第78話 教皇との会談と忠告

 翌朝……

 俺は今、ルイーズ王女とともに馬車で移動している。

 今日は国際武闘会の開催国である、教国の国家元首・教皇に挨拶に行くのだ。


 ちなみにエレーヌとレティシアは、今回は留守番だ。


「クロード、昨日はどうだった? たのしかった?」


 移動中の馬車で、ルイーズ王女が腕を組みながら問うてきた。

 目つきは若干鋭く、次期女王としての風格が漂っている。


「愉しかった、とは?」

「昨日、レティシアとエレーヌと一緒に寝たんでしょう? エッチなこと、シたんでしょ……? ──なによ、私だけ仲間はずれにして……」


 ルイーズ王女はすねたような表情をして呟く。


 ルイーズ王女がたった一人でスイートルームに寝泊まりしているのは、彼女が国王陛下から大切にされている王女だからだ。

 それに、部屋割を決定したのは国王陛下であって、俺たちじゃない。

 もっとも、その部屋割を提案したのはレティシアだそうだが……


 だからといって「俺たちは仲間はずれにしていない」とは言えない。

 そんな返事をしても、ルイーズ王女は絶対に満足することはない。


 だから俺はまず、誠心誠意をもって質問に答えることにした。


「二人とは同じベッドで寝ました。手は出していません」

「本当に?」

「本当です。あの宗教でも婚前交渉は非推奨ですし、結婚するまではそういうことはしません」

「そ、そう……ならいいわ」

「でもルイーズ王女、心配をかけてしまいすみませんでした。迎賓館での部屋は別ですが、その分外ではたくさん雑談しましょう」

「そ……そうね。それで手を打ってあげるわっ」


 ルイーズ王女は顔を真っ赤にして、俺からそっぽを向くように車窓を眺める。

 しばらくして、ハッとなにかに気づいたような表情を見せ、俺に向き合った。


「──あの大きな建物が大聖堂ね。あの大聖堂に併設された宮殿に、教皇聖下はいらっしゃるわ」


 世界中の信徒が巡礼に訪れる場所、それが大聖堂だ。

 豪奢な建物が多い首都の中でも、ひときわ目立つ建物である。


 馬車は大聖堂近くにある、これまた豪華な屋敷の手前で止まる。

 ここが、教国の宮殿だろう。


「クロード、ついていらっしゃい」

「はい」


 俺はルイーズ王女とともに、馬車から降りる。

 そして別の馬車に分乗していた国王陛下と合流し、宮殿に入った。



◇ ◇ ◇



「よくぞいらっしゃいました。国王陛下、ルイーズ王女殿下──そして《回復術師》クロード殿」


 宮殿の謁見の間にて、教皇と相対している。

 彼は60歳前後で、かなりのご高齢だ。


 国王陛下たちが最敬礼するのにならい、俺も頭を下げる。

 俺が頭を上げると、教皇は俺の方に笑みを向けた。


「教皇……俺の名前を知っているのですか?」

「はい、クロード殿のご活躍は聞き及んでおります」


 教皇は俺の功績について、つらつらと話す。


 《回復術師》でありながら、《勇者》にしか扱えない聖剣の担い手となったこと。

 決して癒えないとされるグリムリーパーの《死の呪い》を解いたこと。

 都市ローランのダンジョン完全攻略に、指揮官として参じたこと。

 王都にてドラゴンを、聖剣を使って倒したこと……


 どうやら教皇と教国、そして教会は俺の存在をよく知っているらしい。

 教会といえば、ダンジョン完全攻略した直後に、大司教から不穏な取引を持ちかけられていたな……


 俺の力は強大で、教会にとっては厄介極まりないという。

 特に、聖剣を扱えてしまった事が、教義に関わる程の大問題だったらしい。


「約2ヶ月前に、ローラン公爵領の大司教だった男から、しつこく教会に誘われたそうですね。教会を代表するものとしてお詫び申し上げます」

「え……?」

「彼は元々教義に厳格で過激派だったのですが、事件発覚後に追放しました──私たちはクロード殿をどうこうするつもりはない。ましてや拘束・幽閉など言語道断……それが教会の総意です」


