第85話 優勝祈願と混浴、そして添い寝……
教皇暗殺未遂事件から、1周間が経過した。
今のところは教皇サイドにも、刺客を放った謎の魔術師にも、大きな動きはない。
教国の首都は、平穏無事だった。
敵は教皇のパレードという一大イベントの時に、教皇の命を狙った。
であれば、明日開催される国際武闘会が狙われる可能性は否定できない。
一体、敵の真の目的はなんなのか──
「クロード、どうしましたか?」
迎賓館での夕食を終え、考え事をしながら歩いていた俺は、レティシアに心配そうな表情で問われる。
エレーヌやルイーズもまた、少し思いつめたような表情をしていた。
教皇の暗殺事件について考えていたと正直に話してもいいが、とりあえず話を濁すことにした。
「いや、武闘会のことを考えてた。心配をかけてすまない」
「そっか……明日だもんね。がんばってね、クロードくん」
「絶対に優勝してくださいね?」
「ふん……エレーヌ、レティシア。私も参加することを忘れてるでしょ?」
「忘れてないよ。でも、ルイーズちゃんが勝っちゃったら、クロードくんがわたし達と嫌々結婚しちゃうことになるから……そんなの、嫌……」
「エレーヌの言うとおりです。クロードには名実ともに世界最強になってもらわないと。そしてスッキリした気持ちで愛し合いたいです」
「確かにそれもそうね……でも、こっちは手を抜くつもりはないから、私が勝っても文句言わないでよね」
ルイーズが複雑な表情で返事をすると、エレーヌやレティシアも同様に複雑な表情となった。
彼女たちにこんな思いをさせることになり、俺は罪悪感を抱いているが、何も言わないことにした。
沈黙を破るように、エレーヌが俺に呼びかける。
「クロードくん」
「どうしたんだ?」
「あのね、みんなと相談したんだけど……優勝祈願も兼ねて、一緒にお風呂入らない……?」
エレーヌは目を潤ませながら、とんでもないことを言いだした。
ここのところ毎日彼女たちと添い寝している俺でも、この迎賓館では一緒に風呂に入ったことは一度もない。
レティシアは気持ちのいい笑顔で俺に笑いかけ、ルイーズは少しだけもじもじしている。
本来であれば断りたいところではある。
みんなとの共同生活をしていくうちに、俺自身に課した誓いと性的衝動が天秤のように動き出すことがあるのだ。
乱暴を働く前に、心を鉄に変えて事なきを得ているのだが……
俺は「優勝祈願をしたい」という彼女たちの思いを汲み取り、了承することにした。
悲しい思いをさせるべきではないだろう。
「分かった……お手柔らかに頼む」
エレーヌたち三人は、ホッとした表情で胸を撫で下ろしていた。
◇ ◇ ◇
──まあ、結局は「お手柔らかに」とはならなかった。
ルイーズのスイートルームに設置された大浴場にて、俺は色々と危ない目に遭った。
俺の身体を洗われ、そして俺もまたエレーヌ・レティシア・ルイーズの身体を洗ってあげることとなった。
しかも素手で。
その間俺は、彼女たちの滑らかな肌触りや、洗剤の香りにやられそうになった。
しかしながらそのたびに唇を噛みしめ、回復魔術で癒し続けた。
気が気でなかった洗いっこも終わり、俺たちは今、同じ浴槽に浸かっている。
「クロードくん、気持ちいいね……」
「あ、ああ……そうだな」
「ずっとこうしていたい、かな……」
エレーヌはとろけるような声で、そう呟く。
ぬるま湯に浸かって血行が促進されたのか、それとも妄想力を働かせてしまっているせいか、心臓がバクバクしてしまう。
「それにしても、クロードも成長しましたね。少し前まではバスタオル姿で興奮していたというのに……ふふ」
「うわっ!?」
レティシアの囁きを聞き、俺は身体が跳ねてしまう。
まったく、いつの間に俺の背後を取ったんだ……
背後を取られたのに気づかないほど、俺は混浴という状況に困惑していたのだろうか。
それにしても、レティシアの発言には返事しづらい。
どう返事をしても俺の負けは見えているので、無視を決め込む。
「ク、クロード! ちょっとそれ、初耳なんだけど! 詳しく聞かせなさいよ!」
「えっと、俺がリビングでくつろいでいる時に、バスタオル姿のレティシアとエレーヌが脱衣所から出てきたんだ!」
ルイーズに揺さぶられながら、俺は2週間前に起こったアクシデントについて必死に弁解をする。
ルイーズの小さなお胸は大きく揺れていた。
「あ、目をそらしたわね! どうせ風呂場を覗いたんでしょ!」
「いや、目線を外したのは、君の胸が揺れていたからだ。嘘なんてついてない!」
「え──こ、この変態っ!」
ルイーズは胸を手で隠しながら、俺に背中を向ける。
白くきめ細かな肌は、とても綺麗で美しい。
長い銀髪を後ろでくくっているので、ほっそりとした首やうなじがよく見える。
それにしても、酷い言われようだ。
混浴している時点で、変態もなにもないだろう。
だがそれを言ってしまえば、さらなる災難に見舞われる可能性が高い。
俺は緊張状態の中、入浴を楽しんだ。
◇ ◇ ◇
風呂から上がった俺たちは、脱衣所で着替えを済ませた。
俺は浴室を貸してくれたルイーズに礼を言った後、俺の部屋に向かおうとしたが……
「その、クロードもここで寝ていけば……?」
ルイーズは服の裾を、掴んだり離したりしていた。
