第45話 武闘会と王弟特別推薦

「こ、この僕が……《回復術師》なんかに……!」

「リシャールさん、誇っていいですよ。剣術の試合で、俺に本気を出させたのですから」


 リシャールは口元の血を手で拭いながら、俺をにらみつける。

 俺は吐血した彼に、回復魔術を使って治療することにした。

 怪我をさせてしまった責任だ。


「くうううううううっ! 貴様、僕を愚弄する気か!」

「──勝負に負けたのに、まだそんなことを言うのですね」


 怒り狂うリシャールを、レティシアは冷たい眼差しで見つめる。

 彼女は完全に怒っている様子だ。


「さあ、約束通りクロードとエレーヌに謝りなさい。下賤の者と見下して申し訳ありませんでした、と謝りなさい。『土下座でも何でもする』と言ったのは、あなたなのですよ?」

「くそっ……! ──クロード、エレーヌ……『下賤の者』と言ったことは謝る」

「見下して申し訳ありませんでした、は?」

「ちくしょう、レティシア! いちいち細かいんだよ! やはり貴様と婚約解消して正解だった──お前達、さっきは見下して申し訳ない……」


 リシャールは地に伏し額を地面に擦り付け、俺とエレーヌに謝罪する。

 エレーヌは「だ、大丈夫です……」と、困惑した様子で答えた。

 一方の俺は、リシャールが顔を上げたタイミングで無言で首を縦に振り、謝罪を受け入れたことを示す。


 その様子を見て、ルクレール公爵がレティシアに頭を下げた。


「レティシア……お主との婚約を破棄してしまって、本当に申し訳ない。お主が我が愚息を支えてくれれば、当家は次代も安泰だと思っておったのだが……」

「いえ、大丈夫です。もしルクレール公爵閣下になにかあれば、当家は必ずお助けします。困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね」

「それはありがたい──まったく、本当にリシャールはとんでもないことをしてくれたものだな……こんなに優秀で品のある少女を、みすみす逃すことになるとは」


 ルクレール公爵は自らの息子リシャールに対し、ゴミを見るような目でにらむ。

 その視線に射すくめられたのか、リシャールとその取り巻きの女マリーは震え上がっていた。


 ルクレール公爵は「そうだ」と、何かを思い出したような素振りを見せた。


「クロード。お主の剣技、誠に見事であった。不肖の息子リシャールは幼少期から、剣術では右に出るものはいなかった。だがお主はアレに勝利したのだ。その強さには感服するよりほかにない」

「ありがとうございます」

「ついては、お主の王国武闘会出場を認めよう。このルクレール公アンリが、特別に推薦する──私が推薦するからには、負けは許されぬぞ」

「はい、必ず優勝します」


 俺はルクレール公爵の目を見据えながら、しっかりと答える。

 その様子を見た彼は「ハハハ、面白い男だ」と笑っていた。


 リシャールは心底面白くなさそうな顔をしながら、俺に指をさす。


「覚えてろ……次の武闘会では、貴様を叩き斬ってやる……!」

「──武闘会では確か、体術と魔術も使えるんだったな……──俺の本気で、あなたの本気を打ち負かします」

「まだ……あれで、奥の手があるというのか……」


 リシャールは俺の言葉に、膝を折って呆然としていた。


 そう、俺には奥の手がまだまだある。

 先程の決闘では体術や魔術が禁止されていたが、もし使えたのなら苦戦はしなかったはずだ。

 リシャールもそれは悟っているのだろう。


 俺・エレーヌ・レティシアは、ルクレール公爵家の屋敷を出た。



◇ ◇ ◇



 昼頃……


 ローラン公爵家の屋敷に戻った俺たちは、廊下を進んで客間に向かう。

 だが、何故かレティシアまでもがついてきている。

 彼女の部屋は反対方向にあったはずだが……


 エレーヌが俺の部屋の向かいにある部屋に入ったのを見届けた後、俺も自室に入ろうとドアノブに手をかける。

 が、レティシアに呼び止められた。


「クロード、私も入っていいですか?」

「ああ、構わないよ」


 俺たちは部屋に入り、ドアを閉める。

 すると突如、レティシアのすすり泣く声が聞こえてきた。


「ぐすっ……ううっ……」


 レティシアは嗚咽しながら、力なく膝を折る。

 心配になった俺はしゃがみ込み、彼女の肩を掴んで顔を覗き込む。


 小さな肩は、小刻みに震えている。

 瞳は潤み、大粒の涙が両頬に流れ落ちている。


 いつもの明るさ、ルクレール公爵家の屋敷で見た冷淡さや心の強さなど、微塵も感じなかった。


「大丈夫か?」

「ごめん……なさい……」


 レティシアは弱々しく謝った後、俺を抱く。

 声も心も弱々しいが、俺を抱き締める力はとても強かった。


 俺は、抱き返すことはしなかった。

 レティシアは公爵令嬢、いつかは別の貴族や王族と結婚する少女だ。

 そのような少女に対して、感じるわけにはいかなかった。


 俺にできることは、唯一つ──


「辛いことがあるなら、話すといい。全部聞くよ」

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