第22話 聖女の懺悔

 《聖女》ジャンヌは、焦燥感に駆られていた。

 味方である《勇者》ガブリエルが、グリムリーパーの攻撃によって死の危機に瀕しているからである。


 グリムリーパーが持つ《呪いの鎌》でつけられた傷は決して癒えない。

 伝承でもそう書かれている。


 ──まさかあのダンジョンに死神がいたなんて!

 ジャンヌは己の愚劣さを悔やんだ。



◇ ◇ ◇



 ジャンヌとガブリエルはなんとかダンジョンを抜け、街に戻ることができた。

 辺りはすでに夕暮れ時で、多くの冒険者が街を闊歩している。


 ガブリエルは出血多量により、顔が真っ青だった。

 その状態で走り続けていたので、過呼吸になるのではないかと思うほどに苦しそうに呼吸していた。


「はあ……はあ……あぐっ!」

「ガブリエルさん、しっかりしてください! 《光よ、彼の者に癒しを!》 ──はあっ……はあっ……」


 ジャンヌはガブリエルに、回復魔術と解呪魔術を何度もかけている。

 だが彼の傷が塞がった途端、また傷口が開く。

 あの《呪いの鎌》で斬られて以来、ずっとそんな状況が続いていた。


 ジャンヌの魔力はそろそろ限界だった。

 彼女の天職 《聖女》は、下位互換である《回復術師》よりも魔力が潤沢にある傾向にある。

 しかしそれでも、高位の魔術を重ねがけしているのだ。

 すぐに魔力切れにならないほうが、おかしいというものだ。


 魔力が底をつきかけると、「魔力欠乏症」という症状が起こる。

 主な症状は頭痛・倦怠感・めまいといったもので、魔力が自然回復するまで日常生活すら困難な状況となる。

 そんなジャンヌは、もう歩くことすら億劫になり始めた。


 今彼女をつき動かしているのは、ガブリエルに死んでほしくないという一点のみだ。

 目の前で人に死なれては、あまりにも目覚めが悪すぎる。


「はあ……はあ……」


 この時、クロードならどうするのだろうか。

 絶望しきったジャンヌは、ふとそんな事を考えていた。


 ガブリエルによると、クロードは欠損部位すらも完璧に治癒できるらしい。

 それは《聖女》にすら不可能な奇跡だ。

 もしそんなことが本当に可能であるならば、真の意味での秘蹟──あるいは神の御業としか言いようがない。


 もしかしたらクロードなら、ガブリエルを癒してくれるかもしれない。

 決して癒えない傷を癒してくれるかもしれない。


 だが、今ジャンヌが頭を下げたところで、クロードが首を縦に振るとは思えない。

 ジャンヌたちはクロードを追放した張本人、憎まれて当然だからだ。


 ──クロードさん、本当にごめんなさい……!


 ジャンヌは心の奥底から、そう思った。

 自分にないものを持っているという身勝手な理由で、クロード追放を実行してしまった。

 他人の足を引っ張ることさえしなければ、こんな思いをしなくて済んだはず。


 ──助けて、クロードさん……!


 ジャンヌが膝を折りかけた時、通行人が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「おい、君たち! 大丈夫か!?」

「いえ……ダンジョンでグリムリーパーに遭遇し、決して癒えない傷をつけられました……!」


 ジャンヌは必死に声を振り絞り、通行人たちに訴える。

 すると彼らはざわめき始めた。


「グリムリーパーって……実在していたのか……!?」

「俺たち、そんな危険なダンジョンに潜っていたというのか……!」


 通行人たちの多くは冒険者だったようだ。

 彼らはジャンヌやガブリエルと同じく、ダンジョンに潜む死神について知らなかったのだ。


 戦慄している様子の通行人に対して、ジャンヌは言う。


「どうか、《回復術師》クロードをここに呼んできてください……! お願い、します……!」


 クロードがジャンヌの願いを聞き入れてくれるかは分からない。

 だが、諦めることだけはしたくない。


 だからジャンヌは頼む。

 通行人に頭を下げて必死に請い、クロードを呼んできてもらう。

 一縷の望みを託して──


「分かった! 確かクロード、この時間は回復ビジネスをやってるはずだ! 呼んでくるから、それまで待っていてくれ!」

「ありがとう、ございますっ……!」

「す、すまない……! 頼む……!」


 通行人の姿は一瞬にしてかき消える。

 まるで《アサシン》の天職の持ち主であるかのようだ。


 クロードが来てくれるかもしれない。

 一瞬でもそう思ってしまったジャンヌは、安心するあまり膝を折った。


 そんな彼女を心配したのか、ガブリエルが苦悶の表情を浮かべながら謝罪する。


「ジャンヌ……すまないな……俺のせいで、ぐううっ!」

「いえ、私も同罪です……とにかく、クロードさんがここに来るまで……持ちこたえるのですっ……! がんばって……!」


 ジャンヌは神と、そしてクロードに祈りを捧げた。

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