第7話 聖女の苦悩
「どうしてこんなことに……」
クロードを追放した日の翌朝……
勇者パーティに所属する《聖女》ジャンヌは、現状を憂いていた。
クロードを追放してからというものの、上手くいかなくなってしまったのだ。
《聖女》の天職に選ばれた者は、《勇者》とともに魔王討伐を成し遂げる。
この伝承と教皇の指示に従って勇者パーティに入ったのだが、そのことを後悔し始めた。
一週間前に勇者パーティに入ったとき、まず《回復術師》クロードの存在が目についた。
彼の回復魔術は非常に強力で、前衛がガブリエルだけのパーティに、大きな貢献をしていることが分かった。
さらに、これは追放時に判明したことだが、クロードは切断部位すらも癒せるらしい。
神話・伝承においては《聖女》も治療可能とされているが、実際はそんなことは不可能だ。
ただ《聖女》という天職を、神格化させるための方便でしかない──そのはずだった。
あまりにも規格外なクロードが傍にいると、《聖女》としての面目が保たれない。
魔が差したジャンヌは彼を排斥しようとガブリエルと共謀したのだが、それが裏目に出てしまった。
パーティの要たる《賢者》エレーヌが、失踪してしまったのだ。
クロードがいなくなった分、《聖女》の自分が頑張ればパーティは崩壊しない。
そう思っていたジャンヌにとって、あまりにも想定外だった。
ジャンヌは苛立ちを必死に隠しつつ笑顔を作り、ガブリエルに問う。
「ガブリエルさん、どうしてエレーヌさんはパーティを出ていったのですか? あなたは本当に、何も心当たりがないのですか?」
「し、知らない……」
ガブリエルは顔をそらした。
彼は昨日、「二人きりで話がしたい」とエレーヌに呼びかけた。
その直後にエレーヌがいなくなったので、ガブリエルが怪しいとジャンヌは踏んでいる。
「とりあえず、ギルドでメンバーを募集しよう。《勇者》と《聖女》っていう最強職が揃ってるんだ。代わりはすぐに見つかる」
「そうですね。行きましょう」
ジャンヌとガブリエルはギルドホールに向かった。
◇ ◇ ◇
「うそ……」
ギルドホールに設置された掲示板を見て、ジャンヌは血の気が引いた。
────────────────────
【要注意人物】
名前:ガブリエル
年齢:17歳
性別:男性
天職:勇者
メンバーの女性Aに対するセクハラ行為。
男性Bに対する不当解雇。
────────────────────
──終わった……
ジャンヌは悲観した。
ギルドは仕事を斡旋する場所であると同時に、情報共有の場所でもある。
悪徳冒険者などによる権利侵害や犯罪を防止するため、こうして危険人物を公開することがあるという。
だが、全く身に覚えのないことが書かれていたことに、ジャンヌは気づく。
普段はどんなときでも猫をかぶるジャンヌだったが、このときばかりはこらえきれなかった。
「ガブリエルさん、セクハラってどういうことですかッ!?」
「え、ええっと……知らないなあ……」
ガブリエルは顔をそらす。
先程エレーヌの失踪について問うたときと、全く同じ反応をしていた。
「──もしかして昨日、エレーヌさんになにかしましたか?」
「あ……う……」
「したんですね?」
「は、はい……ホテルに連れ込もうとしました……でも逃げられました……」
ガブリエルの返答に、ジャンヌは呆れた。
しかし彼女はまだ、ガブリエルと行動をともにすることを諦めたわけではない。
なぜならセクハラされる心配がないからだ。
上位の聖職者たるジャンヌの周囲には、常に《アサシン》の天職を持つ僧兵が潜んでいる。
《アサシン》は戦闘能力が低く魔物に対する攻撃手段に乏しいが、気配遮断・隠密行動・殺人に特化した天職だ。
万が一ガブリエルがジャンヌを襲おうものなら、すぐにでも抹殺することが可能だろう。
セクハラを心配するよりも、「魔王を倒し世界に平和をもたらす」という使命を優先させるべきだ。
力あるものはその力を行使し、人々を守る義務がある。
それに、そのような高尚な理由がなくとも、自分の命を守るために魔王を倒す必要がある。
ジャンヌはそう考えている。
「ジャンヌ……お前は俺を、軽蔑するか……?」
「しますね、当然。ですから今すぐ反省しなさい」
「あ、ああ……そうだな。もうセクハラはしない……ナンパもやめる……」
「約束は絶対に守ってください──一緒にがんばりましょうね」
「あ、ありがとう……そんなことを言ってくれるのは、お前だけだ……」
ガブリエルをなんとか説得したあと、ジャンヌはギルドの依頼を受けた。
ちなみに先程の張り紙のせいで、誰もパーティに入ってくれなかった。
◇ ◇ ◇
「ふう……」
夕方、ギルドホール前。
ジャンヌはガブリエルとともに、魔物討伐の依頼完了報告を終わらせた。
ジャンヌの冒険者ランクはDで、受けた依頼もDランクなので、あまり大した稼ぎにはならない。
