第66話 国王・王弟からの期待と激励

 日はすでに傾き始めている。

 ドラゴン退治を終えた俺たちは闘技場の王族席付近にて、国王陛下や王弟と相対していた。

 謁見の場所が王宮ではない理由は不明だが、先方が闘技場を指定した。


「──報告は以上です」

「うむ。此度のドラゴン討伐、誠に大義であった」

「特にクロード、お主の働きは見事だ。全体の指揮と、そして聖剣での一撃──流石は私が特別推薦した男、というわけだ」


 俺の報告に対し、国王陛下と、王弟であるルクレール公爵が褒めてくれている。

 ちなみにルクレール公爵が言う「特別推薦」とは、本来規則によって武闘会に参加できなかったはずの俺を、参加できるように計らってくれたことである。


 代表者として呼ばれた俺・エレーヌ・レティシア・ルイーズ王女の4名は、「ありがとうございます」と頭を下げる。


「クロードの活躍ぶりは、我が愚息のリシャールにも見習わせたいところだ。まったく、あの腑抜けめ……どうしてドラゴン退治に参加しなかったのだ」

「ルクレール公爵閣下、恐れながら申し上げます。リシャール様の剣は、準決勝のときに私が壊してしまいました。ドラゴン討伐に参加できなかったのは、私のせいなのです。ですからリシャール様を許して差し上げてください……お願いします」


 息子であるリシャールに対し、呆れたように吐き捨てるルクレール公爵。

 そんな彼に、レティシアはとても申し訳無さそうに頭を下げた。


 それにしてもレティシア、自分を捨てた元婚約者のことを気にかけるとは……

 恐らく今日の準決勝・リシャール戦で、彼女の心境に変化が生じたのかもしれない。


「剣が壊れたのなら、安物でもいいから新しく買えばよかろうに……──だがそれでもリシャールをかばうとは、本当にレティシアは人格者だ。そのようなことを言われたら、お主との婚約を破棄をしたアレを恨まずにはいられない……」

「いいえ、それは違います。私は決して『人格者』ではありません。現に、リシャール様とはうまく行かなかったのですから……」

「何もそこまで謙遜する必要はなかろう。愚息があまりにも愚かだったというだけだ──それをまったく考慮せずともレティシア、お主は人格がよくできておる」

「あっ……ありがとう、ございます……」


 レティシアはルクレール公爵に礼を言う。

 が、声音から察するに、公爵からの評価に納得していない様子だ。


 俺は、素直に受けて止めてもいいと思うのだが。


「さて、ドラゴン討伐の報告も済んだことだし、武闘会についての意見を皆に聞きたい」


 国王陛下がそう言って、手を叩く。


「ドラゴン出現のせいで、現時点で本来の終了時刻を過ぎてしまっている。決勝戦が終わる頃にはすでに、日は完全に没していることだろう。本来であれば別日に開催すべきところだが──クロード、お前はどうするべきだと考えるのか、聞かせてくれ」


 俺は王族席から、観客席を見渡す。

 するとそこには、多くの観客が今か今かと待ち構えていた。

 彼らはドラゴンの討伐が確認された後、警備兵の制止を振り切って観客席になだれ込んだという。


 俺は、今日レティシアと戦いたい。

 別日にしてしまえば、この高揚感は白けてしまうだろう。

 観客も、レティシアも、そして俺自身も──


 俺は国王陛下に頭を下げたあと背を向け、群衆を扇動するべく問いかける。

 大きく息を吸い、声が枯れるほどに力いっぱい叫ぶ。


「おーい、みんな! こうして集まってくれてるってことは、俺たちの熱い戦いを観たいってことだよなッ!」

「──うおおおおおおおおっ!」

「──そうだそうだ!」


 観客たちは、俺の声に湧き上がる。

 これなら──いける!


