第25話 勇者クロードは聖剣の担い手なり

 俺の手には今、《勇者》にしか扱えないはずの聖剣がある。

 聖剣がひとりでに動き、俺の手に収まったのだ。


 《勇者》ガブリエルはその様子を、目玉が飛び出るほど目を見開いていた。


「ど、どうして聖剣がクロードの手に!? しかもなんで輝きを取り戻したんだ!?」


 そう、鞘に収まった状態の聖剣が俺の手に収まる前、なぜか聖剣は輝きを失っていた。

 ガブリエルの記憶を追体験した俺は、聖剣がくすんだ瞬間を見ていた。

 聖剣の光が消失した原因、そして光を取り戻した原因は不明だ。


 俺はさして聖剣に興味がなかったので、返すことにした。

 なぜなら聖剣は《勇者》専用の武器だからだ。


「ガブリエル、ありがとう。この聖剣のおかげで魔力欠乏症が収まった」

「お、おう……」


 ガブリエルは聖剣を手に取る。

 その瞬間、聖剣からは電流が流れた。


「いてっ! なんだこれ!?」


 ガブリエルは手を勢いよく引っ込める。

 一方の俺は、聖剣の電流に触れてもビリっとしなかった。


 とりあえず俺は聖剣を地面に置く。

 そしてガブリエルに再び取るように促した。


「があああああっ!」


 ガブリエルが聖剣に触れた途端、またしても電流が流れた。

 しかも今回はかなり電圧が高かったらしく、彼は苦悶の表情を見せている。


「も、もしや……クロードさんが聖剣に選ばれたというのですか!?」


 ふと、《聖女》ジャンヌの声が街中に響き渡る。

 その声に、ガブリエルは驚きを隠せない様子だった。


 そして俺も、そのような仮説は信じられない。


「おい、ジャンヌ! それって一体どういうことだ! クロードは《勇者》じゃなくて《回復術師》だろうが!」

「わ、分かりません……ですが、クロードさんは特別な何かを持っている、ということだと思います……それで『特別な何か』とは……」


 ジャンヌは顎に手を当て、何かを考えている様子だった。


「クロードさん、質問があります。ガブリエルさんを治療したとき、あなたは大声で叫んでいましたね。あれはどういうことですか?」

「重傷者を癒すとき、俺はその人の記憶を追体験する。その人の戦闘経験と、今まで味わってきた苦痛が再現されるんだ」

「そんな……ではあなたは、私達の苦しみを味わったということですか!?」

「追体験したのはガブリエルの記憶だけだ。ジャンヌ、君に対しては魔力供給しかしてないからね」


 ジャンヌは俺の答えに戦慄している様子だった。

 が、すぐに表情を引き締める。


「クロードさん。あなたは苦痛を味わうと分かっていても、私達を助けてくださいました。あなたは真の勇者として、聖剣に選ばれたのですよ!」

「なっ!?」


 ジャンヌの出した結論に、俺とガブリエルは驚きの声を上げる。

 ガブリエルは焦った様子で質問した。


「そ、それってどういう意味だよ!」

「聖剣は勇者のみが真の力を引き出せる。この伝承はご存知でしょう?」

「あ、ああ……だから俺は聖剣の力を引き出せてていたんだ──最近は使えなくなったが……」

「そもそも『勇者』という単語は、『勇気ある者』という意味です。聖剣が勇者のみに力を貸すというのなら、勇気を振り絞って私達を助けたクロードさんこそ、真の適格者ということなのです!」

「そんな……!」


 ガブリエルは顔面蒼白になり、膝を折ってうずくまった。

 ジャンヌはそんな彼を見て複雑な表情をするも、俺にこう告げた。


「クロードさん。聖剣を取り、鞘から抜き払うのです。もしそれが可能なら、あなたにはそれを扱う資格があります」


 俺はジャンヌの言う通りにすることにした。


 地面に横たえた聖剣を鞘ごと取り、そして柄に手をかける。

 この時点では、ガブリエルのときのように電流が流れることはないようだ。


 美術品を扱うがごとく、優しく丁寧に抜剣する。

 すると、強く光り輝く刀身が姿を現し始めた。


 そう、これはガブリエルが村の領主から聖剣を授けられたときと、全く同じ輝きだ。

 あのときの彼は勇気に満ちており、今ほど性格が悪いわけでもなかった。


「その輝き……まるでプラチナのようでありませんか……」


 レティシアさんは聖剣の刀身を見て、うっとりしている様子だった。

 なるほど……公爵令嬢であれば貴金属の実物くらい見たことあるだろうし、身につけることもあるのかもしれない。


 聖剣の輝きを見たガブリエルは、表情を強く歪ませている。

 立ち上がって俺の胸ぐらを掴んできた。


「聖剣を返せッ!」

「やめなさい、ガブリエルさん! また電流を浴びたいのですか!?」


 ジャンヌの制止により、ガブリエルはうつむいた。

 ジャンヌは複雑な表情で、とても気まずそうに俺に告げる。


「クロードさん、その聖剣はあなたが持っていてください」

「どういうことだ?」

「聖剣を使えるのも、持ち運べるのも、あなたをおいて他にありません。でしたらあなたには聖剣を持ち続ける義務があります」


 確かにジャンヌの言う通りだ。


 もし他の人間では聖剣に触れられないというのなら、この街に放置するしかない。

 だがそれでは再び、他の好ましからざる《勇者》の手に渡ってしまう可能性は否定できない。

 あるいは聖剣を破壊されれば、魔物に対する攻撃手段を一つ失うことになるだろう。


 聖剣を手にすることで、俺の人生にどのような変化が起こるかは分からない。

 だが、どんな運命を辿ろうとも、世界最強の冒険者を目指す俺にとっては関係ない。


 敵は屠る、ただそれだけだ──


「分かった、聖剣は俺が預かる」

「よろしくお願いします」


 聖剣の適格者は、そうそういるものではない。

 聖剣を扱えるとされている《勇者》の天職は、他の天職よりも発現率がかなり低いからだ。


 まさか《回復術師》である俺が、聖剣の担い手になるとは思わなかった。

 が、これでまた俺は、世界最強への一歩を踏み出したというわけだ。


 ふと、ジャンヌが頭を下げてきた。


「クロードさん、身勝手な理由で追放してしまい、本当に申し訳ありませんでした!」

「え……? うそ、だよね……?」


 ジャンヌの謝罪に、エレーヌは困惑していた。

 俺の追放にジャンヌが関与している事を、エレーヌは知らなかったのだ。

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