第72話 姦通の誘いと鉄心
王宮にある、静かなテラス。
俺は月明かりに照らされながら、リシャールの婚約者であるマリーと相対している。
マリーは目を潤ませながら、俺の右手を両手で包み込み、上目遣いでこう言った。
「私とシましょう?」
「なにをするのですか?」
「嫌ですね……男女がすることと言えば、アレしかないではありませんか」
「言っている意味が分かりません」
俺はマリーの言わんとすることを一応理解しているが、あえて知らないふりをする。
「レティシアから婚約者を奪っておいて、次は俺に乗り換えるのですか。どうしてそのようなことを?」
そう、マリーはレティシアを破滅させた張本人だ。
マリーがいなければ、レティシアは王弟の息子であるリシャールと、つつがなく政略結婚できていたに違いない。
そして俺と出会うこともなく、俺に恋い焦がれて悲しい思いをすることもなかったはず──
確かにマリーがいなければ、俺とレティシアは出会っていなかったし、思い出を作ることもなかった。
だからこそ俺は、レティシアに関する諸問題の元凶たるマリーに怒りを覚えていた。
「リシャール様は今回の武闘会で、メッキが剥がれましたからね。本当に最低な男です。レティシア様に負けるのはまだしも、ルイーズ王女殿下との戦いはなんですか? 逆ギレして手を抜いた挙げ句、自滅したのですよ? バカみたいじゃないですか」
マリーもメッキが剥がれたようだ。
彼女とリシャールの仲がとても良いように俺は思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
「それに比べてクロード様、あなたは本当にお強いですね。《回復術師》でありながら武闘会で優勝しましたし、聖剣を用いてドラゴンすら討伐したのですから」
「ありがとうございます。ですが褒めても何も出ません」
俺は深呼吸をして、本題に入る。
「俺は恋愛や結婚には興味ありません。女遊びにも、です。レティシアからのプロポーズを断った時点で、それは分かると思います。ですがそれ以前にマリーさん、俺はレティシアを破滅させたあなたのことが気に食わない。失礼しま──」
俺がテラスから立ち去ろうとした時、身体が硬直してしまっているのを感じた。
──いや、空間そのものを固定されているのだ。
武闘会にて《聖騎士》レティシアが受けた魔術と同じものを、俺は食らっている。
マリーの天職は《賢者》──
《回復術師》や《聖騎士》といった、魔術耐性の高い相手の動きを封じる術を、彼女は持っている。
「──何の真似ですか? こんなところで魔術を行使するなど、あなたは捕まりたいのですか?」
「大丈夫です。このくらいでは捕まりません。それに──」
幸いなことに、会話はできるようだ。
だがマリーは潤んだ目をしながら、俺に迫ってくる。
──嫌な予感が、する。
「──私とキスしたら、通報する気も失せると思いますよ? ふふ……」
このままでは、唇を奪われてしまう。
だが魔術の影響によって、俺は動けない。
魔術は空間に作用している。
俺自身に作用しているわけではないため、魔術の解除は数秒程度かかってしまう。
その隙に俺は、両頬を優しく撫でられ──
「いただきま~す……ふふ──」
「──ちょっとそこの二人! 何やってるの!?」
「きゃっ!」
キスされる寸前、突如としてルイーズ王女が現れた。
その声に驚いたのか、マリーは素っ頓狂な声を上げる。
その隙に魔術の解除を成功させ、俺の身体は自由となった。
俺はマリーの両手首を掴み、背中側に組ませて拘束する。
「い、痛い痛い痛い! やめてください!」
「ならば今回は見逃しますから、二度と俺に近づかないでください。言っておきますが、俺は女に溺れるほど安い男じゃありません」
「くっ!」
俺が凄むと、マリーは慌てて立ち去った。
──はあ……助かった。
俺は別に口と口が触れ合うだけで騒ぐつもりはないが、周囲の人間は黙ってはいないはずだ。