「じゃあ、みんなが応援してる選手の名前をコールするんだッ! 三位決定戦のルイーズ王女とリシャール、決勝戦のレティシアと──そしてこの俺クロードだ! みんなは誰を応援したいんだ──答えてくれッ!」

「クロード、あんたを応援するわ! がんばって!」

「レティシアちゃんに決まってるじゃねえか! 絶対優勝してくれよな!」

「ルイーズ王女殿下、万歳!」

「クロード! クロード! クロード!」


 観客たちは各々、選手たちの名前をコールし始める。

 ──フッ……まさかここまで熱くさせてしまうとは、少しやりすぎたかもしれない。


 ふと、エレーヌに服の袖を掴まれる。

 彼女は少し怯えた表情をしながら、上目遣いにこう言った。


「あ、あのっ……あなた……クロードくん、なんだよね……? あんまりそういう風に大声上げないから、ちょっとビックリしちゃった……それに、観客のみんなも……」

「怖い思いをさせてすまない、エレーヌ──許して、くれるか……?」


 俺はエレーヌの頭を優しく撫でる。

 少しでも落ち着いてもらえるように……


「うん……うんっ! クロードくんのことは大好きだから、許してあげるっ! えへへ……」

「あっ、エレーヌだけズル〜い。私だって怖い思いしたんですよ〜? 謝罪として、ナデナデを要求しま〜す」


 落ち着かせようと頭を撫でたのに、なぜか顔を真っ赤にしだしたエレーヌ。

 まるでそんな彼女に対抗するかのように、レティシアが猫撫で声で俺にすり寄ってきた。


 ──これは、どういうことだ?

 なぜそこで張り合う?


「レティシアはエレーヌとは違って、怖がりじゃないだろう? 君の強さを、俺はよく知っている」

「もう……本当に鈍いですね、クロードは」


 レティシアは俺の唇を人差し指で押さえた後、俺から離れる。

 そんな彼女にルイーズ王女は「あ、あんた……リシャールに婚約破棄されて、壊れちゃったのかしら……?」と、顔を真っ赤にしながら問う。

 するとレティシアは「はい、壊れちゃいました……うふふ」と、満面の笑みで返事した。


 そんな彼女たちの様子を、国王陛下とルクレール公爵は苦笑いしながら見ていた。

 俺も同感だ──まったく意味がわからない。


 俺は気を取り直し、国王陛下たちに向き合う。


「俺はこのまま、武闘会を続けるべきだと思います──だって観客たちがこんなにも、俺たちの戦いを心待ちにしているのですから」


 俺の言葉に、エレーヌ・レティシア・ルイーズ王女は頷く。

 そして観客たちの声のボリュームも、こころなしか上がったような気がした。


「分かった──実を言うと、私も武闘会を延期させたくなかったのだ」


 国王陛下は玉座から立ち上がり、観客たちに問いかける。


「皆の者! これより、国王シャルルの名において、王国武闘会の再開を宣言する!」

「うおおおおおおおおっ!」

「国王陛下、万歳!」


 観客たちはスタンディングオベーションをし始める。

 流石は国王陛下──敬服するより他にない。


「まずは三位決定戦だ、ルイーズ。王女としてではなく私の娘として、この父にお前の晴れ姿を見せてくれるか?」

「はい……もちろんです、父上。精一杯がんばります!」


 父親らしく柔らかな表情を浮かべている国王陛下。

 ルイーズ王女はそんな彼に、嬉しそうな表情を浮かべながら頭を下げる。


「ルイーズ、我が愚息・リシャールの目を覚まさせてやってくれ。今まで順風満帆だった奴に、現実を叩き込んでやってくれ」

「はい、アンリ叔父様──今まで私は、リシャールに勝ったことがありません……ですから今日こそは、絶対に倒してみせます!」


 アンリ叔父様──王弟・ルクレール公爵は、安堵の表情を見せる。

 それだけ、姪であるルイーズ王女に期待しているということだろう。


「それにしても、私が特に目をかけているレティシアとクロードが、どちらも決勝戦に進むことになるとは……流石の私でも、驚愕に値する」


 ルクレール公爵はそう呟く。


 レティシアによると彼は、レティシアの実家であるローラン公爵家との政略結婚が破綻した後、「慰謝料」として便宜を図っているらしい。

 そのローラン公爵家の娘であるレティシアのおかげで、《回復術師》の出場が原則禁止されている武闘会に、俺は参加できたのだ。


 ルクレール公爵を、国王陛下は微笑ましく見ている。

 その後陛下は、俺とレティシアに向き合った。


「レティシア、お前は公爵の娘として──クロードは数少ない聖剣の担い手として、それぞれ死力を尽くしてほしい。決勝戦では期待している」

「はい!」


 国王陛下の激励を受け、俺たちは王族のもとを去った。

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