第21話 勇者と死神
ダンジョンの地下3階……
《勇者》ガブリエルはバディである《聖女》ジャンヌとともに、ダンジョンに潜っていた。
──《回復術師》クロードの背中を追いかけて。
それは彼のあとをつけていたというのもあるが、精神的な意味合いも否定できない。
ジャンヌは驚きを隠しきれていない表情で、ガブリエルに言う。
「それにしても、先程のクロードさんのゴブリン退治、すごかったですね。私がパーティに入る前、彼はあのようにご活躍をされていたのですか?」
「ああ、魔術耐性だけはかなり高かったからな、《回復術師》は」
自ら罠にかかったと思えば、今度はその罠を再利用してゴブリンたちを一網打尽にする。
クロードはやはりやり方が汚い、ガブリエルはそう思っていた。
クロードはいつも、自分の目的を達成するためならば、常軌を逸した手段を取っていた。
平然とそれをやってのけ、それに驚くガブリエルやエレーヌに対してすら、澄まし顔を決め込んでいた。
ガブリエルはそういうクロードの態度が、いつも気に食わなかった。
そう思いつつ、クロード陣営の会話を盗み聞きする。
『──クロード……それだけの能力があるのなら、ぜひ公爵家の騎士として仕えてください。ずっと私の傍にいてください。望みは何でも叶えて差し上げます』
『──申し訳ありません──前にも言いましたが、俺は最強の冒険者になることだけを目標にしています。それは受けられません』
『──分かりました……つまらないことを言ってしまい申し訳ありません。ですがそのひたむきな姿勢、余計に欲しくなっちゃいますね……うふふ』
──ほらこれだ。
公爵令嬢レティシアに言い寄られても、クロードは眉一つ動かさない。
美少女に好き好きアピールされても、デレデレせずに澄まし顔をしている。
昔からエレーヌに対してもそういう態度をとってきたクロード。
女好きのガブリエルとしては、それは断じて許されざる行為だった。
恋心を利用するための狡猾な策略なのか、それとも本当に好意に気づいていないのか。
それは神のみぞ知るところだ。
だがクロードは成功のためなら何でもする男、恐らく前者である可能性が高い。
なにより、あの露骨な好き好きアピールに気づかないのは、あまりにも愚鈍だ。
あのクロードがそんなバカな男だとは思えない。
──くそー、いいなー! 俺もあんな風に言い寄られてー!
クロードについて思案しているガブリエル。
そんな彼を訝しんだのか、ジャンヌは声をかけてきた。
「ガブリエルさん、どうしたのですか?」
「いや、クロードがモテてうらやましいなー、なんて思って──まずい、隠れるぞっ……」
「はいっ……」
突如、クロードが来た道を戻ってきた。
それはすなわち、ガブリエルたちと鉢合わせになる可能性が高くなるということだ。
彼らは手近な物陰に隠れ、クロードたちをやり過ごす。
「クロードさんたちはもう攻略を切り上げるのでしょうか?」
「ああ……多分、『ダンジョンは慎重に攻略すべきだ』なんて思ってるんだろう──行くぞ、俺たちで先に攻略するんだ」
「はい!」
ガブリエル陣営がクロード陣営をつけ回していた理由。
それは魔物共をクロードたちに退治させ、ガブリエル陣営の消耗を抑えるためだ。
事実、ガブリエルとジャンヌは未だ、魔物とは戦っていない。
なので、体力・気力ともに横溢したままだ。
◇ ◇ ◇
しばらく進み、温存した体力をフル活用して、ゴブリンたちを駆逐していく。
そうしてるうちに、ガブリエルとジャンヌはついに地下4階にたどり着いた。
クロードやエレーヌとダンジョンに潜ったときは、ここまでたどり着けることはなかった。
なぜなら彼らはとても慎重で臆病だったからである。
そして今は最強職の筆頭となりうる《聖女》がいる。
もともと温存しきっていた体力に加え、彼女の回復魔術があれば、ガブリエルはどこまでもがんばれた。
