第30話 決戦前夜

 レティシアさんに連れられ、俺とエレーヌは公爵の屋敷に向かった。

 そしてそこで豪華な夕食をとった。


 俺はテーブルマナー等には明るくないため、とても恥ずかしかった。

 エレーヌも同じ気持ち──いや、俺よりもおどおどしている様子だった。


 だが、レティシアさんを始めとする公爵側の人々は、決して俺たちを笑うことはなかった。

 俺はそれがとてもありがたかったし、エレーヌも少しずつ打ち解けていったようだ。



◇ ◇ ◇



「クロードはこの部屋、エレーヌはそちらの部屋を使ってください」

「ありがとうございます」


 レティシアさん自ら、俺とエレーヌに客間を案内してくれた。

 これは今気づいたことなのだが、もし俺とエレーヌが同室する事になれば彼女が可哀想なので、レティシアさんの配慮には助かっている。


「お風呂ですが、まずはクロードが先に使ってください」

「ありがとうございます」


 俺はレティシアさんの案内のもと、浴場に向かった。



◇ ◇ ◇



 浴場はとても広くて豪華だった。

 俺は普段、安宿に設置されている大衆浴場を使っているのだが、それとほぼ同格だ。

 個人や家族数人での利用を前提に考えると、この浴場は破格の広さである。


 俺はかけ湯をして身体を洗った後、浴室に入った。


「はあ……気持ちいい……」


 俺は思わず、そう口にしてしまった。

 今日はダンジョンの未踏地帯攻略にガブリエルたちの治療、そして街中での戦闘など、色々ありすぎた。

 その疲れが一気に取れる、そんな気分になった。


 俺は湯船の水を手ですくう。

 水の音が中々に耳触りが良い。


「ふう……」


 俺は一息つき、明日行われる予定の大規模攻略に向けて、英気を養う。


 もしダンジョンを完全攻略したならば、相当の報奨金がもらえるに違いない。

 そうすれば俺は、王都に向けて出発することができるだろう。

 そして王都で実力を見せつけ、最強の冒険者として名を馳せるんだ。


 俺は決意を胸に、浴室を後にした。



◇ ◇ ◇



 着替えを終えた俺は、屋敷の廊下を進む。

 中はとても広いので常人なら迷うかもしれないが、冒険者としての洞察力を用い、用意された客間の前に到着した。


 客間の内装はとても豪華で、そして一人で使うにはとても広い。

 カーペットや調度品はどれも綺麗で高そうだった。


 明日は重要な局面なので、俺はもう寝ることにした。

 部屋の灯りをすべて消し、フカフカで綺麗なベッドに潜り込んで目を閉じた。



◇ ◇ ◇



「ん……」


 真夜中……

 月の光が差し込んでいる客間で、俺は唐突に目が覚める。


 ドアの方からはノックの音が聞こえてきている。

 どうやら俺は、その音のせいで目が覚めてしまったらしい。


 一体誰が俺を呼んでいるのか、何の用なのかは分からない。

 俺は警戒をしながら、ゆっくりとドアを開ける。


 するとそこには、枕を抱えながら涙目で震えているエレーヌがいた。


「ク、クロード……くん……」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃ、ない……」

「とりあえず中に入ってくれ。立ち話もなんだろうから」

「うん……」


 エレーヌは暗い面持ちで客間に入る。

 俺たちは客間に設置されているソファに座った。


「何があった? 話したくないなら話さなくてもいいが……」

「さっき怖い夢を見たの……」

「そうか。それはさぞ、心細かったことだろうな……」

「うん……それでねクロードくん、明日はダンジョンに行かないでほしいの……ギルドマスターにも、ダンジョン攻略を中止するようにお願いするから……」


 エレーヌは泣きそうな表情をしながら、俺に言った。

 だが、彼女の願いは聞き入れられない。

 俺は作戦の要であり、攻略チームから抜けることはできないのだ。


 また、マスターに攻略中止を申し出ても無駄だろう。

 なぜならダンジョン内の魔物が少なくなっている今が、攻め込む好機だからである。


 エレーヌが不安がっている理由を知るべく、俺は質問をすることにした。


「一体、どんな夢を見たんだ? 怖いなら無理に思い出さなくてもいいけど……」

「えっとね……冒険者のみんなとグリムリーパーに挑むんだけど、みんな鎌の呪いを受けて死んじゃうの……で、わたしとレティシアさまはクロードくんに助けてもらったんだけど、クロードくんはみんなを助けられなかった責任を感じて……うっ……ぐすっ……」

「もういい……悪かった」


 涙を流すエレーヌの背中を、俺は優しく擦る。

 俺はその間、頭の中でグリームリーパー戦をシミュレーションする。


 ガブリエルの記憶によれば、グリムリーパーは鎌を振るうのがとても速かった。

 《剣聖》である父と同じくらいのスピードだ。

 その速さをもってすれば、大量の冒険者が束になってかかってきたところで、まったくの無意味である。

 そして鎌による攻撃を受ければ、呪いを負うことになる。


 なるほど、確かに大勢の人々の呪いを解くのは不可能だ。

 助けられるのはせいぜい数人程度で、優先順位は仲間であるエレーヌやレティシアさんが一番上となるだろう。


 ならば──


「大丈夫だ。みんなは無事に生きて帰ってこられる」

「ぐすっ……ほんとに……?」

「ああ、俺を信じてくれ」


 俺には対抗策がある。

 《回復術師》でありながら剣術の修練に励んできた俺だからこそ、できることはあるのだ。


 エレーヌはそんな俺の自信を察したのか、泣き止んでくれた。

 そして潤み切った目で、俺に頼み込む。


「今日は添い寝して……? お願いだから……」


 添い寝か……

 勇者パーティ時代に野宿をすることはあったが、エレーヌと同じベッドで添い寝をするのは初めてだ。


 俺と添い寝をするのに抵抗を感じない、というのはとても嬉しい。

 俺もエレーヌと寝るのは嫌じゃないが、ドキドキしてしまうかもしれない。


 だがそれで彼女の不安がそれで解消されるなら、俺は喜んで引き受けよう。


「分かった。じゃあ、一緒に寝ようか」

「うん……ありがとうっ……!」


 エレーヌは少しだけ笑ってくれた。

 俺はそれを嬉しく思いつつ、彼女とダブルベッドに入る。

 なんだか甘い香りがしてきてドキドキしてきた。


「手……握っていい……?」

「いいよ」


 本当はとても恥ずかしいのだが、今はエレーヌを落ち着かせることだけを最優先に考えることにした。


 エレーヌは掛け布団の中で、俺の手を取り握ってきた。

 彼女の手は小さくて、柔らかくて、そして温かい。 

 俺は心地よさを感じつつ、そっと握り返す。


「えへへ……安心するけど、逆に眠れなくなっちゃいそうだね……」

「ああ、そうだな……本当に」


 俺は安心感と緊張感を両立させながら、エレーヌが寝入るのを見守った。

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