第3章 世界最強の回復術師

第76話 教国の首都と迎賓館

 王国武闘会に優勝してから1ヶ月もの間、俺たちは国王陛下や護衛の騎士など数百人とともに遠征をしていた。


 遠征先は《教国》──教皇が統治する宗教国家だ。

 今から2週間後、その首都で世界最強の戦士を決する《国際武闘会》が行われる。

 選考会を兼ねた王国武闘会にて優勝した俺と、王族枠として選ばれたルイーズ王女は、世界を相手に戦うこととなるのだ。


 エレーヌは俺の冒険者仲間として、レティシアは俺のパトロンとして、それぞれついてきてくれている。


 俺たちを乗せた高級馬車は、ついに教国の首都の城門をくぐり抜けた。


「うわあ……きれい……」

「そうですね……王都とはまた違った趣があって、神々しいです」


 エレーヌとレティシアは首都の町並みを見て、溜息をついていた。

 ルイーズ王女は何度か首都に来たことがあるのか、エレーヌたちの言葉に頷くだけだった。


 石造りの城門や建物、石畳の道路は王都にも存在する。

 しかしながら、石の色は白っぽいものがとても多く、清潔感がある。

 また、細かくて綺羅びやかな装飾が至るところに施されており、装飾華美だ。


「ねえ、クロードくん! きれいだと思わない!?」

「ああ、本当に綺麗だな」


 俺の隣に座っているエレーヌが、はしゃぎながら俺の右腕を絡ませる。

 彼女の甘い香りと体温は俺をドキドキさせるが、俺は鉄心で抑え込む。

 1ヶ月前、王国武闘会後のパーティにてプロポーズと不意打ちキスをされて以来、俺はエレーヌにドキドキさせられっぱなしだ。


 俺とエレーヌの様子を見たレティシアとルイーズ王女は、それぞれ反応を見せる。

 レティシアは苦笑いをし、ルイーズ王女は顔を赤らめて唇をワナワナとさせている。


「エレーヌ、とても嬉しそうですね」

「うん、とってもうれしいよ……えへへ」

「も、もうちょっと自重したらどうなのかしらっ」

「ええっ……人のこと言えませんよね、ルイーズ王女……この前クロードくんと隣り合わせになった時、腕に胸を押し付けてたじゃないですか」

「そ、そそそそそんなことしてないわよっ!」

「エレーヌの言うとおりです。確かにルイーズ王女殿下は胸を押し当てていました」

「し、してないって……」


 実はこの1ヶ月にも及ぶ旅の間、俺・エレーヌ・レティシア・ルイーズ王女の四人は常に同じ馬車に乗り合わせていた。

 その時、「四人の親睦を深めよう」というレティシアの提案で、頻繁に席替えを行っていたのだ。


 それで、肝心の「親睦」なのだが……

 結論を言うと、女子メンバー三人は身分こそ違えど、お互い軽口を叩きあえるような仲になった。

 これは、俺にとっては非常に嬉しい結果だ。


 なぜなら俺は国際武闘会が終わった後、この三人と結婚することになってしまったからだ……

 王都で王侯貴族の実力に疑いを残してしまうほどの実力を発揮した俺は、ついに王侯貴族へ成り上がる事になったのだ。


 正直、嬉しさと驚きが半々である。


「クロード、迎賓館では覚えておきなさいよねっ」

「楽しみにしていてくださいね? うふふ……」

「え、えっと……お手柔らかに頼みます……あはは」


 ルイーズ王女とレティシアが、何故かエレーヌにではなく俺に対抗心を燃やし始める。

 俺は圧に耐えきれず、思わず苦笑いしてしまった。


 ちなみに「迎賓館」とは、国賓が会食・宿泊する施設だ。

 俺たちは王国を代表する選手と従者として、迎賓館に宿泊させてもらえる手はずとなっている。


「──っと、着いたわね。迎賓館に」


 ルイーズ王女は豪華な建物を、車窓越しに見ている。

 なるほど、あれが俺たちが泊まる迎賓館というわけだ。


 馬車は迎賓館の門を通過し、敷地内に入る。

 豪華な庭を通り、大きな屋敷の前で馬車は停車した。


 俺たち『選手団』・国王陛下と王族付きの護衛など十数名は、迎賓館職員やメイドたちに出迎えられる。

 一通り挨拶をした後、部屋に通された。



◇ ◇ ◇



「──で、どうして君たちと同じ部屋なんだ……?」


 メイドに部屋に通されたまではいい。

 通された部屋はとても広く豪華で、平民出身の騎士である俺にはもったいないくらいだ。


 だが、不満な点が一つある。

 それは、エレーヌとレティシアの二人と相部屋になってしまったことだ。


 俺は確かに、恋愛や女には興味はなかった。

 だがそんな俺でも、男女が同じ部屋で寝泊まりするのが常識はずれだということを知っている。


 俺はこの1ヶ月もの旅の間、ホテルではシングルの部屋で寝泊まりしていた。

 だがそれも、今日で終わりらしい。


 レティシアは大きく胸を張り、ホクホク顔をしながら俺に説明をする。


「迎賓館の部屋数は限られています。迎賓館側に迷惑をかけてしまっては申し訳ないので相部屋にしたほうがいいと、国王陛下に進言しました」

「でもそれなら俺を、王族付きの男護衛と同室させてもよかったと思うが……」

「護衛と同じ部屋だと、部屋のグレードが落ちてしまうじゃないですか」


 レティシアは「このコは何を言っちゃってるの?」と言わんばかりに肩をすくめる。

 エレーヌはうんうんと、大きく頷いていた。


「クロードくんは王国の、わたしたち王国民の代表なんだよ? 王国最強の聖剣の担い手にして、最優の《回復術師》なんだよ? 豪華な部屋にいてもいいと思うの」

「ああ、そうなんだが……」

「それに私たち二人は『クロードの従者』という地位を得ているからこそ、この部屋に宿泊することができるのです。私たち単体では、迎賓館に泊まる資格はないということです」


