第74話 エレーヌの想いと、クロードの決意
「クロードくんとは小さい頃から、ずっと一緒だったよね」
俺にプロポーズをしてきたエレーヌは、二人での思い出を語りだす。
俺の両親とエレーヌのご両親は、俺が産まれる前からとても仲が良かったという。
その縁でエレーヌとも遊ぶようになり、自然と仲良くなってきた。
だからエレーヌは妹みたいな存在だった。
臆病で弱々しかったこともあり、目が離せない存在だった。
「わたし、一生懸命剣を振ってるクロードくんが好きだった」
俺は物心ついたときから、《剣聖》である父親から剣術を教わってきた。
それを村の連中に「親の七光り」とバカにされたが、それでも構わず剣を振るった。
いつか必ず《剣聖》の天職を授かって、見返すために。
エレーヌはそれを、ずっと見守ってくれていた。
村のみんなが俺をバカにしても、彼女だけは俺の努力を認めてくれていた。
だがそれと同時に、どうしてエレーヌが俺を見てくれるのか、不思議でしかたがなかった。
「なぜ君は、剣を振るう俺のことが好きだったんだ? ずっと見守ってくれていたんだ?」
「努力している姿が、カッコよかったからだよ。でも、わたしがクロードくんのことが好きなのは、それだけじゃない──戦う勇気をくれたからなの」
エレーヌは静かに語る。
エレーヌの夢はメイド、あるいはお嫁さんになることだった。
俺は昔からそれを聞かされていたし、家事を率先して手伝っていた彼女ならきっとなれると思っていた。
しかし、現実は残酷だった。
エレーヌは魔術適性が非常に高く、成人と同時に《賢者》という魔術師系の最強職を授かってしまった。
希望していた《メイド》の天職を得ることができなかったばかりか、冒険者として一生戦い続けることを強いられたのだ。
エレーヌは臆病者だと言うのに──
「わたし、冒険者になんてなりたくなかった。死にたくなかったから……でも、クロードくんががんばってるところを見て、色々考え直したの」
俺は成人した時、《回復術師》という最弱職を授かった。
村の誰からも、パーティに誘ってもらえなかった。
《賢者》エレーヌも例外ではない。
彼女はご両親の勧めもあり、幼馴染である《勇者》ガブリエルのパーティに加入したのだ。
《勇者》と《賢者》は釣り合うし、それに勇者パーティにいれば生存率はそれだけ高くなるからだ。
エレーヌすらも繋ぎ止められなかった俺は、ソロ活動を余儀なくされていた。
「クロードくんはソロでもがんばってた──ううん、結果をちゃんと出してた。それに、わたしとガブリエルくんを助けてくれたよね。あの時はほんとにありがとう。それと、一人で戦わせちゃってごめんね」
そう……エレーヌは一度、魔物に殺されそうになった。
ガブリエルたち数人のメンバー共々、魔物に包囲されていたのだ。
エレーヌとガブリエル以外の仲間は、すでに殺されていた。
そこを俺が、機転を利かせて二人を助けたのだ。
その後、俺は勇者パーティに誘われた。
「クロードくんが勇者パーティに入った後も、そして追放されちゃった後も、わたしを助けてくれた。怯えている時も、ずっと一緒にいてくれた──1ヶ月くらい前に怖い夢を見た時も、手を握って添い寝してくれたよね」
「エレーヌと添い寝」といえば、1ヶ月前のダンジョン大規模攻略の前夜だ。
あのときの彼女は「《死神》グリムリーパーによって討伐隊が壊滅した」という夢を見て、怯えきっていた。
俺は珍しく恥ずかしい思いをしながらも、エレーヌと添い寝した。
あのときのエレーヌの甘い香りと手の感触は、1ヶ月たった今でもはっきりと思い出せる。
忘れることはないだろう。
「わたし、今までクロードくんに告白できなかった。もし嫌われちゃったら、一緒にいられなくなるから……それなら幼馴染としてずっと一緒にいたほうがいいって、そう思ってた……」
エレーヌは一度視線を落とす。
だが大きく深呼吸をした後、再び俺を見据えた。
「でも、今日レティシアちゃんがクロードくんにプロポーズした時、このままじゃダメだって思ったの……『幼馴染』としての立場に甘えちゃダメだって、そう思ったの!」
エレーヌは俺のことをずっと、恋愛対象として見ていたようだ。
だが俺は、それに気づくことができなかった。
その理由は、俺が恋愛に興味がなかったからだ。
それに加えて、エレーヌ自身が言うように、彼女が具体的に行動しなかったのも原因だ。
エレーヌは優柔不断だ。
だが今日はその殻を破り、勇気を振り絞って俺に告白してくれている。
エレーヌの成長を感じられ、そして俺が愛されていると分かって、とても嬉しい。
だがそれと同時に、俺の中に葛藤が生じる。
「お願い、クロードくん……わたしと結婚して! 今まで通り……ううん、今まで以上に愛してくれるのならハーレムでもいい! 離れたくない……一生、一緒にいたいよ……!」
エレーヌはポロポロと涙を流している。
まさか彼女がそこまで思いつめていたとはつゆ知らず、俺は悲しい気持ちになる。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
エレーヌは俺の傍にいて、笑顔でいてくれた。
勇者パーティから追放されても、追いかけてきてくれた。
俺も可能であれば、ずっと一緒にいたいと思っていた。
なぜならエレーヌは妹──家族みたいな存在だったから。
