第38話 誓いと旅立ち
数日後……
移住の準備を整えた俺とエレーヌは、公爵の屋敷の前で出発の時を迎えていた。
「公爵、王都行きの馬車まで用意していただいて、ありがとうございます」
「ああ。その代わり、レティシアを守ってあげてくれ」
「はい……が、がんばりますっ……!」
公爵の言葉に、俺は身が引き締まる思いでいる。
それはエレーヌも同じであるようだ。
「レティシア、ローラン公爵家の一員としての活躍に期待している」
「ありがとうございます、お父様」
「それと、新しい婚約者候補の報告も楽しみにしておく」
「それは難しそうですね……ふふ」
何故か公爵とレティシアさんは、俺の方を見ながらニコニコと笑っている。
全く……どういうつもりなんだろうか。
「クロード君、エレーヌさん。今から約1ヶ月後に、王都で武闘会が行われる。王国で一二を争う猛者たちと、それに王族も例年参加している。興味があれば参加してみてはどうかな?」
「そんな大会があるのですね。俺は参加しようと思います──エレーヌはどうする?」
「うーん……わたし、ちょっと悩んじゃうな……」
「まあ、じっくり考えるといい。君は間違いなく、上位に到達できるだろう」
「うん……そうだね。ありがとう、クロードくん」
「エレーヌ、君と決勝戦で相まみえることを楽しみにしている」
「あ、あはは……それはちょっと嫌、かな……?」
エレーヌははにかみながら答える。
今となってはSランク冒険者である彼女も、新米のときは戦いに消極的だった。
本質は今も変わらないということなのかもしれない。
俺はローラン公爵に向き合い、別れの挨拶をする。
「では、いってきます」
「いってらっしゃい。三人のさらなる活躍を期待している」
俺・エレーヌ・レティシアさんは馬車に乗り込む。
馬車は静かに発進した。
◇ ◇ ◇
馬車は街の中を静かに進む。
多くの住民たちが馬車の方に視線を向けており、なんだか恥ずかしい気分になる。
一応これは公爵家の公務ではないため、かなり地味な馬車を使っている。
さらにレティシアさんの装いも、公爵令嬢にしては地味な格好だった。
初めて会ったときに着ていた豪華なドレスではなく、騎士が着るような質実剛健な服を着用していたのだ。
だがそれでも、街中の馬車は注目されやすい。
それにレティシアさんは、騎士風の服であっても美しくカッコよかったので、通行人に二度見されてしまうのだ。
「ううっ……恥ずかしいですっ……」
「ドラゴンを倒したエレーヌでも、恥ずかしがることがあるのですね」
「も、もう……レティシアさまってば……」
エレーヌはうつむきがちになり、とても恥ずかしそうにしている。
そんな彼女の背中を、レティシアさんは優しく擦っていた。
「──あの馬車の男……クロードか! おいクロード、降りてこい!」
「──ガ、ガブリエルさん! やめておいたほうがいいのでは……!?」
突如、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
その方を見やるとガブリエルとジャンヌが立っており、馬車は彼らの横を素通りしてしまった。
ガブリエルはどうやら俺に用があるようだ。
話を聞くべく、俺は馬車の運転手に声をかける。
「すみません、止めてください!」
「か、かしこまりました!」
俺の無茶な要求に、運転手の男は従ってくれた。
馬車はゆっくりと制動を開始し、客室をほとんど揺らさずにふんわりと停止した。
俺はドアを開け、ガブリエルたちのもとへ向かう。
エレーヌやレティシアさんもまた、俺を追う形で馬車から飛び出して来た。
「ガブリエル、君とこうして話せる機会が訪れるとは思わなかった」
勇者パーティから追放されて以来、いやそれ以前から俺とガブリエルは疎遠だった。
数日前に行われた市街戦・ダンジョン攻略においてはともに行動してきたわけだが、じっくり話す機会はついぞ訪れなかった。
「クロード。公爵令嬢と同じ馬車に乗るなんて、いいご身分だな」
「はは……結果的にそうなってしまった」
俺はガブリエルの嫌味を気にしていない。
だが「公爵令嬢と同じ馬車に乗る」という状況には正直戸惑っているので、苦笑いをせざるを得なかった。
「今からどこに行こうっていうんだ?」
「王都だ。レベルの高い環境で、俺はやっていく」
「そうか……」
ガブリエルは何故か、残念そうに溜息をついた。
彼は俺をパーティから追放した張本人なのだが、俺に何らかの執着があるのかもしれない。
「その……が、がんばれよ。なるんだろ? 世界最強の冒険者ってやつによ。お、応援してやるから……」
ガブリエルは顔を真っ赤にしながら、おどおどと話す。
いつもの彼らしくないと俺は思った。
「クロードさん、この街から出て行ってしまうのですね……」
とても寂しそうな表情をしながら、ジャンヌは言った。
「あの、どうすればクロードさんみたいに強くなれますか?」
「そうだな……『悔しい』っていう気持ちをバネにして、自分を高めていけばいいと思う。辛いかもしれないけど、それを意識すれば乗り越えられると思う。君ならできる」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
