第77話 恋愛と歩み寄り
「見えた、すまない。エレーヌ、レティシア」
俺は聖書で顔を隠しながら、タオル姿のエレーヌたちに謝罪する。
彼女たちの姿を見るのはマズイからだ。
「クロード。別に謝る必要もなかったのですが、謝るのならちゃんと私たちの目を見て謝罪してください」
「いや……そんな事したら、君たちの身体を見てしまうことになるんだが……」
レティシアはなぜか、笑いをこらえるような声で、俺に謝罪を要求する。
とはいっても、彼女の言うとおりに謝罪してしまえば、俺の目にタオル姿が焼き付くことになるのだが。
顔前に掲げた聖書を眺めながら、俺はレティシアたちに問う。
「そもそもどうしてタオル一枚なんだ? 確か脱衣場があったと思うが」
「私としたことが、うっかり服を忘れてしまったのです……ね、エレーヌ?」
「ち、違うよお……『クロードはしばらく戻ってこないから、服は用意しなくていい』ってレティシアちゃんが言ったんだよお……」
エレーヌの言い分によれば、どうやら今回の事件はレティシアの仕業らしい。
まったく……小悪魔というか、なんというか。
「エレーヌ、そんなことでどうするのです? クロードと結婚したあと苦労しますよ?」
「た、確かにそうだけど……でもお……」
「王国武闘会後のパーティでは、自分からキスしていたではありませんか。その勇気はどこに行ったのです?」
「あ、あれは『今しかないっ!』って思って、勢いでやったことだし……それに今回のは想定外の事故だからっ……」
レティシアの問に対し、エレーヌは震えた声音で返答する。
俺はそんなエレーヌに対し、助け舟を用意することにした。
「レティシア。『結婚したあと苦労する』とは言うけど、俺たちはまだ婚約すらしてないんだ。気が早いと思うんだが」
「でも、内々定したも同然ではないですか。『国際武闘会が終わったあと婚約する』と国王陛下に誓いましたよね?」
確かにそうだが、レティシアは恥ずかしくないのだろうか。
それに彼女は公爵令嬢、身持ちは固くてしかるべきだ。
「レティシア、君の態度は公爵令嬢としてどうなんだ? もうちょっと自分の身体を大切にするべきだろう?」
「クロード、恥ずかしい思いをしているのが自分だけだと思っていませんか?」
「え……?」
「私、これでもクロードに気に入ってもらえるように、結構無理しているのです。自分だけ楽をするのはズルいですよ?」
レティシアの声音は、とても真剣だった。
確かに、レティシアが必死になるのも分かる。
俺はエレーヌ・レティシア・ルイーズ王女との結婚が、ほぼ決定事項となってしまった。
それはつまりレティシアにとって、ライバルが二人もいるということになる。
自分よりも積み重ねがある幼馴染エレーヌと、自分よりも高貴な身分であるルイーズ王女。
その二人と比べれば、公爵令嬢レティシアは中途半端な立ち位置になってしまう。
だからこそ、彼女は人一倍がんばらなければならない。
──そう、考えてみればすぐに分かることなのだ。
なのに俺は、「自分が恥ずかしいから」という自分本意な理由で目を背けてきた。
「女性の体を見るのは失礼だ」という常識を盾にして──
「だから……ね、クロード。こっちを見てください」
「分かった。俺が悪かった。ごめん」
俺は恥ずかしいのを我慢して、レティシアの目を見て謝る。
ああ、レティシアの碧眼はなんて綺麗なんだろう。
まるで曇りなき晴天のようだ。
これだけ綺麗なら、他のものを見る必要なんてない。
──ないはずなんだ。
……すご。
「クロードは悪くありません。悪いのは服を忘れてしまった私たちの方なのです。だから身体を見られても、文句は言いません」
「い、いやっ……見ないでっ……」
「エレーヌもごめん」
「ふええ……いいけど、もうこれ以上見ないで……」
エレーヌは涙目になりながらも、俺の謝罪を受け入れてくれたので、内心ホッとした。
その後彼女たちは着替えを手にしたあと、脱衣所に引っ込んだ。