王弟の息子にしてマリーの婚約者であるリシャールが知ったら、俺は断罪される可能性が高い。
それになにより、俺についてきてくれているレティシアやエレーヌに対しても失礼だ。
「ルイーズ王女、ありがとうございま──」
「ク、クロード……今のはどういうことかしら……? キ、キキキ、キスしようとしてたわよねっ……!?」
何故かルイーズ王女は目を潤ませ、慌てた表情をしている。
どうやら俺の懸念は、当たってしまったらしい。
俺はルイーズ王女に、今までの経緯をすべて話した。
「──ということです」
「はあ……そういうことだったのね──よかった、マリーの事好きじゃなくて……」
ルイーズ王女は俺から目を背けながら、小声で言った。
しかしなぜ彼女は、俺がマリーの事が好きではないと分かって安堵しているのだろうか。
「は、話は変わるけど……私、あなたのこと随分と探したわよ。主役がこんなところで油を売っててどうするのよ?」
「ああ、すみません。どうもパーティの雰囲気に
「そ、そう……まあいいわ。父上──国王陛下がお呼びよ。わ、私と一緒に来て……?」
「分かりました」
何故か顔を真っ赤にしているルイーズ王女に連れられ、俺はテラスを後にした。
◇ ◇ ◇
ルイーズ王女の案内で、ダイニングルームに戻ってきた俺。
そこで待っていたのは国王陛下だった。
「ドラゴン討伐と王国武闘会優勝、誠に大義であった」
「ありがとうございます」
「クロード、お前は紛れもなく真の勇者だ。《回復術師》でありながら聖剣の担い手であることからも、それは明白だ──本題に入るが、お前にはルイーズとともに、国際武闘会に出場してもらう」
今から約2ヶ月後に行われる国際武闘会。
それは各国の戦士たちが、覇を競い合う戦いだ。
世界最強の冒険者を目指す俺にとって、これほどおあつらえ向きなイベントは存在しない。
実は本日行われた王国武闘会は、この国際武闘会への選考会も兼ねていた。
募集要項にもそれは明記されていた。
ちなみに、王国は比較的大きな国なので、代表者は2人と定められている。
「分かりました──ルイーズ王女は『王族枠』で出場されるのですね?」
「そうだ。王弟の息子であるリシャールに勝った彼女には、その資格がある」
「王族枠」があるからといって、無条件に国際武闘会に参加できるわけではない。
王族は何人もいるのだから、その中で最も強い戦士を選ぶのは当然だ。
だからルイーズ王女もリシャールも、そして他の王族たちも王国武闘会には参加していたのだ。
「ク、クロード……その、よろしく……」
「こちらこそ。王国の代表としてルイーズ王女と共闘できるなんて、光栄です」
ルイーズ王女は照れくさそうに、長髪を指でくるくると回している。
「そこで一つ確認したいことがあるのだが──お前は王侯貴族の一員だな?」
国王は俺の目を見据え、唐突に質問してきた。
俺の両親は元々騎士爵持ちだったが、今は爵位を返上しているので平民だ。
それに、騎士は貴族ではなく、あえて言うならば準貴族に位置する。
国王陛下は俺の両親のことを知っているはずだ。
なぜいまさらそのような質問をするのかが分からないが、とりあえず返事はする。
「いいえ、俺は王侯貴族の一員ではありません」
「そうか──ならばお前は、王侯貴族になるべきだ」
国王陛下が、とんでもないことを言いだした。
流石の俺も、彼の言葉には驚きを隠せない。
平民出身の騎士である俺が、王侯貴族になれる方法は2つある。
といっても、どれも無理難題ではあるが。
1つ目は、国家レベルの事件を解決して爵位を得ること。
そして2つ目は、王侯貴族の令嬢と結婚することだ。
ふと見てみると、ルイーズ王女の顔が少し赤らんでいる。
俺はそれが、とても気になった。
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