第31話 ダンジョン攻略

 翌朝のギルドホール……

 俺・エレーヌ・レティシアさんの3人はそこで、ダンジョン攻略の準備をしていた。

 周囲には多くの冒険者がおり、緊迫した雰囲気を放っている。


 エレーヌはいつもよりも不安そうな表情で、話の口火を切る。


「いよいよ今日がダンジョン攻略だね……」

「そうですね。でも昨日はきちんと戦えている様子でしたのに、今日は不安なのですか?」

「はい……今日はグリムリーパーを倒しに行くんですよね。もしクロードくんが呪われちゃったら、わたし……」


 レティシアさんの質問に対し、エレーヌはうつむきがちに答える。


 今回のダンジョン攻略の大目玉は、グリムリーパーの魔物だ。

 つけられた傷は決して癒えないという伝承があるほど、解呪には恐ろしく手間がかかる。


 エレーヌが俺を心配する気持ちも分かる。

 昨日の夜はなんとかなだめすかしたが、俺がグリムリーパーの相手をする以上、死ぬ可能性はゼロではない。

 だがそれでも、奴を倒すのは俺が適任だと信じている。


 俺はエレーヌの目をしっかり見据えて、返事をした。


「大丈夫だ。俺の剣術と回復魔術を信じてくれ」

「うん、そうだね……」

「──クロード!」


 突如、少し離れた場所からガブリエルの声が聞こえてきた。

 隣にはジャンヌもいる。


 ガブリエルはずんずんと近づいてきた後、左腰に差してある両手剣を鞘ごと抜いて俺に手渡す。

 どうやら彼は、新しい剣の調達を終わらせたようだ。


「剣、貸してくれて……あ、ありがとう……いい剣だった──聖剣ほどじゃなかったけどな」

「ああ。こっちこそ、街を救うために戦ってくれて感謝している」

「べ、別にそんな大層なことじゃねえよ。自分が死にたくなかっただけだ」


 ──それでも、逃げなかっただけマシだ。

 俺はそう言いたかったが、誤解されて突っかかられても困るのでやめておいた。


 ガブリエルが俺の考えを察したのかは知らないが、「ふん」とそっぽを向いて、ジャンヌのもとに戻っていった。

 俺はガブリエルから返してもらった剣を検分した後、腰に差す。


 しばらく待っていると、ギルドマスターの男が現れた。

 冒険者たちの空気は、より張り詰めたものへと変化する。


「今日の任務は、グリムリーパーがいる場所までクロードを連れて行くこと、そしてダンジョンの完全攻略だ──みんなの健闘を祈る!」

「うおおおおっ!」


 冒険者たちは湧き上がる。 

 これから死地へと赴くのだ、奮い立たせないとやってられないということなのだろう。


 俺たち冒険者は集団で、ダンジョンに向かった。



◇ ◇ ◇



 攻略については順調そのものだ。

 その理由は、ダンジョンに潜む魔物の大部分はすでに、昨日の市街戦で一層したからである。

 それに今回は大人数での攻略なので、練度の差はあれど難なく魔物討伐は行えている。


 が、地下3階にて──


「うわあああああっ! ゴブリンメイジだ!」

「う、嘘だろ!?」


 一人の冒険者が、前方の魔物を見て叫びだす。

 するとその恐怖がパーティ全体に波及しだした。


 緑色の体をした、小さな人型の魔物であるゴブリン。

 ゴブリンメイジはその中でも、魔術が使える上位個体だ。

 目の前にはそのメイジが、10体も鎮座しているのだ。


 大半の冒険者にとって、魔術は脅威だ。

 魔術への対抗手段を持つものは、一部の天職を除いてほとんどいないだろう。


 俺は彼らを安心させるため、一旦前に出る。


「敵の魔術はこちらで引きつける! その隙に攻撃してくれ!」

「そ、そうか! 《回復術師》は魔術耐性が高いから……!」

「頼んだぞ!」


 俺は白魔術を用いて、ゴブリンメイジたちの注意を引きつける。

 案の定、奴らは俺に向けて魔術を放ってきた。


 氷の矢、火球、電流、投石──

 俺はそのほとんどを魔術障壁で防ぎ切り、投石などの物理攻撃は身体を使ってかわしていく。


 ゴブリンたちが俺を殺そうとしているその隙に、冒険者たちは突撃を開始する。

 まず、レティシアさんが素早い動きで接近し、ゴブリンを剣で仕留める。

 エレーヌは遠距離から魔術を発動し、氷の矢で串刺しにしていった。


 そうしてゴブリンへの攻撃は進み、ついに戦闘は終了した。


「しかし、すごいな……《回復術師》に前衛ができるなんて……」