◇ ◇ ◇
「さて、そろそろ寝るか……」
と呟いたものの……
なんと、このだだっ広い部屋には、ベッドが1つしかなかった。
ベッドの幅は約2メートルと無駄に大きく、枕も3つあるのだが……
──いや、いくらなんでもおかしい。
この迎賓館は国賓、すなわちVIP待遇を受けるべき人間が泊まる施設だ。
だが「一人一部屋」というルールがあるはずがない。
普通は複数人での宿泊を想定しているはずなのだ。
なのにベッドが1つしかないというのは、おかしいと俺は思う。
エレーヌやレティシアと隣り合わせで寝るなど、あまりにも背徳的だ。
翌朝に身体がバッキバキになるのを覚悟し、俺はソファに寝転ぶ。
ベッドにはすでにエレーヌたちが入っているので、仕方のないことだ。
「みんな、おやすみ」
「クロードくん……そんなところで寝たら、風邪引くよ……?」
「さあ、三人で一緒に寝ましょう?」
「いや、俺は大丈夫だから。そのベッドは二人で使ってほしい」
エレーヌとレティシアが心配そうな声音で言うが、俺は心を鉄に変えて遠慮する。
彼女たちの誘いを断ることができる理由──それは、俺には回復魔術があるからだ。
回復魔術で身体の疲れを取り、睡眠時間を極限にまで減らすことができるのだ。
これは俺がソロ狩りをしていた時に発見したテクニックで、恐らく他の《回復術師》は知らない。
まあ、体の疲れは取れても頭の疲れまでは取れないので、言動が支離滅裂になったり精神がもろくなったりするのだが。
できれば二度とやりたくないけど、少しくらいなら平気だ。
「クロードがソファで寝るのなら、私たちは床で寝ます」
「そうだね、レティシアちゃん」
「いや、それなら君たちが寝付けなくなる。それはダメだ」
「でしたら、三人で一緒に寝ましょう。さっきも言ったでしょう? 自分だけ楽をするのはズルい、と」
そう、レティシアは無理をしているのだ。
少しでも俺に気に入ってもらえるように。
無理をしているのはエレーヌも同様なのだろう。
先程のニアミスは想定外だったのかとても驚いていたのだが、自分から仕掛ける場合は心の準備をしているのか我慢できるらしい。
「それとも自分の理性に自信がないから、私たちと一緒に寝られないのですか? 『世界最強の冒険者になるまでは結婚しない』と宣言したのに、私たちの色香に惑わされると……うふふ」
「それも悪くないですけど」と、レティシアは蠱惑的な笑みを浮かべている。
エレーヌもまた、大きく頷いていた。
ちなみに俺たちが信仰する普遍的な宗教では、婚前交渉は推奨されていない。
婚前交渉をする人間は少数派である。
レティシアとエレーヌは、俺を挑発しているだけだ。
本心から俺と交わりたいとは思っていないはず。
挑発と分かっているので、俺は決して色香には屈したりしない。
自分自身への誓いを果たすまでは。
エレーヌは俺をまっすぐ見据えながら、静かに言う。
「クロードくん……来て……」
「分かった。俺もベッドで寝る」
俺はそう言って、空いていた真ん中のスペースに入り込む。
するとエレーヌとレティシアは、安堵の表情を見せていた。
手を動かせば、二人の身体に触れてしまうくらいの距離感がある。
また、二人の髪からはとても甘くていい香りがする。
くらくらしそうになるが、俺はまだ耐えられる。
なぜなら俺はソロ時代から今まで、幾多の死線を乗り越えてきたからだ。
今でこそ王国最強ではあるが、最初は実戦に戸惑って失敗を重ねたものだ。
俺が意気込んでいた時、突如としてエレーヌとレティシアに手を握られた。
二人の手はとても温かく、ドキドキしてしまう。
「クロードくん、大好き……」
「愛しています、クロード……」
俺の耳元で甘く囁かれ、ゾクゾクしてしまう。
ドキドキしてしまい、今晩は寝られるか心配だ。
俺は必死に深呼吸し、心拍数の上昇を必死に抑え込んだ。
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