第55話 第1回戦《回復術師 vs 聖女》

 開会式は無事終了した。

 主催者側である国王陛下からのお言葉を頂戴し、選手たちの士気は上がった。


 そして今は、本戦の決勝トーナメント第1回戦・第1試合──すなわち本戦における初戦が始まろうとしているところだ。

 第1試合に参加する俺は、闘技スペースへと続く北側ゲートの前に立っていた。


 エレーヌとレティシアは観客席にて、俺を応援してくれる手はずだ。

 つまり今この場にいるのは、俺と運営スタッフだけである。


『──これより、王国武闘会・決勝トーナメント第1回戦・第1試合が始まります。北コーナー……《回復術師》クロード選手、入場してください!』


 魔術で増幅されたアナウンサーの声が、建物内に鳴り響く。

 運営スタッフはその声を聞き、重厚な扉を開けた。


 この先は闘技スペース──つまりは戦場だ。

 世界最強の冒険者を目指す俺の、足がかりでもある。


 俺は父から譲り受けたバスタードソードを手に、歩を進める。

 聖剣の使用は規則により禁じられており、選手用のロッカーに入れてある。


 俺はフィールドを歩きながら、エレーヌとレティシアの姿を探す。

 すると彼女たちはすぐに見つかった。


「クロードくん、がんば──」

「ぎゃはははははっ!」

「おいおい聞いたか、みんな! よりにもよって《回復術師》だとさ、ははははははっ!」

「本戦に出場できるくらいなんだから、それなりに強いんでしょう? ──まあ、すぐに負けちゃうでしょうけど」


 俺がフィールドに入場した途端、観客たちの笑い声が聞こえてきた。

 まあ、そうやってバカにされるのはいつものことだし、対戦相手を手早く倒して実力を見せつければいい。


 それに──


「クロードくん、がんばって! 私とレティシアちゃんが、応援してるからね!」

「私達、信じていますから! クロードが勝利を収めるのを、信じていますから!」


 俺にはエレーヌとレティシアがいる。

 彼女たちが応援してくれている限り、俺は胸を張って戦える。


 俺が大きく手を振ると、エレーヌたちもまた大きく手を振り返してくれた。


『──続きまして、南コーナー……《聖女》ジャンヌ選手、入場してください!』


 そう、俺の初戦の相手はジャンヌだ。

 彼女の実力は1ヶ月前に大体把握しているが、しかしそこから更に成長していると思われる。

 油断大敵だ。


 俺の反対側にある南ゲート。

 その扉が開け放たれ、見るものを虜にするような美少女・ジャンヌが堂々と入場してきた。


「うおおおおおおおおっ!」

「やっべ、超かわいいじゃん! 俺はジャンヌちゃんに一票っと!」

「まったく、これだから男は……でも、《聖女》は《回復術師》の上位互換っていうことを考えると、クロード選手に勝ち目はないわね」

「ジャンヌちゃん! ジャンヌちゃん!」


 観客たちは湧き上がる。

 それも、俺の入場時とは比べ物にならないほどに。

 その証拠に、「ジャンヌちゃん」コールが闘技場内に響き渡っていた。


 俺とジャンヌは50メートル四方もある闘技スペースの、その中心点に立つ。

 そして選手として握手を交わした。

 ジャンヌの手はすべすべしていていかにも女の子の手だったが、しかしそこに込められた決意だけは雄々しかった。


「クロードさん、観客たちの罵声は無視してくださいね」

「俺がこういうのに強いのは、君ならよく分かっているはずだ」

「──確かにそうでしたね。パーティから追放したときも、あなたは堂々としていました」


 ジャンヌは呆れるように、それでいて安心するように、そう呟いた。


 握手を交わした後、俺たちは審判員の指示で所定の位置につく。

 ジャンヌとの間合いはおよそ30メートル。

 彼女の魔術をなんとかして防げれば、俺の剣が彼女を斬り裂くことだろう。


 ちなみにこの闘技場全体には、特殊な魔術が使われている。

 それによって、一定以上の損傷は精神力によって肩代わりされるのだ。

 精神が擦り切れて失神するまでは問題なく戦闘でき、傷や後遺症も残らないとのことだ。


「これより、王国武闘会決勝トーナメント第1回戦・第1試合を始める。勝利条件は、対戦相手の降参または気絶。体術・魔術の使用は全面的に許可する──始め!」

『──審判による試合開始の合図です! いよいよ第一戦が幕を開けました!』

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「ジャンヌ、がんばれ!」

「クロードくん、負けないで!」


 審判が腕を振り下ろすと同時に、闘技場全体にアナウンスがなされる。

 そして観客たちが一斉に湧き上がった。


 俺は30メートル先にいるジャンヌを見据える。


 彼女は《聖女》、魔術師系の天職だ。

 であれば、まずは相手の魔術を封じるべきだ。


「《風よ、彼の者の声を奪え》」


 俺は先手を打ち、ジャンヌに魔術をかける。

 これで彼女は声を失い、まともに詠唱ができなくなるはず。


 だが──


「《光よ、彼の者を幻惑せよ!》」


 ジャンヌは厄介な魔術を詠唱してきた。

 すなわち俺の口封じの魔術は、通用しなかったということだ。


 《聖女》はどの天職よりも、魔術耐性に優れる。

 いかに熟達した魔術師といえども、その牙城を崩すのは難しい。


 俺はジャンヌの幻惑魔術をもろに受けてしまう。

 《回復術師》も魔術耐性に優れるが、《聖女》の魔力には抗えない。



◇ ◇ ◇