ジャンヌは少し目を潤ませ、そして顔を赤らめさせていた。
「──本当、バカみたい……あれだけ妬んでた相手を『いい人だ』って思うなんて……」
「なにか言ったか?」
「い、いえ! ──いつかあなたを上回る《聖女》になってみせます。覚悟することね!」
「その意気だ」
俺はジャンヌにサムズ・アップする。
ジャンヌは「ふん!」と、何故かそっぽを向いてしまった。
そのガブリエルはというと、彼も彼でワナワナと震えていた。
「ああもう、こんなの俺じゃねえ! ──クロード、お前を倒すのはこの俺だ!」
「……ああ」
「いつか絶対にギャフンと言わせてやるから、それまで絶対に死ぬんじゃねえぞ!」
「君もな。また会えるときを楽しみにしている」
「くう……こんなに煽っても、お前はいつも澄まし顔をしやがる……!」
「別に澄まし顔はしてないとは思うが……俺は嬉しく思っているよ。君がそうやって俺を認めてくれるのは──たとえライバル関係であったとしても、だ」
俺はあまり感情を表に出さないタイプだから、澄まし顔に見えるだけだ。
ガブリエルの台詞は少し心外だと思う。
「澄まし顔といえばもう一つ!」
「だからしてないって……」
「いい加減、好意に気づいていないフリはやめろ。な? エレーヌが可哀想だろ。あと、レティシア様からのアピールにも気づけ。お前、すっごく損してるぞ。それにジャンヌも、お前を見る目が変わったようだな」
俺はガブリエルの言っている意味が分からなかった。
もちろん、エレーヌが俺を幼馴染として好いてくれていることは、とうの昔に知っている。
レティシアさんからのアピールにも当然気づいている。
それは公爵家が俺の実力を認め、抱き込もうとしているということだと俺は思っている。
ジャンヌは恐らく、俺の生き様から何かを学ぼうと必死なのだろう。
エレーヌは顔を真赤にしながら「あう……ガブリエルくんが言ってくれるのはうれしいけど……心の準備が……」ともじもじしている。
一方のレティシアさんは満面の笑みで俺を見つめ、「気づいてくださるのを、いつまでも待っています」と言い放った。
そしてジャンヌは「クロードさんを教訓にしようとしただけです!」と、ガブリエルに噛み付いていた。
「いや、気づかないフリはしてない。皆の気持ちはちゃんと分かってるよ」
「フッ……まあいい、今後どうなるか楽しみだな」
ガブリエルは俺を鼻で笑った。
その後、自身の幼馴染でもあるエレーヌに向き合う。
「エレーヌも、自分の気持ちをちゃんと伝えられる日が来るといいな」
「うえっ!? う、うん……がんばる……」
ガブリエルはエレーヌに対し、やけに優しかった。
そしてその優しさには下心が全く感じられず、本当に友達や妹などに語りかけるかのような口調だった。
ガブリエルは以前、よくナンパをしていた。
そして俺をパーティから追放した当日の昼に、エレーヌをラブホテルに連れ込もうとした。
そんな男がエレーヌに色目を使わなくなったのは、とても意外だった。
彼なりに反省したのだろう。
──まあ、俺に対する対抗心については、丸くなるどころか先鋭化している気がするのだが……
恐らくガブリエルは幾度となく、俺に挑みかかることになるだろう。
「よし、決めた。俺も王都に行く。そしてクロードをぶっ潰す。聖剣を取り返さなきゃだしな──ジャンヌ、それでいいか?」
「はい……はい! 王都に行きましょう! 私だってクロードさんに勝ちたいんです!」
「早速移住の準備をするぞ!」
「はい! ──では、さようなら。また王都で会いましょう!」
ガブリエルは俺たちに背を向け走り去る。
そんな彼の分も含め、ジャンヌは丁寧に挨拶をしてくれた。
俺は「ああ、またな」と軽く手を振る。
エレーヌは「ふたりとも、がんばってね!」と声援を送っていた。
一方のレティシアさんは、神妙な面持ちで俺に向き合う。
「ガブリエルと、それにジャンヌ……でしたか。自分なりに反省したようですね。《勇者》と《聖女》として、王国のために戦ってくれればよいのですが……」
レティシアさんは以前、「ガブリエルを《勇者》だと認めない」と言い切っていた。
それは、元パーティメンバーのエレーヌにセクハラをしたからだ。
だがレティシアさんの中で、ガブリエルの評価は変わっていっているのかもしれない。
俺はレティシアさんに「そうですね」と返事をしたあと、彼女とエレーヌに呼びかける。
「王都へ行きましょう」
「はい!」
俺たちは馬車に乗り込み、馬車は静かに発進する。
王国で一二を争うこの大都市ローランの城門をくぐり抜け、王都に通ずる道をひた走った。
(第1章 完結)
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
現在、新作異世界ファンタジーを執筆しております。
ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。
ゲーム序盤で死ぬモブヒーラーに転生したので修行したら、なぜか真の勇者と崇められた ~ただ幼馴染ヒロインと自由気ままに暮らしたかっただけなのに、成り上がりすぎて困ってます~
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