実は迎賓館に来てからというものの、俺は1日おきにルイーズの部屋で寝ている。
俺と相部屋をしているエレーヌ・レティシアの二人とローテーションする形で、だ。
今日は自室で寝る予定だったが……
それよりも、ルイーズの言葉がとても気になった。
「クロード『も』というのは、どういうことだ?」
「私とレティシアとエレーヌとクロードの四人で寝よう、って話になったのよ。お互いの優勝祈願に。まあ、あの二人はクロードだけを応援してるみたいだけど」
「国王陛下の許可はもらったのか? 俺はともかく、エレーヌとレティシアと一緒に寝るのは、王族として示しがつかないんじゃ……」
「あ、それは心配しないで。三人で説得したから」
「クロードくん……四人で寝たいな……? 実はちょっと楽しみなの……」
「本来であればクロードと二人きりで寝たいところですが、こういうのも悪くありませんよね?」
エレーヌとレティシアは、俺を上目遣いで見つめている。
2週間くらい経った今でも添い寝は緊張するが、可愛い彼女たちの頼みを無視できるほど、俺は剛の者ではない。
──いや、正確には「剛の者ではなくなった」と言うべきか。
あるいは先程レティシアが「成長した」と言っていたが、女性に対する免疫がついたということだろうか。
一方から見れば「退化」、他方から見れば「進歩」
素直に喜ぶべきかは分からないが、これだけは言える。
「気を遣ってくれてありがとう。今日はみんなで寝よう」
俺は平静を装いつつ、エレーヌ・レティシア・ルイーズの三人は喜びながら、ベッドに向かう。
ベッドは幅2メートル以上もあるものに、すでに交換されているようだ。
──迎賓館の職員さん、すみません。
まず俺が真ん中に、仰向けになって寝る。
すると背の低いエレーヌが俺の右隣に移動し、俺の胸元に顔をうずめて寝転がった。
──なにこれ超可愛い! 語彙力消失しそう!
「えへへ……クロードくん、ドキドキしててかわいい……」
「へ、変なこと言わないでくれ……」
「でも、よかった……いつも澄まし顔してるから、時々心配になるんだよね……クロードくんがわたしたちのこと、嫌ってるんじゃないかって……」
「そんなわけない……みんなのことは大好きだ」
「わたしもクロードくんのこと、大好き……えへへ」
エレーヌにぎゅっと抱きしめられる。
ワインレッドの髪を撫でてあげると彼女は「んっ……」と、とても気持ちよさそうに声を上げていた。
そして俺もまた、髪から漂う甘い香りに心臓が脈打つ。
俺の右にいるエレーヌの更に右隣に、レティシアが寝転がる。
エレーヌとは違って枕の位置が俺と同じなので、目が合った。
「もしこういう機会がまたあったら、次こそはクロードに抱かれたいですね」
「考えておこう……ふふ」
レティシアは妖しく笑みを浮かべていた。
俺もつられて笑顔になる。
もしレティシアに抱かれたら激しくされそうで、ほんの少しドキドキしてる俺がいる。
それにしても、いつものレティシアなら「ズル〜い!」とかなんとか言って、エレーヌから俺を奪おうとするものかと思っていたが……
恐らく俺がいないところで、寝る場所について議論していたのだろう。
そんな事を考えている間に、ルイーズが俺の左隣にやってきた。
肩が触れ合う位置に仰向けで寝転がり、指を絡ませながら俺の左手を握る。
甘い香りと手の温もりが伝わってきた。
「その……武闘会では、お互いがんばりましょう……?」
「ああ、がんばろう──緊張しすぎて寝不足にならないようにな」
「心配してくれてどうも……でも、大丈夫よ。リラックス効果のあるお香を使ってるし。手、嗅いでみて?」
ルイーズはそう言って、自分の左手を俺の鼻先に近づける。
シャンプーとは別種の、ふんわりとした甘い香りがして、少しだけ癒やされた気がした。
俺たちは武闘会に向けて英気を養うため、眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝、国際武闘会当日。
目が覚めた俺は、隣で眠っているエレーヌやルイーズを起こさないように、ゆっくりと起き上がる。
レティシアはすでに起きている様子だ。
顔を洗うべく洗面所に向かうと、そこにはすでに着替えを済ませたレティシアがいた。
「使ってたんだな、ごめ──んっ!?」
レティシアに抱きつかれ、唇に温かく湿ったものが軽く触れた。
唇からはミントの香りがして、ドキドキ感とともに爽やかな気分にさせてくれる。
──どうやら俺は、不意打ちキスをされてしまったらしい。
「おはようございます、クロード……うふふ」
「お、おはよう……」
「あ、動揺していますね? 可愛いです」
「そ、それより……どうしてキスを?」
「クロードを元気づけるため、武闘会で優勝して世界最強になってもらうためです」
レティシアは俺から一歩離れた後、気持ちのいい微笑みを見せた。
「──クロード。武闘会、がんばってくださいね」
「ああ。君のためにも、絶対に優勝する」
突然の爽やかなキスですっかり目が覚めた俺は、朝の支度を始めた。
今朝スタートする、国際武闘会のために。
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