「私たち、あんまり魔術師系の魔物と戦わないから、全然気づかなかったわ……」

「《回復術師》って、癒すことしかできないって思ってたけど、そんなことなかったんだな」


 俺が考案した作戦により、多くの冒険者達が《回復術師》について評価を改めているようだ。

 できればもっと早い段階で気づいて欲しかったところだが、見せつける機会を見いだせなかった俺にも非はある。


 そんなことを考えている俺に、エレーヌとレティシアさんが笑顔で駆け寄ってきた。


「クロードくん、よかったね。みんなに認められて……わたし、嬉しくって……」

「よしよし、大丈夫ですよ……私は最初から認めてましたよ……」

「レティシアさま……ありがとう、ございます……」


 俺が認められたことを、自分のことのように嬉しがってくれるエレーヌ。

 泣きそうになっていたエレーヌを、優しく撫でているレティシアさん。


 俺はこの二人に、心の中で感謝する。

 そして冒険者たちに告げた。


「このまま先に進む。ゴブリンやトラップに注意してくれ」

「はいっ!」


 冒険者たちは最奥部に向けて、歩き出した。



◇ ◇ ◇



 地下4階……

 足を踏み入れた途端、腐肉の臭いが漂ってきた。


 ジャンヌが「そうだわ」と手を打ち、俺に忠告してきた。


「クロードさん、ここから先はアンデッド系の魔物が現れます」

「マジかよ……あいつらって、斬られてもしばらく動き続けるって聞いたぞ……」

「ゾンビとかスケルトンって、気味悪いし怖いから嫌だわ……」


 ジャンヌの言葉に、多くの冒険者が薄気味悪がっている。

 そして同時に、アンデッド系の魔物の恐ろしさについて、理解している様子だ。


 ジャンヌはそんな冒険者たちに構うことなく、続ける。


「アンデッドは回復魔術が弱点です」

「ありがとう、ジャンヌ──《光よ、皆の者を癒せ!》」


 俺は効率を考えて、魔術を詠唱する。 

 するとまばゆい光が辺り全体を行き交い、冒険者たちからは驚きの声が漏れた。


「す、すごい……この場にいる全員に回復魔術をかけたのか……」

「ど、どこにそんな魔力があるの……? 信じられないわ……」

「さあ、行きましょう」


 俺たちは先へ進む。

 そしてしばらく歩くうちに、冒険者たちは異変に気づいたようだ。


「なあ、さっきから魔物が全然出てこないぞ」

「ここはアンデッドが出るって話じゃなかったのか?」

「いや……違うよ! クロードくんはさっきの回復魔術で、アンデッドを全滅させたんだよ! そうだよね、クロードくん!」

「そのとおりだ」


 エレーヌの考察に俺は頷く。

 俺は先程の魔術で冒険者たちの小キズや疲れを癒やしつつ、このフロアに居るアンデッドを殺し尽くしたのだ。


「アンデッドが回復魔術に弱いというのは聞いていましたが、まさか全体回復魔術でそこまでの力を出し切れるとは……王国の宮廷魔術師でも難しいと思いますよ」


 レティシアさんが戦慄した様子でそう言うと、他の冒険者達もまた慄き始めた。


「宮廷魔術師よりも魔術が上手いとか、嘘だろ……」

「俺たち、そんな人材をパーティに誘わなかったのか……」

「いえ、そこまで実力差があるのなら、むしろ私達じゃ足手まといよ」


 うーん……「足手まとい」はちょっと違うと思うな……

 俺の役目は剣で戦うことじゃなくて、傷ついた人々を癒すことだし。


 だが今はエレーヌとレティシアさんがいてくれればそれでいいので、パーティメンバーを募集する気にはなれない。


 そんなことを考えながら進むと、巨大な金属製の扉が目の前に飛び込んできた。

 昨日追体験したガブリエルの記憶によると、その先にはグリムリーパーがいるはずだ。


 ガブリエルは心底心配しているような声音で、俺に問うてきた。


「クロード、本当にグリムリーパーを倒せるのか?」

「大丈夫だ。君の記憶のおかげで、対策は立てられている」

「ちっ、恥ずかしいところを見られちまったようだな……まあいい、かたきを討ってくれ」

「ああ、期待していてくれ」


 俺は今まで持っていた父の剣を鞘に収め、聖剣を抜き払う。

 陽の光が当たらないダンジョン内にも関わらず、聖剣はプラチナのように白く輝いていた。

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