第44話 剣術決闘《回復術師 vs 剣聖》

「この僕と剣術で決闘しろ。勝てたら土下座でもなんでもしてやるよ。ま、貴様に勝ち目はないだろうけどね……ハハハッ!」


 ルクレール公爵の息子であるリシャール。

 彼はレティシアに対し、笑いながら要求した。


 ちなみに、俺が彼の名前を知っている理由は、先程のレティシアやルクレール公爵とのやり取りを聞いていたからだ。


 しかし……《聖騎士》であるレティシアに、自信満々に決闘を申し込むとは……

 恐らくリシャールは相当の剣術家かもしれない。

 彼は王弟の息子なので、それなりの天職を得ている可能性は十分高い。

 《勇者》か《剣聖》あたりが妥当か。


 もしリシャールが《勇者》なら、レティシアにはまだ勝ち目はある。

 だがもし《剣聖》であれば、100パーセント彼女の負けだ。


 レティシアの剣術は、《剣聖》である俺の父親には及ばない。

 《聖騎士》としては間違いなく一流でゼネラリストだが、どうあがいてもスペシャリストと同じ土俵では勝てない。


 レティシアが負けを悟っているかは分からないが、難しそうな表情をしている。

 彼女は深呼吸をし、リシャールを見据えてこう言った。


「その勝負、受けま──」

「──俺が相手をしましょう」

「なっ……貴様ッ!」


 俺はレティシアの言葉を遮り、リシャールに勝負を申し込む。

 彼はとても驚いている様子だった。


 一方のレティシアは、とても申し訳無さそうにしていた。


「クロード、ごめんなさい……よろしくお願いします……」

「謝らなくていい。俺の勝利を信じてくれ」

「はい……もちろんです。絶対にあの男──リシャールを倒してください!」


 レティシアによる悲痛の声は、俺の闘志に火をつけた。


 彼女は先程、俺とエレーヌを「下賤の者」と言ったリシャールに対して怒ってくれた。

 俺はそれがとても嬉しかった。

 そのこともあり、絶対にレティシアの期待に答えたいと、俺は思っていた。


 ルクレール公爵は俺とレティシアのやり取りを見て、勢いよく席から立ち上がる。


「良かろう。リシャールとクロードとの剣術決闘を、この私・ルクレール公アンリが見届ける!」

「《剣聖》である僕に決闘を申し込んできたこと、絶対に後悔させてやる!」

「後で泣いて土下座しても、許して差し上げませんわよ!」


 リシャールと、その取り巻きの女マリー。

 彼らは俺を睨みつけながら叫んだ。

 だが俺は、レティシアのために勝ちたいという気持ちでいっぱいなので、特に気にしない。


 俺たちは決戦の地へ向かった。



◇ ◇ ◇



 王弟の屋敷にある庭。

 俺とリシャールは木剣を構え、相対している。


「貴様、クロードって言ったよな。天職はなんだ?」

「《回復術師》です」

「ククク……バカなやつ。まだレティシアの方が楽しめそうだぞ」


 俺の天職を聞いた《剣聖》リシャールは、やはり俺の予想通り嘲笑する。

 この手の慢心と罵倒には、もうとっくの昔に慣れている。


「リシャール様、がんばってください。女々しい《回復術師》なんかに負けないでください!」

「ああ。俺の勝利を楽しみにしていてくれ、マリー」


 リシャールは愛おしそうに、マリーに声をかける。

 マリーは彼を見て、頬を赤らめていた。


「クロードくん、がんばって……レティシアちゃんが可哀想だよ……絶対に勝って!」


 エレーヌが珍しく大声を出して、俺を応援してくれている。


 一方のレティシアは黙っていた。

 しかしその柔らかな眼差しは、俺の勝利を信じてくれているようだった。


 審判役のルクレール公爵が、右手を高く掲げる。


「一本先取、体術・魔術は禁止……始め!」


 ルクレール公爵が腕を振り下ろし、決闘は幕を開ける。

 俺とリシャールは剣を構え、お互いの出方を見計らっている。


 リシャールの呼吸は非常に整っている。

 それに見たところ、彼に隙らしい隙は見当たらない。


 俺はきっかけを作るため、右足をほんのわずかに地面にこすりつける。

 狙い通り、リシャールが目にも留まらぬ速さで接近してきた。


 《剣聖》は剣術と、そして敏捷性に優れた天職だ。

 剣技の正確性と攻撃速度で、多くの猛者たちを毒牙にかける。

 これが《剣聖》の剣術だ。


「はっ!」


 リシャールは体を捻り、袈裟斬りをする。

 木剣の振りは速く、残像が見えるほどだ。


 なるほど、《剣聖》としての実力は本物だ。

 彼を上回る剣術を、俺はあまり見たことがない。


 俺はリシャールの袈裟斬りを、木剣で受け止める。

 木剣と木剣がぶつかりあい、棘がほんのわずかに飛び散る。


 リシャールは素早く木剣を翻し、水平に薙ぐ。

 俺は彼の斬撃の軌道を読み、木剣を振り下ろして攻撃を弾く。

 リシャールの木剣の軌道が変わり、切っ先が地面にぶつかりそうになったが、彼はなんとか踏みとどまったようだ。


 リシャールは舌打ちをしながら、バックステップで俺から距離を取る。


「貴様……本当に《回復術師》か!?」

「そのとおりです」

「ふ、ふざけるな! 僕の剣を二度も受け止めるなんて、ありえない!」


 リシャールの表情は怒りで歪み切っている。

 恐らく彼は今まで、剣術では誰にも負けなかったのだろう。


 ──だが、俺がその不敗記録を止める。


 リシャールはレティシアの元婚約者。

 レティシアの父親であるローラン公爵によれば、真実の愛に目覚めて彼女を見限ったとのことだ。


 可愛くて綺麗で、優しくて情熱的なレティシアのプライドを傷つけた男。

 俺は臣下として、そして一人の仲間として、リシャールを許すわけにはいかない。


 木剣を正眼に構え直し、攻撃を誘う。


「リシャールさん、来てください。俺は何度でも、あなたの剣を受け止めます」

「き……さまあッ!」


 水平斬り、袈裟斬り、燕返し、突き──

 リシャールの攻撃はどれも速い。

 俺でなければ、その剣筋は見えないはずだ。


 だが俺はその全てを見切り、いなしていく。

 あるときは刀身で滑らせ、あるときは叩き落とす。


 そうしているうちに、リシャールの剣筋は精彩を欠くようになってきた。


「死ねッ!」


 リシャールは地面を踏み鳴らし、俺の脳天に向けて木剣を振りかざす。

 俺はそれを横にかわし、すれ違いざまに胴に木剣を叩きつけた。


「がはっ──!?」


 俺の渾身の一撃は、王弟の息子リシャールに血反吐を吐かせるほどだった。

 相手が王族なのにも関わらず、一切の手加減ができなかったということだ。


「し……勝者、クロード!」

「く……くそっ!」


 ルクレール公爵による審判の後、リシャールの取り巻きであるマリーは呆然と立ち尽くしている。

 そしてリシャールは、口元の血を手で拭いながら俺をにらみつけた。



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