 うーん、確かにエレーヌとレティシアの言うとおりなんだけど……

 うまく言いくるめられているような気がしなくもない。


「それにクロードとエレーヌは私の騎士です。きちんと私を守ってもらわないと──まさかクロード! 私とエレーヌに『安宿に泊まれ』と仰るつもりなのかしら!?」


 公爵令嬢のレティシアは「よよよ……」と嘘泣きをする。

 ──嘘泣きって分かってるんだからな。


 だが、確かにレティシアの言い分は正しい。

 正しすぎて否定できないから、なお始末が悪い。


「分かったよ──ところでルイーズ王女は?」

「殿下はお一人でスイートルームです。王女ですからね」


 レティシアは澄まし顔をしながら答える。

 やはりさっきのは嘘泣きだった。


 突如、ノックが聞こえてきたので「どうぞ」と声をかける。

 するとドアが開き、ルイーズ王女が現れた。


「クロード、今日はお疲れさ──レティシア、エレーヌ! ど、どうしてここに!?」

「私たちはクロードの従者ですから。ね、エレーヌ?」

「うん!」


 レティシアはルイーズ王女の方を向きながら、エレーヌの頭を撫でる。

 するとエレーヌは「えへへ……」と、とても気持ちよさそうにしていた。


 そんな彼女たちを見て、ルイーズ王女は呆れ返っている様子だった。


「まったく、父上の仕業ね……どうせなら4人で相部屋にしてもよかったのに……」

「相部屋だと、王族としての示しがつかないと思いますよ?」

「じゃあ公爵令嬢のあなたはどうなるのよ?」

「クロードとエレーヌは私の騎士ですから、身辺警護をしてもらっているのです」

「あんた、さっき自分で『クロードの従者』って言ってたじゃない!」

「それはそれ、これはこれです」


 レティシアの『理論武装』はなかなかキレッキレだ。

 ルイーズ王女が少し可哀想に思えてきた。


「レティシア、少しヒートアップしすぎだと思う」

「申し訳ありません、ルイーズ王女殿下」

「あ、うん。別に構わないわ。言ってることはそんなにめちゃくちゃじゃなかったから」


 ルイーズ王女はレティシアの謝罪を受けて呆気にとられている様子だったが、深呼吸したあと俺に向き合う。


「ところでクロード──ああ、レティシアとエレーヌも聞いてちょうだい。明日の予定なんだけど──」


 俺たちは、明日の予定について情報共有を行う。

 そしてその後それぞれ、荷解きを行った。



◇ ◇ ◇



「はあ……疲れた……」


 迎賓館での夕食を済ませた俺は、一旦レティシアやエレーヌと別れて外の風に当たっている。


 夜風はいい。

 火照った俺の心と体を、優しく冷ましてくれるから──


 しばらくの間月を眺めたあと、俺は自室に戻る。

 個室に備え付けられた風呂に入ろうと思ったのだが、内側から鍵がかかっていた。

 どうやらレティシアかエレーヌが入っているらしい。

 いや、この部屋には俺以外誰もいないので、もしかしたら二人で入っている可能性もある。


 それにしても、すでに部屋はエレーヌやレティシアの甘い香りでいっぱいだ。

 少し落ち着かない。


「ふう……」


 俺は一息ついたあと、聖書を読む。

 流石は教国の迎賓館というべきか、家具と同じように当たり前に備え付けられていた。


「ふーん……」


 聖書によると、俺たちが今いる首都にはかつて、先代の魔王が住んでいたらしい。

 その魔王を《勇者》と《聖女》が討伐し、ここを聖地と定めて教国の首都としたとのことだ。


「──クロード、お風呂が空きましたよ」

「──ち、ちょっとレティシアちゃん……」


 聖書を流し読みしている最中、レティシアとエレーヌの声が聞こえてきた。

 よし、そろそろ風呂に入ろう。


「ああ、ありがと──」


 声の方へ振り向くと、そこにはタオル一枚巻いただけのレティシアとエレーヌの姿があった。


 レティシアはタオル越しでも分かるほど、胸が大きい。

 スラリと伸びた脚がとても綺麗だ。

 それに加え、いたずらっぽい笑みを浮かべており、蠱惑的である。


 一方のエレーヌは、小さくてスレンダーだ。

 幼児体型といえばそれまでだが、背徳感が半端ない。

 そして極めつけには、彼女の表情はとても真っ赤で目も潤んでおり、非常にそそる。


 俺は一瞬のうちに、彼女たちの肢体を検分してしまった。

 じっくり眺めるわけにもいかないので、俺は顔を聖書で隠す。


「クロードくん、見た……?」


 エレーヌは怒りと羞恥が入り混じったような声で、俺に問うてきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る