 なるほど……あの時レティシアや彼女の父親であるローラン公爵に助けられたが、改めて感謝しなければならない。

 俺はそう、しみじみと思っていた。

 一方の国王陛下やルイーズ王女はその話を知っていたのか、教皇の言葉に黙って頷いている。


「分かりました。俺も教会に対して、どうこうするつもりはありません」

「ありがとうございます。そして本当に申し訳ありませんでした」


 教皇は俺に対して頭を下げたあと、「ところで」と手を打つ。


「国王陛下、今回はルイーズ王女殿下とクロード殿が武闘会に参加されるのですね」

「その通りです。この二人はかなりの実力を持っていますよ──ところで、教皇聖下直属の《聖女》シャルロット殿の姿が見当たりませんが……」


 教皇の傍にはいつも、《聖女》の天職を持った女性がいるという。

 それもただの《聖女》ではなく、教会に多大なる貢献をした実力者だと聞くが……


 国王陛下が《聖女》の所在を問うと、教皇は何かを思い出したような表情をしたあと、勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありません。シャルロットはまた勝手に宮殿を抜け出してしまいました……」


 どうやらそのシャルロットという人物はかなりのお転婆、あるいはマイペースな性格の持ち主のようだ。

 国王陛下や教皇の口ぶりから察するに、今日この場に出席する予定だったと思われるが……


 ルイーズ王女は教皇に対し、気遣いの笑顔を見せる。


「いえ、謝罪なさる必要はございません。私もたまに、王宮をこっそり抜け出したくなるときがありますから」

「これ、ルイーズ」


 国王陛下は冗談交じりに、ルイーズ王女の肩を軽く叩く。

 それを見た教皇は「ははは、これはこれは……してやられました」と、少しだけ笑っていた。


 なるほど、やっぱりルイーズ王女もそれなりに窮屈な思いをしていたんだな。

 王族は権力や金をたくさん持っているが、平民と比べて自由がないとも聞くし……


 教皇は「そうだ!」と、勢いよく手を叩いた。

 彼の表情からは、焦りの感情が見られる。


「ルイーズ王女殿下、クロード殿。国際武闘会では、《魔術騎士》の少女エリーゼに気をつけなさい」


 《魔術騎士》の天職は、武器も魔術もある程度扱える戦闘職だ。

 言うなれば、剣・槍・弓を扱える《聖騎士》を2で割り、そこに低ランクの黒魔術を加えたような、魔術師系天職である。

 器用貧乏といえばそれまでだが、非常に厄介な相手だ。


 流石は国際武闘会、そのような強者と戦えるとは……

 2週間前にも関わらず、血がたぎってきた。


「エリーゼは何故か、私が約40年前に決闘したとある少女と、全く同質の魔力を有していました。そのようなことは、本来ありえないはずなのに……」

「えっ……」


 俺を含む優れた魔術師は、他人の魔力の質を知覚することができる。

 その魔力の質は人によって異なり、さらに加齢によって変質するものだ。


 エリーゼとその「40年前の少女」の魔力が完全一致することなど、不老不死者でもない限り、天文学的確率でしか起こり得ない。

 俺は教皇の言葉に、驚きを隠せない。


「妙な胸騒ぎがするのです。《魔術騎士》エリーゼには、十分気をつけてください」


 俺とルイーズ王女は「ありがとうございます。気をつけます」と、教皇に頭を下げた。



◇ ◇ ◇



 教皇への挨拶を終え、俺とルイーズ王女を乗せた馬車は出発する。

 馬車に揺られながら街の景色を眺めていると、とても嫌な光景を目にした。


 1人のシスターが、5人の男たちに囲まれているのだ。

 詳しい会話の内容は聞こえなかったが、通り過ぎた際にシスターが困った表情をしているのが見えた。


 道行く人々は面倒事に巻き込まれたくないと思っているのか、見て見ぬ振りをしていた。

 俺もできれば面倒事は避けたいが、助けるだけの力があるのに見過ごすほど薄情ではない。


「運転手さん、ここで降ろしてください!」

「か、かしこまりました!」


 運転手は俺の無茶な要求に応じ、ゆっくりと馬車を止めてくれた。

 俺がドアを開ける直前、ルイーズ王女が驚いた様子で引き止める。


「クロード、どうしたの!?」

「シスターが男たちに絡まれているようですので、話を聞きに行きます。ルイーズ王女はここで待っていてください」

「いいえ、私も行くわ!」

「分かりました」


 本来であればルイーズ王女を諌めなければならないのだが、そんな時間はない。

 それに彼女を説得したところで、「はいそうですか」と簡単に引き下がるとも思えない。


 俺とルイーズ王女は、路地裏に連れ込まれそうになっているシスターのところへ向かった。

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