第87話 第1回戦《回復術師 vs アサシン》
『──さて、いよいよ国際武闘会・第1回戦・第1試合が始まります!』
「うおおおおおおおおおっ!」
『──各国から集められた8人の選手たち……栄光を掴み取るのは果たして誰か!』
アナウンスが鳴り響くと、観客は一斉に湧き上がる。
俺はその歓声を、分厚い鉄の扉を隔てて聞いていた。
ここは闘技スペースへの入場口。
もうすぐ扉が開かれ、俺は観客たちの前に姿を晒すのだ。
『──まずは北ゲート。王国代表・《回復術師》クロード選手、ご入場ください!』
係員によって、重厚な扉が音を立てて開かれる。
俺は父から受け継いだ剣の柄を、腰に差したまま握りしめ、入場する。
ちなみに、聖剣の使用は禁止されている。
「ギャハハハハハッ! 《回復術師》だって!?」
「フッ……最弱職が王国代表とは、王国も地に落ちたものだな」
「代表に選ばれるくらいだから強いんでしょうけれど……大丈夫かしら……?」
「贈賄でもしたんじゃねーのか!?」
「そんなことしてねえよ! クロード選手は正々堂々戦って勝ったんだ! 王国武闘会の決勝戦を、この目で見たぞ!」
観客たちの大多数は、俺の実力を侮っている。
王国民と思われる人々が俺を称えるために叫んでくれたが、少数派であることには違いない。
なぜならここは教国、完全アウェーだからだ。
それに帝国や連合国といった外国人も多数集まっており、王国民の比率はどうしても低くなってしまう。
『──クロード選手は王国武闘会にて、《勇者》ルイーズ王女殿下を始めとする実力者を相手に、剣を用いて完璧な勝利を収めました! 天職など、クロード選手の前では関係ないのです!』
「いやいや、それはねーだろ! ハハハハハハハッ!」
「戦える《回復術師》なんて、んなわけあるか!」
「きっと王国のレベルが低いんだよ! そのルイーズ王女ってのもザコだったに違いねえ!」
「ルイーズ王女殿下を侮辱するとは! 万死に値するぞ!」
案の定、観客たちは俺を笑い者にする。
俺が王国代表と分かっていながらも「《回復術師》は弱い」という常識に囚われ、自分の常識が正しいかのように振る舞う。
──ああ、悔しい。
どうして《回復術師》というだけで、ここまで実力を疑われなければならないのか。
どうしてルイーズ王女や他の王国の戦士も、バカにされなければならないのか。
罵倒されるのは慣れているが、それでも俺はまだまだだと思い知らされる。
なにせ俺は、世界中の人々にバカにされているのだから。
正直、これには応えた。
──だが、それでいい。
バカにされればされるほど、紅蓮の炎が俺の心を焼き尽くす。
勝負に勝って見返せばいいと、俺を奮い立たせてくれる。
『──続きまして南ゲート。帝国代表・《アサシン》ヴォルフ選手、ご入場ください!』
「うおおおおおおっ!」
「《アサシン》は魔物に対しては最弱といっていいほど脆弱だが、人間に対しては最強の天職だ。クロード選手も運がないな」
「サクッと終わらせちまえよ! 早く決勝戦が観たいんだ!」
アナウンスと声援とともに、南ゲートから一人の20代後半くらいの男──ヴォルフさんが現れる。
くたびれた黒のロングコートにボサボサの髪をしており、背中には弓と矢筒を背負っている。
無精髭を生やしており表情がとても暗いが、しかし目つきだけは研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。
俺とヴォルフさんは握手をする。
「観客たちは君の実力を見誤っているようだが、僕の目は誤魔化されないよ」
「ありがとうございます。お互い、全力を尽くしましょう」
なるほど、流石は世界中を股にかけ、法で裁けない悪を裁いてきたという《アサシン》──
それ相応の目利きができるようだ。
俺とヴォルフさんは一旦離れ、所定の位置につく。
間合いは30メートルで、弓を持つヴォルフさんのほうが有利である。
だが、勝算はある。
《アサシン》の最大の特徴は、気配を完全に遮断でき不意打ちできることである。
これは森林や街中などの遮蔽物が多い場所では驚異となる。
だが、この闘技場には遮蔽物は一切存在しない。
《アサシン》は敏捷性こそ優れているが、筋力がそれほどなく打たれ弱い。
敏捷性を確保するために軽装備をしていることも相まって。
俺は両手剣を抜いて正眼に構え、ヴォルフ選手は弓と矢を持って構える。
審判は俺たちの顔を交互に見て、右手を天高く掲げた。
「それではこれより、国際武闘会トーナメント第1回戦・第1試合──始め!」
『──初戦、クロード選手対ヴォルフ選手の試合、スタートです!』
「うおおおおおおおおおっ!」
「やっちまえ!」
ヴォルフさんは素早く矢をつがえ、引き絞る。
そしてノータイムで矢が放たれた。
俺に向かって飛んできた、一筋の矢。
俺はそれをあえて避けず、剣で弾き飛ばす。
石畳を踏みしめ、ヴォルフさんとの距離を縮める。
その間にも矢は何本も放たれるが、俺はそのすべてをいなす。
「──終わりです」
ヴォルフさんとの距離は5メートル。
ここまでくれば、弓は無用の長物だ。
俺は間合いを詰めながら、剣を水平に一閃する。
が──
「くっ──!?」
突如、煙によって視界が塞がれた。
恐らくヴォルフさんは、発煙筒かなにかを足元に投げつけたのだろう。
こういう小道具を使うことは、レギュレーション違反ではないが……
国王陛下がさっき言っていたとおり、ヴォルフさんは残虐で卑劣極まりない。
もちろんこれは、褒め言葉だ。
煙のせいで目が痛いし、息がしづらい。
毒ガスでないだけまだマシだが、このままでは──
「ちっ!」
突如、背後から気配を感じたので、右に避ける。
首に違和感があったので触ってみると、ほんのわずかに血が滲んでいた。
だがその違和感も、闘技場に仕掛けられていた「精神力を代価とする自動回復魔術」によって解消される。
手についていた血糊すらも消えていた。
これが、真剣を用いた決闘を可能とする魔術の力である。
しかし、ヴォルフさんは一体どこに……!