だが今の俺には、「世界最強の冒険者」という目標がある。
幼少期からずっとバカにされてきた俺が抱いた、生涯の夢だ。
世界最強になるまで俺は恋愛にうつつを抜かすつもりはないし、レティシアにもそう誓った。
俺はそれが、とても歪なことだと分かっている。
自分を慕ってくれる女性を差し置いて痛々しい夢を選ぶなど、それは人の生き方ではない。
それでも俺は──
「エレーヌ。申し訳ないが、君の気持ちには応えられない。俺は世界最強の冒険者になるまで、結婚はできない」
エレーヌは俺の返事にうなだれる。
子供のように可愛らしい表情に、影がさす。
「そう、なの……でも、それもわかってた……だってレティシアちゃんも、そう断られたんだもの──」
「──だから俺は、次の国際武闘会で優勝する。そして世界最強の冒険者として名を轟かせる──そうしたら、結婚しよう」
俺はエレーヌの小さな肩を掴み、屈んで目線を合わせる。
うつむき加減になっていたエレーヌは、潤んだ目で俺を見つめ直した。
「国際武闘会で優勝したら、結婚してくれるの……?」
「ああ。それまで待っていてくれるか? ──っ!?」
俺はエレーヌに両頬を触られ、唇を塞がれる。
温かく湿った唇の感触は気持ちよく、それと同時に切なさを感じる。
いつも嗅ぎ慣れているはずの甘い香りは、俺をいつもとは違った気分にさせる。
ずっとこうしていたい。
エレーヌの愛を感じていたい。
それが、俺の偽らざる気持ちだ。
しばらくして、エレーヌは唇と手を離す。
彼女は顔を赤らめ、目を潤ませていた。
「──がんばってね……わたし、クロードくんのこと、ずっと応援するから……」
「ああ、エレーヌ……君の分までがんばるよ」
俺は幼少期からエレーヌに見守られながら、剣術の修練に励んできた。
そして今、こうして愛情を注がれた。
そんな俺が、世界最強でないはずがない。
俺はエレーヌの肩に乗せていた手を離し、レティシアに問う。
エレーヌの告白によって中断されてしまった本題に、入らなければならない。
「レティシア、君は俺と結婚したいと言ったな。だがついさっき、国王陛下からルイーズ王女との結婚を打診された。そしてたった今、エレーヌからもプロポーズされた。そんな俺と結婚したいと思うのか……?」
「はい、ハーレムでも構いません。今まで以上に愛してもらえるのなら」
「分かった」
レティシアの眼差しは、覚悟がこもっているように感じた。
俺が世界最強になるまで待ち続けると誓ってくれたときと、同じ目だ。
ルイーズ王女も、エレーヌも、レティシアも、ハーレムでもいいと言ってくれている。
であれば俺は、世界最強の冒険者になって彼女たちの気持ちに応えたい。
だがその前に、国王陛下にお願いしなければならないことがある。
俺は陛下に向き合い、頭を下げる。
「陛下、俺は『世界最強の冒険者になるまで結婚しない』と、エレーヌやレティシアに言いました。ですので申し訳ありませんが、国際武闘会で優勝するまで、ルイーズ王女との結婚を待ってください。こちらもけじめをつけなければなりませんし、いきなり『結婚しろ』と言われても困ります。──お願いします!」
俺は頭を下げて許しを請う。
すると国王陛下とルイーズ王女は、困った様子で見つめ合っていた。
陛下はしばらく沈黙した後、俺を見据える。
「クロード、お前の気持ちは分かった──だが、あまり悠長には構えていられないぞ。せめて、『勝敗に関わらず、国際武闘会後に婚約』ということにしてほしい。お前なら優勝は間違いなしだろうが、万が一ということもある」
「悠長には構えていられない」というのは恐らく、たくさんの王侯貴族から求婚されまくるということだろう。
もしそうなれば、本当に収拾がつかなくなってしまう。
王都付近に来襲したドラゴンを聖剣の力で倒した時点で、俺の力は俺だけのものではなくなってしまっている。
余計な政治闘争に巻き込まれる可能性だって、ゼロではない。
ならばせめて、ある程度の権力・自由、そして安寧を勝ち取るべきだ。
王族の傘下に入れば、それは可能だろう。
自分の身を守るため、そして俺を愛してくれる少女たちのため──
俺は決意を固める。
「分かりました、それで手を打ちます──絶対に国際武闘会で優勝し、名実ともども世界最強になって夢を果たします。そして三人と結婚します」
「その意気だ」
「ふ、ふん! 私も武闘会に参加するってことを、忘れないでよねっ!」
「ルイーズ王女……はい、あなたも絶対に倒してみせます」
本当に、負けられなくなってしまったな……
まあ最初から負けるつもりなど、毛頭なかったわけだが。
世界最強の冒険者になる──
もともと固かった決意を、俺はもう一度結び直した。
(第2章 完結)
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
現在、新作異世界ファンタジーを執筆しております。
ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。
ゲーム序盤で死ぬモブヒーラーに転生したので修行したら、なぜか真の勇者と崇められた ~ただ幼馴染ヒロインと自由気ままに暮らしたかっただけなのに、成り上がりすぎて困ってます~
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