第24話 回復術師の奇跡

「《光よ、彼の者の呪縛を解き放て》」


 俺は《勇者》ガブリエルに、解呪魔術を用いる。


 彼は今、グリムリーパーの持つ《呪いの鎌》に侵食されている。

 その鎌でつけられた傷は、決して癒えない。


 今の時点で回復魔術を用いても無駄だ。

 だから俺はまず、解呪魔術を発動させるのだ。


「──うぐっ!?」


 俺の頭の中に、呪詛が流れ込んでくる。

 「死ね」だの「殺せ」だの「処刑」だの「呪い」だの、殺意に満ちた単語が大量に吹き込まれるのだ。


 解呪魔術では通常、術者に呪詛が跳ね返ってくることはない。

 今回の呪いはやはり、一級品のようだ。


「ぐうううううっ!」

「クロードくん、大丈夫!?」

「危なくなったらすぐに中断してください!」


 エレーヌとレティシアさんが、俺を心配してくれている。

 だが俺がそんな彼女たちの顔を見ている間にも、悪意ある単語が俺の脳裏をよぎってくる。


 俺はエレーヌとレティシアさんの顔を見るのをやめた。

 彼女たちの顔を見ながら、「死ね」「殺す」などという単語なんて聞きたくない。

 もしそれを受け入れてしまえば、俺は本当に彼女たちを殺してしまうかもしれない。


 それほどグリムリーパーの死の呪いは、激しいものだ。


「あああああああっ!」


 ついでに、ガブリエルの顔も見るのをやめた。

 目を閉じ、自分自身との戦いに身を投じた。


 《回復術師》は他人を癒す者。

 その根幹を崩そうとする呪いに、負けてたまるか!


「あああああっ! ──はあ、はあっ……!」


 俺はとうとう、解呪に成功した。

 ガブリエルに満ちていた死のオーラが、完全に霧散した。


 後はガブリエルにつけられた傷を癒し、ジャンヌの魔力欠乏症をどうにかするだけ。


「クロードくん、ほんとに大丈夫なの!? 死んじゃやだよ!」

「心配するな……みんなが死なないように、俺はがんばるよ」


 涙声を出しながら俺にしがみつき、俺を心配してくれるエレーヌ。

 俺は目を開けて、彼女を優しく撫でる。


 もう呪詛はなくなったので、エレーヌに対して何の殺意も湧いてこない。

 正常な思考に戻った事を実感した俺は、思わず安堵した。


 が、まだまだ勝負はこれからだ。


「《光よ、彼の者に癒しを!》」


 俺はガブリエルの胸に手を置きなおし、詠唱を開始した。


「あがああああああっ!」


 胸が……熱い!

 血など出ていないはずなのに、大量出血しているような錯覚に陥る。


 俺はガブリエルの記憶を追体験した。


 彼が最近、聖剣の真の力を引き出してオオカミの群れを焼き払ったこと。

 その直後に聖剣が使えなくなり、追い回されたこと。


 ダンジョンにて俺たちを付け回し、地下4階の奥まで向かったこと。

 グリムリーパーと出会って、為すすべもなく斬られたこと。

 ジャンヌの回復・解呪魔術が効かず、長きに渡り傷の痛みに苛まれたこと。


 ガブリエルのすべてを、俺は知った。

 彼の苦労・苦痛がよく分かった。


「はあ……はあ……」

「い、痛くない……! クロード、ありがとう! 本当にありがとう!」


 ガブリエルが必死になって、俺に頭を下げて感謝してきた。


 かつて切断された腕を治した時、彼はあまり感謝の意を示してくれなかったのだが、今回ばかりは別のようだ。

 なにせ長時間苦痛を味わったのだ、それを癒されて感謝しないほうがおかしい。


 俺は胸の痛みを我慢しながら、ジャンヌのもとに向かう。

 彼女の身体を検分し、外傷がないことを確認した。


 真っ青な顔から察するに、やはり魔力欠乏症で間違いない。

 俺はジャンヌの胸──心臓の位置に右手を置く。


「ク、クロードさん……本当に、申し訳ありませんでした……」

「すぐ助けるから静かにしているんだ──はあっ!」

「うっ!?」


 俺は渾身の魔力を右手に集中させ、それをジャンヌの心臓に打ち込む。

 彼女は少しばかり苦悶の表情を見せるが、それも致し方ない。

 高圧魔力を一度に注入したので、それなりの負荷が対象者にかかってしまうのだ。


「はあ……はあ……」


 これで魔力供給は完了した。

 ジャンヌは日常生活に支障がないレベルにまで回復したはずだ。


 彼女は涙を流しながら俺に頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました! そして、追放してしまって申し訳ありませんでした!」

「ああ、別に構わない……ぐっ!?」


 俺は立ち上がろうとするが、何故かふらついてしまって立てない。

 頭が痛いし、めまいもする。


 ──これは魔力欠乏症だ。

 ガブリエルやジャンヌの治療に夢中になりすぎて、自分の魔力残量を意識していなかったのだ。


 これは、俺の過ちだ……


 そう思ったとき、ガブリエルの腰に差された聖剣がひとりでに動き始める。

 聖剣は鞘ごと宙を舞い、そして俺の右手に収まった。

 その瞬間、聖剣の鞘と柄からは神々しい光が発せられる。


「なっ!?」


 このとき俺は、聖剣から膨大な魔力を感じた。

 その魔力は自動的に俺の体内に吸収され、魔力欠乏症の症状がだんだんと収まってくる。


 聖剣は本来、《勇者》にしか扱えないはずの聖遺物。

 そのようなものを何故俺が使えるのか、疑問に感じていた。

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