第10話 馬車とオーガ

「これはマズいな……」


 助けを求める声を聞いた俺とエレーヌ。

 俺たちは街外れにある林の陰から、狼煙が上がっている現場を観察している。


 現場は、街と街をつなぐ道路。

 そこで停まっている馬車を中心として、兵士3人とオーガ2体との熾烈な戦いが繰り広げられていた。


 オーガは強靭な肉体を持つ人型の魔物で、残忍な性格だ。

 体長はおよそ3メートルから4メートル程度で、そこから繰り出される棍棒による打撃は強力だ。


「は、早く助けに行かないとっ!」

「静かに。まずは俺が──」


 俺はエレーヌを安心させるのも兼ねて、考案した作戦を彼女に伝える。

 彼女は「うん……それなら大丈夫だよね」と、少しだけ安堵の表情を見せてくれた。


 俺はエレーヌに支援魔術を行使し、彼女の魔力を一時的に底上げする。

 そしてエレーヌは俺が与えた力をフル活用して、巨大な氷塊を発生させてオーガに放った。


「グォ──」


 氷塊はオーガの頭に激突し、首を一撃で吹き飛ばした。

 首から下がない胴体では、もう身動き一つ取れないはずだ。


 仲間の即死に驚いたのか、もう一体のオーガは氷塊の飛んできた方向──すなわちエレーヌの方に向かって突進してきた。


 俺は冷静に判断し、剣を抜いてエレーヌとオーガの間に立ちふさがる。


「──危ないぞ、坊主!」


 馬車の方から兵士たちの声が聞こえるが、俺は決して逃げたりしない。

 オーガは俺に向けて棍棒を薙ぎ払うが、近くにあった木に激突する。


 遮蔽物がある場所では、オーガのような大柄な魔物は不利となる。

 また、巨大な棍棒を振り回すだけのスペースがない。


「エレーヌ、今だ!」

「《水よ!》」


 エレーヌは危なげなく、オーガの足元に魔術を放つ。

 魔弾が命中した途端、オーガの足の爪先から大腿部までもが瞬時に凍りついた。


 ちなみに今のエレーヌでは、二体目のオーガを一撃で倒すほどの威力は出せない。

 先程の支援魔術の効果を一気に使い果たしてしまったからだ。


「ガアアアアアアアアッ!」


 凍結により動けなくなっているオーガ。

 俺は剣を両手でしっかり持ち、心臓を貫いた。


 目の前の敵を倒したあと、馬車の方を確認する。

 近くにいる兵士たちが混乱している様子だったが、先ほど倒したオーガ以外に敵はいないようだ。


「やったね。馬車の人たちも、これでなんとかなりそうだよ」

「だな」

「──はあはあ……坊主、お嬢ちゃん、助けてくれてありがとな!」


 突然、一人の兵士が俺の前に現れた。

 彼は走ってここまで来たのか、少しだけ汗をかいている。


「どういたしまして」

「坊主たち……一つ聞くけど、天職は……?」


 兵士は深刻な表情で、俺に問う。


 俺は今、《回復術師》に適した白っぽい服装をしているので、見れば分かるはずなのだが……

 エレーヌも、《賢者》向けの暗色系ローブを纏っている。


 天職を尋ねられた理由が分からないが、バカにされることを覚悟して堂々と答えた。


「《回復術師》です」

「わたしは《賢者》です……」

「《回復術師》……よかった……頼む、助けてくれ!」

「──もしかして、怪我人がいるのですか?」

「そうだ! 来てくれないか!?」

「分かりました。案内して下さい!」


 自分にできることなら協力する。

 俺はそういうスタンスで、兵士について行った。

 エレーヌもまた、慌てた表情をしながら俺の隣を走っていく。



◇ ◇ ◇



「ぐううううっ……」

「《回復術師》を連れてきたぞ!」


 馬車の近くに到着した俺と兵士。


 現場には、頭から血を流して倒れている兵士1人がいた。

 それを見守る兵士2人と、豪華な服を着た男女3人がいた。


