!」


 ルイーズの剣が、リシャールの頬を軽く斬り裂く。

 リシャールの眼光が鋭くなり、剣を持っている右手に力が入り始めた様子だ。


 ──ついにリシャールが、本気を出す。


 今まで拳術や蹴り技だけでルイーズを負かそうとしていた男が、ついに剣術を交えて本気で戦おうとしている。

 ルイーズは剣を構え直し、警戒を始める。


「ルイーズッ! 貴様ごときに本気を出すとは思わなかったぞッ! おおおおおおおおおおッ!」


 突き、水平斬り、燕返し、振り下ろし──

 リシャールは悪鬼羅刹のような表情をしながら、力任せに剣を振る。


 だがルイーズはそのすべてを剣で受け止め、いなしていく。


 ──クロードとの訓練を思い出せば、リシャールに勝てる!

 ルイーズはそう、確信している。


 防御に徹していれば、いつかは相手もボロを出す。

 これが、《勇者》が《剣聖》に、剣術で勝利するための基本だ。


「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが! クソがあッ!」


 リシャールは叫びながら、剣を振るう。

 しかしその刃が、ルイーズに届くことは決してない。

 なぜならリシャールは、冷静さを欠いているからだ。


 自慢の剣術でクロードに敗れ、準決勝でレティシアに負けて優勝を逃した。

 愛用の剣をレティシアに壊された。

 剣が使えないせいで、ドラゴン討伐の手柄も持っていかれた。

 腹いせにルイーズの心を折ろうとしたのだろうが、決して折ることはできなかった。


 今のリシャールは、何をやっても自分の思い通りにはならない。

 そう思っているからこそ頭に血が上り、投げやりとなり、冷静な判断ができずにいる──


 ルイーズはそう、分析した。


「クソがクソがクソがクソがクソが──」

「はっ!」


 ルイーズは一瞬の隙を突き、リシャールの振り下ろしを剣で弾く。

 そしてがら空きとなった心臓の位置に、剣を突き刺す。


「クソがああああああああああっ! こ、こうさ──」

「降参なんて聞かない! さあ、戦いなさい! あんた男でしょ!? 今まで散々、女の私をバカにしてきたわよね!」

「クソがあッ!」

「くっ!」


 リシャールはルイーズの胴に蹴りを入れ、バックステップで引き下がる。

 ルイーズもリシャールも、剣を構え直して互いを睨み合う。


 リシャールは《剣聖》の敏捷性をフルに活かし、姿をかき消す。

 ルイーズは耳をそばだて、彼の居場所を補足する。


「──ぐあっ!」


 背後に回り込んできたリシャールの顔面を、ルイーズは左裏拳で叩き潰す。

 そして裏拳時の慣性を用いてコマのように回転し、そのまま右手に握った剣で袈裟斬する。


「ああああああああああああっ!」


 リシャールは力いっぱい叫んだ後、膝を折る。

 そして白目をむいて泡を吹きながら、石畳に倒れ込んだ。


 審判は右手を掲げ、宣言する。


「《剣聖》リシャール選手の気絶を確認。よって三位決定戦の勝者は、《勇者》ルイーズ王女殿下とする!」

『──勝者、《勇者》ルイーズ王女!』

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「ルイーズ王女マジかっけええええええっ!」


 ルイーズの勝利を伝えるアナウンスと、彼女を称える声援が鳴り響く。

 だがルイーズはあまり素直に喜べず、小さく呟いた。


「──意外と、あっけなかったわね……」


 実際には、「あっけなかった」というのは不適切だろう。

 リシャールに手を抜かれた上に苦戦し、罵倒されて心が折れそうになり、危うく降参しかけたのだから。

 そして、もしリシャールが最初から本気を出していれば、負けていたのはルイーズの方だったはずだから。


 だが、今回の決着は「あっけなかった」と言わざるを得なかった。

 リシャールがルイーズを挑発して、勝手に自滅した形となったからだ。


 それにリシャールに勝てたとしても、上には上がいるので、純粋に勝利を喜ぶことはできない。


 リシャールを準決勝で倒したレティシア。

 同じく準決勝で、ルイーズ自身を倒したクロード。

 そして、まだ見ぬ異国の戦士たち──


 ルイーズには、まだまだ倒すべき戦士たちがいる。

 それを考えると、武者震いしてきた。


「──決めた。私も世界最強の《勇者》になる」


 「世界最強の冒険者」になるという目標を持つ、《回復術師》クロード。

 ルイーズの折れかかった心を、自らの生き様で支えてくれた男。


 そんなクロードにならって、ルイーズは新たな目標を定める。

 それによって少しは心が晴れたので、観客たちに大きく手を振りながら、意気揚々と闘技フィールドから立ち去った。



◇ ◇ ◇



 三位決定戦──ルイーズ王女対リシャール戦が終わったあと。

 俺は決勝戦に向かうべく、レティシアやエレーヌと別れて移動していた。


 その道中、俺はルイーズ王女の姿を認めた。


「ルイーズ王女。リシャールへの勝利、おめでとうございます。試合内容、とても素晴らしかったです」


