第18話 初めてのダンジョン

「今日はダンジョンに潜って、未踏破地点まで目指しましょう」


 翌朝、ギルドホールにて……

 俺はエレーヌとレティシアさんに呼びかける。


 ダンジョンとは地下迷宮のことであり、人工物・天然物を問わない。

 この都市の近くにあるそれは、神代に作られたものらしい。


 エレーヌは緊張したような顔つきをし、レティシアさんはワクワクしているように見えた。


「だ、大丈夫なのかな……勇者パーティにいたときも、確か地下3階どまりだったよね……」


 エレーヌは心配そうに言う。


 伝承や文献によると、そのダンジョンは全5階層である。

 だが現代においては、地下3階より下の層には誰も到達していない。


 強力な魔物がいるせいで、突破できないためである。

 そのため本当に伝承通り、ダンジョンが全5階層なのかどうかは不明である。


「大丈夫ですよ。何かあれば、私が全力で守りますから。《聖騎士》の特性は伊達ではありません」

「それに、魔術による攻撃なら俺でも防げる。なにせ《回復術師》は魔術耐性が高いからな」

「うん……そうだよね。二人とも、ありがとうございます」


 俺とレティシアさんの励ましにより、エレーヌは少しだけ表情が晴れやかとなった。


「そうと決まれば依頼受諾を届け出て、ダンジョンに行くぞ!」

「おーっ!」

「お、おー……!」


 俺・レティシアさん・エレーヌは円陣を組んだあと、ギルドホールに入った。



◇ ◇ ◇



 俺達は今、ダンジョンの地下1階を進んでいる。


 壁や床はすべて石でできており、「古代遺跡」といった趣がある。

 日光が入ってこないため、中は薄暗く肌寒い。

 通路には等間隔で松明が灯されているが、それでも薄暗いため、俺が光属性魔術を用いて光源を用意した。

 ちなみに松明は、このダンジョンを維持管理している冒険者ギルドによって設置・点検されている。


 ふと、前衛を務めるレティシアさんが、うっとりとした溜息を漏らした。


「うわあ……ここがダンジョンなのですね……」

「レティシアさん、もしかしてダンジョンは初めてなのですか?」

「そうです。私、ずっとソロでやってきたのですが、ダンジョンは1人で潜るには危険すぎますから」


 Sランク冒険者のレティシアさんは、俺の問に答えた。

 確かに彼女の言う通り、ダンジョンには危険が多い。


 まず、絶対に勝てそうにない敵と遭遇したとき、大抵の人は真っ先に逃げようとするはずだ。

 しかしダンジョンは平原や森林とは違い、逃げられる方向・場所が限られている。

 そんな状況で挟み撃ちに遭えば命はないし、現にそれが原因で死亡した冒険者も多いという。


 だが、閉所だからこその利点もある。

 それは、退路さえきちんと確保しておけば、平原などよりも囲まれるリスクを低くできるということだ。


 そこから導き出せるのは、ダンジョン攻略には適正人数が存在するということだ。

 閉所においては仲間が多すぎても少なすぎてもダメ、ということである。

 今回はその適正人数を遵守している形となる。


「──キキッ!」

「──キキキッ!」


 突如、天井の方から鳴き声と羽ばたく音が聞こえてきた。

 これはコウモリの魔物であり、小さいながらも数が多いために厄介な敵だ。


「ううっ……耳が、ヘンな感じっ……!」

「これは超音波ですね……! 話には聞いてましたが、まさかこれほどとは……!」


 レティシアさんとエレーヌは耳をふさいでしまっている。

 このままではコウモリが降下してきた際、対処しきれない。


 ──ならば、ここは俺の出番だ。

 俺は超音波による不快感を必死に堪え、魔術を紡ぎ出す。


「《風よ……大気の振動を抑え、超音波を打ち消せッ……!》」


 俺が魔術を発動した途端、超音波特有の不快感はなくなった。

 音による攻撃が無意味だと悟ったのか、コウモリの大群が一斉に降り注いでくる。


「《火よ!》」

「ギャアアアアアアッ!」


 だがエレーヌは、その大群に火を放った。

 その火自体は小さいものだが、一体が燃えるとどんどんと燃え移っていく。

 ちなみに、このダンジョンは至るところに換気口があるので、酸欠になる心配はない。


 最終的には、すべてのコウモリが黒焦げとなった。

 レティシアさんはホッと胸を撫で下ろし、俺たちに言う。


「クロード、エレーヌ。ありがとうございました──特に、クロードの魔術と状況判断には感服しました。あなたの支援があってこそ、エレーヌはコウモリを倒せたのです」

「ありがとうございます」

「──それに比べて、私は何もできませんでした。初めてのダンジョンに舞い上がっちゃって、バカみたい……」

「そんなことないですよ」

「え……?」


 レティシアさんは俺の言葉に、驚きの表情を見せる。


「今回は単に、コウモリの特性の問題です。コウモリは身体が小さいから剣がなかなか当たらないし、数も多いですから。レティシアさんとはかなり相性が悪いです」

「そ、そうなのですか……?」

「そうです。地下1階あたりだと、洞窟に生息する鳥類である油夜鷹アブラヨタカや、巨大アシダカグモがよく出てきます。それらが相手なら、レティシアさんの本領が発揮されると思います。その時は前衛として、よろしくおねがいしますね」

「は……はい、もちろんです!」


 レティシアさんは晴れやかな笑顔で、活躍を誓ってくれた。

 ダンジョン内は薄暗いが、彼女の笑顔はとても眩しかった。


 そんな中、エレーヌがジト目で俺を見つめてきた。


「クロードくーん? レティシアさまは公爵令嬢なんだから、あんまり口説かないほうがいいよー? 普通、貴族は貴族どうしでしか結婚できないんだからー」

「エ、エレーヌ!? わ、私は大丈夫ですからっ!」

「え、口説いてたか? ──よく分からないが……」


 エレーヌは呆れ顔をしており、レティシアさんは慌てふためいている様子だ。

 どうしてそんな反応をするか、俺には分からない。


 俺はただ、今後の対応策について話をつけただけなのだが……

 あのままレティシアさんに落ち込まれてしまえば、ダンジョン攻略は遠のく。

 だから俺は「ダンジョンにおける先輩」として、彼女に軽くアドバイスをしただけなのだ。


 だがアドバイスをするにしても、叱ったり罵倒したりするのはもってのほかだ。

 それは「相手が貴族だから」という問題ではなく、人と人とのコミュニケーションの問題だ。


 やっぱり俺には、エレーヌやレティシアさんの反応が理解できない。


「うーん……でもこういう人だから、わたしも安心できるのかな……」

「エレーヌ、どうした?」

「え!? ──ううん、なんでもないっ! ──ほら、早く行こっ!」

「ええ、そうですね……ふふっ」


 エレーヌは何故か照れくさそうにしたあと、奥に向かって歩き出した。

 レティシアさんはそれに真っ先に反応し、前衛として歩を進める。


 俺はそんな彼女たちに、遅れてついていった。

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