 白を基調としたドレスを着たプラチナブロンド──白に近い金髪の美少女は、俺に向かって懇願する。


「お願いします! 彼を助けてあげて下さい!」

「分かっています──《光よ、彼の者に癒しを!》」


 俺は兵士の体に触れた上で、しっかりと詠唱を行い魔術を発動させる。

 魔術の効率を限界まで上げるためだ。


「──うぐっ!?」


 頭の中に情報が流れ込む。

 兵士の経験を追体験した俺は、あまりの痛さに思わず声を漏らしてしまう。


 彼の天職は《重戦士》だそうで、パーティメンバーを守ることに特化した戦闘職だ。

 自分の職務をまっとうした上で血まみれになったということで、俺はとても尊敬している。


 そんなことを思っていると、プラチナブロンドの少女が慌てた様子で俺に声をかけてきた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です……」


 俺は《重戦士》の男を治癒しつつ、自分に回復魔術をかけて痛み止めを試みる。

 だんだんと痛みが和らいでいき、最終的には消え去った。



◇ ◇ ◇



「君……助けてくれてありがとう」


 俺に声をかけてきたのは、さっき俺が治療した《重戦士》の男だ。

 彼はホッとした表情をしながら手を差し伸べてきたので、俺は握手した。


「いえ、俺は《回復術師》ですから。天職を全うしただけです」

「ほんとに君、《回復術師》なのか? あれだけの重傷を完治させるなんて、それこそ《聖人》じゃないと……」


 《聖人》、それは《回復術師》の上位互換ともいえる天職だ。

 人々の助けになる白魔術を得意とする一方、光属性の黒魔術も使え、魔術師としての格が非常に高い。

 ちなみに《聖女》は、この《聖人》の女バージョンである。


「俺は《聖人》じゃないですよ。『神・教会・人々のため』っていうのはあまり好きじゃないので。そういう考えがあってもいいですけど……俺もみんなも得をして、誰も損しなければそれでいいとは思ってます」

「そうか……でも、僕を助けてくれたのは事実だ。ありがとう」


 俺はとりあえず金額を紙に書き、「治療費はこれで」と《重戦士》の男に提示する。

 男は「ちょっと待っててくれ」と言ったあと、財布からそれ相応の金を出してくれた。


 曰く、今まで王都に出張していたため、何かあったときのために大金を持ち歩いていたとのことだ。

 盗賊に襲われたらどうするんだ……とも思ったが、彼らなりの流儀があるのかもしれない。


「確かに受け取りました……それじゃ俺たちはこれで──帰ろう、エレーヌ」

「うん」

「ああ、またね」


 笑顔を取り戻した《重戦士》の男に一礼し、エレーヌとともに立ち去る。

 もう日が落ちていているので、これ以上長居するのは危険だ。

 エレーヌという少女もいることだし、色々と危ない。


「待って下さい! お礼がまだ──」

「礼には及びません。金は受け取りましたので」

「こ、困ったときはお互い様ですから……」


 後ろから、プラチナブロンドの美少女に呼び止められてしまった。

 しかし今はなるべく早く帰りたいので、俺は彼女に「返礼不要」と返事をする。

 エレーヌも、とても困惑した様子で謙遜している。


「せめて名前を!」

「俺はクロードです」

「わ、わたしはエレーヌ……です」

「えっ!? あの勇者パーティの──」

「今はもう違います。失礼します」


 少なくとも俺は、治療費とお礼の言葉をもらったのだから、これ以上は何もいらない。


 エレーヌは報酬は受け取っていないが、しかし彼女がそれを要求する様子もない。

 むしろ、とても恥ずかしがっている。

 後で治療費を山分けしてあげよう。


 俺たちは暗がりの中、帰路についた。

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