第73話 王侯貴族の威信と政略結婚

「俺が王侯貴族になるべきだと思われる理由を、教えて下さい」


 俺は国王陛下に問う。

 平民出身の騎士である俺が、王侯貴族になるなどほぼありえないからだ。

 そして俺自身、王侯貴族になりたいと思ったことはなかったからだ。


「お前は《勇者》にしか扱えない聖剣を使ってドラゴンを討伐した。武闘会ではルイーズやリシャールを含めた王侯貴族を、次々と打ち倒した。まさしくお前は真の勇者だ──クロード、平民出身のお前がそこまでの功績を残した意味は、お前が思っている以上に重い」


 国王陛下の言わんとすることが、だいたい分かってきた。

 要するに、「俺の功績は、王侯貴族の実力に疑いを残す結果となってしまった。だから俺を王侯貴族に仕立て上げて、面倒事を避けたい」ということなのだろう。

 だから「王侯貴族になるべきだ」との発言が出てきたのだ。


「もう一度言う。お前は王侯貴族になるべきだ──ルイーズはどうだ?」

「どうだ──というのは、どういう意味でしょうか?」

「結婚相手にどうだ、という意味だ」


 レティシアからのプロポーズを断ってすぐに、また婚約の話になるとは思わなかった。


 国王陛下の態度から察するに、とても冗談を言っている風には見えない。

 第一、多くの貴族が列席しているパーティ会場で、「俺とルイーズ王女が結婚する」などという冗談は通じない。

 ということは、国王陛下やルイーズ王女は貴族たちの前で求婚することで、外堀を埋めようとしているのだろう。


 ルイーズ王女は、顔を真っ赤にしてもじもじしていた。


「ルイーズ王女には婚約者はいらっしゃらないのですか? 普通、王侯貴族は幼い頃から許婚を持つものと聞いていましたが」

「いたのはいたのだが、亡くなられてしまった。元婚約者の兄弟もいるにはいるが、すでに婚約済みである。故に現在進行系で、ルイーズの婚約者を探すのに苦心しておるのだ」

「そうでしたか……」


 国王陛下の言葉を聞いた後、俺はルイーズ王女に向き合う。

 彼女はとても恥ずかしそうにしていた。


「ルイーズ王女、俺と結婚したいだなんて思っているのですか?」


 ルイーズ王女との結婚を国王陛下から提案された俺は、その当事者に尋ねる。

 するとルイーズ王女は顔を真っ赤にしながら、慌てた様子で答えた。


「お、思ってないわよバカッ!」


 はあ、よかった……

 そりゃそうだよな、出会って1ヶ月も経ってないし、ルイーズ王女が俺と結婚したいと思うわけ──


「ルイーズ、たくさんの人がいる前で本心を伝えるのが恥ずかしいのなら、本人にだけこっそり耳打ちすればよかろう。先程あれだけ惚気けていたではないか」

「の、惚気けてないわよッ! で、でも分かりました、父上……」


 あれ? なんだか風向きが変わったような気が……

 そんなことを思っている俺をよそに、ルイーズ王女が俺の耳元で囁いた。


「──リ、リシャールに勝てたのは……その、あなたのおかげだし……あなたのこと、目標にしてるから……あなたのこと、信頼してるわよ……?」


 ルイーズ王女は俺から勢いよく離れ、「うわあああっ……言っちゃったああっ……」と顔を真っ赤にしながらもじもじしていた。


 一方の俺は、どうすればよいのか分からない。

 確かにルイーズ王女から信頼されているのは、すごく嬉しい。

 彼女は美少女だし、王女という高い身分を持っているし、次期女王である。

 だからこそ俺は、困惑している。


 それにレティシアからも本日プロポーズされてしまったし、幼馴染であるエレーヌのことも気がかりだ。


 俺はエレーヌに告白されてはいないけれど、いざ結婚のことを考えると彼女の顔を思い浮かべてしまう。

 彼女とは幼い頃からずっと一緒だったし、思い出は数え切れないほどある。

 身分が同じだから、レティシアやルイーズ王女よりもよほど、一緒にいて落ち着く。

 なんだかんだいって俺は、エレーヌと離れることを恐れているのだろう。


 今まで恋愛や結婚などに意識を向けていなかっただけに、そんな風に考えている俺がいることに対し、俺自身驚いている。

 そんな俺の考えを見透かしたのか、国王陛下はこう言った。


「レティシアやエレーヌのことが気になるか? この前の公開食事のときも、その二人とは一緒だったな」

「はい、気になります」

「ならば重婚すればいい。そしてハーレムを作るのだ。そうすれば万事解決だ」


 国王陛下の言葉は、ある意味では救いであり、ある意味では驚愕に値する。


 ハーレムは貴族や金持ちの間では一般的だ。

 確かに陛下の言う通り俺がハーレムを作れば、誰も寂しい思いはしない。

 できることなら俺は、誰か一人を選ぶよりもみんなが幸せになれるような道を選びたい。


 とはいえ俺の言動によって、修羅場が発生する可能性は否定できない。

 それに何より、本人たちの意思を尊重しなければならないと、俺は思っている。


「ルイーズ王女は、俺がハーレムを作ってもいいというのですか?」

「いいわよ。っていうか、今の状況こそがハーレムみたいなものじゃない。いつもあの二人と一緒でしょ? ──それと一応言っておくけど、レティシアはローラン公爵家の次期当主じゃないし、あちらの家督も問題ないわ」


 レティシアはかつて、リシャールの家に嫁ごうとしていた。

 そのことからも分かる通り、実は彼女は公爵家を継ぐ立場ではない。


 もし仮に俺がルイーズ王女の婿となったとする。

 その上でレティシアとも重婚したとしても、レティシアや公爵家に影響を及ぼすことはないと思われる。

 むしろ次期女王との繋がりが出来るため、公爵家にとってもメリットであるはずだ。

 そして騎士身分であるエレーヌと結婚しても、なんの影響もないというわけだ。


 だが、みんなは本当にそれでいいのだろうか。


 そもそも、俺はみんなと結婚する資格があるのだろうか。

 みんなを「女」としてではなく、「仲間」としてしか見ていなかったこの俺に──


 第一、俺は世界最強の冒険者になるまで結婚する気はない。

 それは今も揺るがぬ、俺自身の決意だ。


「──クロードくん!」

「──話は全部聞かせてもらいました」


 突如として、エレーヌとレティシアが現れた。


 そう……ここはパーティ会場であり、会話は他の参加者たちに筒抜けである。

 俺をここに呼んだ国王陛下としては、会話が筒抜けであること自体に狙いがあったのだろう。


 エレーヌたちは焦りと安堵が入り混じったような、複雑な表情をしている。

 レティシアはエレーヌの小さな肩に手を乗せる。


「エレーヌ、告白するなら今しかありませんよ」

「そう、だね……」

「あなたの性格から察するに、大勢の前で告白するのはとても恥ずかしいと思います。ですが本気でクロードを愛しているというのなら、避けては通れない道ですよ」

「わかった……がんばるよ、レティシアちゃん」


 レティシアに促されたエレーヌは伏し目がちに、大きく深呼吸する。

 そして潤んだ目で、俺の目を真っ直ぐ見据えた。


「わたし、クロードくんの事が大好きです。結婚してください!」


 エレーヌはそう言って、俺に手を差し出してきた。

 妹分だと思っていた彼女からの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

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