煙幕のせいで周りが見えず、足音も聞こえない。
──突如、真上に気配を感じた。
俺は両手剣を天高く掲げ、ヴォルフさんの攻撃に対処する。
ヴォルフさんは俺の剣を自身の短剣で逸したあと着地し、俺から距離を取る。
それから数秒程度経った後、弦の乾いた音と矢の風切り音が聞こえてきた。
何という早業だ。
俺は矢を剣で弾く。
何度放たれても、音を頼りに叩き落としていく。
──時間経過とともに、煙が消えていく。
十数メートル先には、2本の短剣を持つ黒い外套の男が立っていた。
その男──ヴォルフさんの表情には、焦りが見えている。
「──見破ったな……僕の気配遮断を」
そう、ヴォルフさんは先程まで、煙幕のなか気配遮断スキルをフル活用していた。
だからこそ俺は、先程の彼の攻撃に対処しきれなかったのだ。
なるほど……遮蔽物がない場所でも、《アサシン》の気配遮断を活かす方法があったのだな。
魔物討伐を主とする俺は《アサシン》との戦闘経験があまりなかったので、予想外だった。
恐らく、ヴォルフさんはまだまだ発煙筒を持っているはずだ、
いや、別の策を用意している可能性だってある。
だがそれでも俺は、敵を狩る──
石畳を蹴り、間合いを詰める。
「くっ──!」
俺の読み通り、2本目の発煙筒が俺の視界を遮った。
俺は全神経を研ぎ澄まし、ヴォルフさんの気配を探る。
彼の気配遮断は他の《アサシン》よりも強力だが、それでも全く隠しきれるものではない。
俺の正面に、ヴォルフさんがいた。
恐らく彼は、「《アサシン》は背後から不意打ちするもの」と言う常識の裏をかいたのだろう。
濃い煙の中で、互いの姿を視認できるほどの至近距離──
ヴォルフさんはそこまで接近し、あらかじめクロスさせていた双剣を一気に薙ぎ払う。
一方の俺はその斬撃を剣で受け止め、すれ違いざまに切り裂く。
「──ぐおっ……! ──降参だ……!」
ヴォルフさんはうめき声をあげながら、短剣を地面に置いて両手を上げた。
煙が薄くなってから、審判は右手を高く掲げる。
「ヴォルフ選手の降参を確認。よって第1回戦・第1試合の勝者は、クロード選手!」
『──勝者、王国代表・《回復術師》クロード選手! 準決勝進出、おめでとうございます!』
「うおおおおおおおおおおっ!」
「煙で全然見えなかったけど、一体何があったんだ!?」
「本当に、クロード選手が勝っちまったのか!? 《回復術師》が、《アサシン》に!?」
「不正、じゃ……ないのよね……?」
アナウンスが流れると同時に、観客たちは困惑の声を漏らしていた。
ヴォルフさんの発煙筒のせいで、俺の実力を観客たちに見せつけられなかったようだ。
少しばかり文句を言いたいところではあるが、まあしかたがない。
ヴォルフさんも、勝つのに必死だったはずだからだ。
そこのところは、俺も共感できる。
俺はヴォルフさんに手を差し伸べる。
「ありがとうございました。いい試合でした」
「こちらこそ」
俺とヴォルフさんは、固い握手を交わす。
「ところでクロード、とても強かったね。どうしてそこまで強くなれたんだい?」
「世界最強の冒険者になって、今までバカにしてきた人々を見返すため、そのために訓練を重ねてきました」
「そうか……だったら、一つだけ忠告しておこう」
ヴォルフさんは俺をまっすぐ見据える。
そして人差し指を立てて、子供に諭すような声音で言った。
「──その力は、人々のために使うんだ。決して、力に溺れてはいけない」
その言葉には、重みがあった。
ヴォルフさんの経験や後悔──そういったものが、滲み出ているような気がしてならない。
彼は歴戦の暗殺者、力に溺れた人々を見てきたのかもしれない。
俺はとにかく、強くなることしか考えていなかった。
剣術で人助けをすることはあったが、それを主目的としたことはない。
良くも悪くも、自分のために力を使ってきた。
そして今も、それは変わらない。
だが世界最強の冒険者になった後、俺は身の振り方を考えなければならないと思う。
「君の考えを否定するつもりはない。だが僕の忠告も、心の隅にでも置いておいてくれ」
「分かりました。忠告、ありがとうございます」
俺とヴォルフさんは、闘技スペースを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。