 俺は「三位おめでとうございます」とは言えなかった。

 もしルイーズ王女が「一位」にこだわっていたとしたら、彼女を傷つけることになるからだ。

 俺とルイーズ王女は同類、なんとなくそんな気がするのだ。


 ルイーズ王女は腕を組み、そっぽを向きながら叫ぶ。


「ふ、ふん! 私にかかればリシャールなんて目じゃないんだからっ!」


 ルイーズ王女はどうも、強がっているように見えた。

 彼女は試合中、途中まではリシャールに遅れを取っており、しかも気力を失っているようにも見えたからだ。

 会話の内容は全然聞こえなかったが、リシャールに変なことを言われたのだろう。


 しかしルイーズ王女は途中から、見違えるほどに剣筋と目つきが鋭くなったのだ。

 急に雰囲気が変わった理由は分からないが、あの巻き返しぶりは感服するより他ない。


 ルイーズ王女は顔を真っ赤にしながら、うつむき加減に言う。


「クロード、その……あ、ありがとう……あなたのおかげで、リシャールに勝てたわ……」

「どういたしまして。でも、あれは正真正銘ルイーズ王女の実力ですから。多分俺が教えなくても勝っていたと思います」

「そ、そうっ!? ──まあ、あなたがそういうのなら、そういうことにしといてあげるわっ!」


 ルイーズ王女はそう言ったあと、長い銀髪を指でくるくるといじる。


「──でも稽古だけじゃなくって、クロードの人生観のおかげでもあるのよね……」

「なにか言いましたか?」

「う、ううん、なんでもないわ!」


 ルイーズ王女の瞳は、とても潤んでいた。


 しかし、彼女はなんと言ったのだろうか。

 非常に気になるところではあるが、涙目になっているので聞かないほうが良いのかもしれない。


「決勝戦、絶対にレティシアに勝ちなさい。準決勝であなたに負けた私に、恥をかかせないでよねっ!」

「はい、ルイーズ王女の分までがんばります」


 俺はルイーズ王女に背を向け、決戦の地へ向かった。



◇ ◇ ◇



『──さて、いよいよ王国武闘会・決勝戦となりました!』

「うおおおおおおおおおっ!」


 闘技スペースへの入場ゲート前。

 俺はアナウンスを聞きながら、今か今かと待ち構えている。


『──それでは北コーナー……《回復術師》クロード選手、入場してください!』

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「天職なんて関係ねえってことを、証明してくれ!」

「俺たち底辺に、夢を見させてくれ!」

「がんばって、クロード選手!」


 大きく開け放たれた、重厚な扉。

 アナウンスと歓声とともに、俺はゲートをくぐって入場する。

 そして所定の位置につき、対戦相手の入場を待つ。


『──続きまして、南コーナー……《聖騎士》レティシア選手、入場してください!』

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「レティシア選手、あなたは女性の希望よ!」

「可愛くて綺麗だし、その上で優勝しちまったらどうなるんだ!? 楽しみすぎる!」

「しかもレティシア選手、公爵令嬢らしいぜ!? 自ら武器を取って戦うなんて、カッコよすぎるだろ!」


 俺のときと、負けず劣らずの歓声が響き渡る。

 ついに対戦相手──レティシアがその姿を表し、入場してきた。


 彼女は満面の笑みを浮かべながら、観客たちに手を振っている。

 緊張はおそらく、していないのだろう。

 それは俺も同じだ。


「クロードくん! レティシアちゃん! がんばって! 二人とも、応援してるからね!」

「エレーヌ……」


 観客席では、立ち上がった状態で大きく手を振るエレーヌがいた。

 彼女は仲間思いというべきか、優柔不断というべきか、俺とレティシアの両方を応援することにしているらしい。


 俺としては、幼馴染である俺だけを応援してほしいところではあるが、まあそれを言っても仕方がない。

 むしろ俺とレティシア両方を応援してくれるというのは、エレーヌらしいと俺は思う。


「レティシア、たとえ公爵令嬢だとしても手加減はしない。今日は勝たせてもらう」


 ──「世界最強の冒険者」になるための第一歩として。

 そして、幼い頃からずっと見守ってくれていたエレーヌに対する、恩返しの一環として。


「望むところです。手を抜かれては、興ざめも甚だしいですから」


 俺とレティシアは、互いに握手を交わす。

 彼女は先程とは打って変わり、真剣な眼差しに変わっている。

 握手の力も強く、女性らしいすべすべした感触と、決死の覚悟が両立していた。


「クロード、お願いがあります。もしこの勝負に私が勝ったら、私と結婚してください」

「──えっ……!?」


 レティシアはふざけた様子ではなく、真剣な面持ちでそう言った。

 それを聞いて俺はもちろん、観客も驚いていた。

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