「うっ……臭いです……」
「なんだ、この腐った死体みたいな臭いは……」
ジャンヌは口元を覆いながら、懸命に進む。
一方のガブリエルは衰えた聖剣を片手に警戒しつつ、敵を探していく。
「ウウウウ……」
「グウウウウウ……」
「ちっ、ゾンビか!」
ゾンビ、それは動く死体である。
邪術や超常現象によって、死してもなお動き続けることが可能になったという。
ガブリエルとジャンヌの目の前には、数十体ものゾンビがうごめいていた。
だが──
「《光よ、彼の者に癒しを!》」
「ギャアアアアアッ!」
「アアアアアアアアッ!」
ジャンヌはなんと、回復魔術を用いてゾンビを殲滅させた。
ゾンビなどのアンデッド系の魔物は回復魔術に弱いとされているが、それはどうやら本当だったらしい。
数十体もいたゾンビが今では、そのすべてが灰と化した。
ゾンビを駆逐したジャンヌであったが、それとは裏腹に笑顔で呼びかけてきた。
「さあ、行きましょう」
「あ、ああ……」
ガブリエルはジャンヌを守りつつ、先へ進んだ。
◇ ◇ ◇
しばらく進むと、重厚な扉が見つかった。
恐らくこの奥に、地下4階のボスが潜んでいるのだろう。
ガブリエルは大きく息を吸った後、ジャンヌに呼びかける。
「行くぞ……!」
「はい……!」
ガブリエルは金属製の重い扉を、たった一人で押し開けた。
そしてジャンヌに先んじて中に入る。
『──よくぞ参った、強者どもよ。我はグリムリーパー、人呼んで《死神》だ』
突如、なにかの声が頭に鳴り響いた。
恐らくはボスからのテレパシーなのだろう。
そうガブリエルが思っていると、目の前に1体の魔物──グリムリーパーが現れた。
体長はおよそ2メートルかそこらで、人間の骨格標本のような身体をしている。
漆黒のローブを纏っており、血のように紅い巨大な鎌を持っていた。
「ぐっ──!?」
ローブをまとった骸骨の魔物は、予備動作無しでガブリエルの胸を斬る。
いや、予備動作どころか、「鎌を振るう」という動作そのものが一切見えなかった。
鎌の切っ先はガブリエルの胸を浅くえぐり、傷口がぱっくりと綺麗に開く。
「ガブリエルさん! ──《光よ、彼の者に癒しを!》」
ジャンヌは詠唱するが、ガブリエルの傷は癒えない。
ガブリエルは出血や痛みを我慢し、バックステップで距離を取る。
そしてジャンヌに呼び掛ける。
「ジャンヌ、回復を! ──うぐっ!」
「かけたわ……かけたのに……! ガブリエルさん、あなたはこれで完治しているはずです!」
「な……なんだと……!?」
『ククク……』
グリムリーパーの不敵な笑い声が頭に鳴り響く。
ガブリエルは不快感でいっぱいだった。
『我が《呪いの鎌》は、先に”斬られた”という結果を作り出す。だから必中だ。まあ、お前は運が良かったので、致命傷は避けられたようだが』
「な……に……?」
『それに加え、つけられた傷は決して癒えぬ。たとえどれだけ優れた術者でも、癒やすことは不可能だろう。つまりお前は今、死が確定したのも同然なのだ』
──死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!
ガブリエルはジャンヌの手を取り、ダンジョンの入口に向かって走る。
「逃げるぞ、ジャンヌ! その間、回復魔術と解呪魔術をかけ続けてくれ……ぐあっ!」
「は、はい!」
『また幾度なりとも挑むがいい。もっとも、生きていればの話だがな。ハハハハハハッ!』
幸いなのは、ガブリエルの傷が浅かったこと。
そしてジャンヌがまだ、グリームリーパーの攻撃を受けていなかったこと。
《勇者》ガブリエルたちはプライドをズタボロにされつつ、グリムリーパーから逃げた。
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