 俺は今、10人のジャンヌに囲まれている。

 この内のどれかが本物なのだろうが、しかしまったく見分けがつかない。


『どうかしら、クロードさん。私の魔術は』

『クロードさん、あなたの弱点は”攻撃手段が剣術だけ”という一点に尽きます』

『私達10人を相手に、どこまで剣術が通用するでしょうかね……いいえ、通用しません。本物に剣が届く前に、私達が阻みますから』


 10人のジャンヌたちは、俺に向かって挑発をする。

 だが俺は冷静に、彼女たち分身のほころびを探していく。


 ──しかし、見つからない。

 平均的な魔術師が幻惑魔術を用いたとき、本物には当然影ができているが、分身の方には影がないことが常だ。

 しかしジャンヌの魔術制御は優れているのか、そういったほころびは一切見受けられない。


『クロードさん……私、今日こそはあなたに勝ってみせます!』

『《光よ、彼の者を焼き払え!》』


 10人のジャンヌがしっかりと詠唱を行い、俺に向けて一斉にレーザーを放つ。

 もしこれを普通の人間がまともに受ければ、黒焦げになるに違いない。

 もっとも、今は特殊な魔術で肉体の損傷を肩代わりされるが、それでも失神は免れないだろう。


 だが──


『な、なんですって……!?』


 俺は魔術障壁をドーム状に展開する。

 元々ある程度の魔術耐性を持つ俺が、更に障壁を上乗せしたのだ。

 ジャンヌの攻撃を防ぐことなど、造作もない。


 自慢の攻撃を防がれたジャンヌは、狼狽の表情を見せている。

 俺はその隙に懐からダガーを取り出し、10人のジャンヌたちに投げていく。


 ダガーが命中するたび一人、また一人と姿を消していく。

 そして──


「ぐっ──!?」


 5本目のダガーがジャンヌの胸に突き刺さると、他の分身たちは消えていった。

 どうやら彼女が本物らしく、痛そうにしながらもダガーを引き抜いた。


 ジャンヌの傷は、服の損傷や血糊も含めてなかったことになっている。

 これは闘技場全体にかけられた、対象者の精神力を代価とした自動回復魔術の賜物だ。


 俺は本物のジャンヌを見据え、床面を蹴る。

 床は石畳でできており、ところどころ走りにくい。

 だが俺は毎日欠かさずランニングをしてきた男、石畳を踏破することなど朝飯前だ。


 バスタードソードを両手に持ち、一気に振り下ろす。


 が──


「はあっ!」


 ジャンヌは鞘から片手剣を抜き、俺の剣を受け止めた。

 なるほど、彼女は新しい攻撃手段を見出したということだ。


 俺とジャンヌは一旦、鍔迫り合いの状態となる。


「クロードさん。あなたに憧れて、ガブリエルさんから剣術を教わりました──驚いたでしょう?」

「ああ、そうだな!」


 俺はジャンヌの剣を弾き飛ばす。


 やはり剣術を始めて日が浅いせいか、その牙城を崩すのは容易かった。

 魔物や初心者の剣使い相手なら通用するだろうが、《剣聖》譲りの剣術を持つ俺には及ばない。


 俺は何のためらいもなく、ジャンヌに向けて水平に一閃する。


「くっ──!」


 俺の一閃はジャンヌの胴を捉え、切り裂いていく。

 ジャンヌは膝をつき「降参します……」と宣言した。


 審判はジャンヌの様子を見て、右腕を振り上げる。


「《聖女》ジャンヌの降参を確認。よって第1回戦・第1試合の勝者は、《回復術師》クロードとする!」

『──勝者、《回復術師》クロード選手!』

「えええええええっ!」

「す、すげええええええっ! 《回復術師》が《聖女》を倒しただって!?」

「クロード! オレは最初からお前が勝つって分かってたぞ!」

「ああっ……ジャンヌちゃん……」

「こ、これはすごいわ……幻惑魔術を使われても冷静に対処して、しかも剣で倒すなんて……流石は武闘会本戦、レベルが高いのね……」

「絶対優勝しろよな、クロード! 応援してるからよ!」


 試合結果のアナウンスがなされた途端、観客席からは驚きの声が湧き上がった。

 いかに俺が過小評価されていたかがよく分かる。

 まあ無理もない──最強の天職の一つである《聖女》と、最弱の戦闘職回復術師では、普通は勝負にならないだろう。


 だが、今は応援してくれる人達がいる。

 俺はそれが嬉しかった。


 俺は膝をついたままのジャンヌに手を差し伸べる。


「立てるか?」

「あ、はい……ありがとうございます……」


 ジャンヌは俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 比較的早めに降参したからなのか、体調はそれほど悪くなさそうだ。

 だが、表情はやはりとても暗かった。


「はあ……やはりクロードさんには敵いませんね……」

「確かに今日の試合結果は俺の勝ちだ。でもジャンヌ、君の幻惑魔術と剣術には驚かされたよ」

「ほ、本当ですか……!?」

「ああ。これなら決勝戦でも通用したかもしれない。今回は絶妙に相性が悪かったが」

「そうですか……複雑ですね。負かそうと思っていた相手に褒められて、嬉しくなっちゃうなんて……」


 ジャンヌは目を潤ませ、顔を真っ赤にしながらそう言った。

 褒められて照れくさくなったのだろう。


「クロードさん、健闘を祈ります」

「ああ、君の分まで優勝してくるから」


 俺とジャンヌはもう一度握手し、それぞれのゲートに戻っていく。

 そのとき観客席からは、俺たちの戦いを称える声が投げかけられた。

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