しかも、Aランク冒険者であるガブリエルが聖剣の力をフル活用していたので、あまり魔術を使う機会はなく、成長している実感がなかった。
──それにしても、あのガブリエルさんから一本を取るクロードさんって化け物だわ……
ジャンヌはそんなことを思っていた。
『──疲れた身体にー、回復はいかがですかー?』
『──お、お肌がきれいになりますよっ……!』
ふと、男と女の声が聞こえてきた。
その方を向くと、そこには《回復術師》クロードと《賢者》エレーヌがいた。
彼らの周囲には多くの女性達が詰めかけており、回復魔術を受けているようだ。
「ガブリエルさん、これは一体……!」
「大方、収入が減ったから金儲けをしようって腹なんだろう」
「なるほど……」
ジャンヌはこのとき、希望を見出した。
自分もクロードと同じように回復魔術を用いれば、魔王討伐の資金を調達できると。
また、この街から出て王都に移住し、まっさらな状態でやり直せると。
それに動機はどうあれ、人々を癒すことは結果として人々を救うこととなる。
ジャンヌは腹をくくった。
「《聖女》の回復魔術が今ならなんと、剣1本分でーす! いかがですかー?」
「おっ、なんだなんだ?」
「うおっ……すっげえ美人……」
狙い通り、男たちがこちらに気づいた。
クロードの商売は見たところ、女性には大ヒットしている様子だが男性受けはあまりしていないと見える。
クロードとは客層がかぶっていないため、彼との競争は避けられるはずだ。
ジャンヌはそう思っていたが、人々の反応は薄かった。
「でも、剣1本分はちょっと高いな」
「──え?」
「そうだな。いくら美人つっても、限度ってもんがあるだろ……」
──そんな、どうしてっ……!?
ジャンヌは心のなかで嘆くが、しかし自分の価値を下げる気にはなれなかった。
『──惣菜パン1個分のお値段で、疲れた身体と心を癒しますよー』
──安っ!?
もっと自分を大事にしろと、声の主であるクロードに言いたい気分になった。
想定客層は違えど、ジャンヌとクロードは同業。
価格設定にはやはり影響してしまう。
「──俺を癒してくれ。これで足りるか?」
ジャンヌの目の前に、ようやく若い男が現れた。
初めてのお客様に、ジャンヌは心を躍らせる。
「は、はい! ありがとうございます!」
「握手しながらやってもらっていいか? そっちのほうが効率的だろう?」
──この変態ッ!
確かに身体接触をしながら回復魔術を使えば、魔力消費量は少なくて済む。
しかし、「綺麗な女性に触ってもらいたい」という下心が見え見えなので、ジャンヌは気が進まない。
とりあえずかまととぶって、穏便に済ませることにした。
「あ、あのっ……身体接触なしでも十分効き目はありますので……ごめんなさい……」
「そうか……まあいいや、頼む」
「はい!」
ジャンヌは胸元に手を当てて無詠唱で魔術を発動させる。
「おお……すごいような……普通のような……」
男はとても微妙な表情をしていた。
そんな彼をなんとしてもリピーターにするべく、ジャンヌは上目遣いで媚びながら尋ねる。
「また明日も、来てくださいますか……?」
「うえっ!? ──う、うーん……毎日剣1本分の出費はキツすぎるな……行くとしても月一回くらいだな」
「そ、そうですか……ありがとうございました」
男は立ち去る。
その去りぎわ、「ちっ、握手すらしてくれないのか。完全に損した」という呟きが聞こえてしまった。
──《聖女》であるこの私が、変態にサービスすることなんてなにもないわよッ!
ジャンヌは男性客に怒りを覚えつつ、客引きを続行させた。
◇ ◇ ◇
「お客さまが……来ない……」
「まあ仕方ないだろ……あれだけ高かったら、誰も来ないぞ……」
まさかの結果に、ジャンヌとガブリエルはたそがれていた。
あれから1時間くらい粘ったが、客は10人くらいしか来なかった。
その一方で、ライバルのクロード陣営は、もうかれこれ100人以上は施術したと思われる。
実際の売上高自体は、こちらのほうが上かもしれない。
しかしクロードには「毎日来る」と宣言した客が非常に多く、一方のジャンヌにはリピーターとなってくれそうな顧客はいなかった。
クロードの施術単価が「惣菜パン1個分」なのに対し、ジャンヌは「剣1本分」と高すぎたのだ。
長期的に見れば、売上高はクロード陣営のほうが上回ることだろう。
彼のやり方が正しかったことをジャンヌは認め、それを取り入れることにした。
「明日から惣菜パン1個分の値段にしましょうかね……」
「──お待ち下さい、聖女殿」
突如、しわがれた男の声が聞こえてきた。
その方には、聖職者然とした服装の老人がいた。
彼はこの街周辺にある教会を統べる、大司教である。
「大司教……!? 御自ら、いかがなされたのですか!?」
「いやなに、《聖女》が回復魔術をぼったくっている、などという報告を受けましてね。こうして来てみたのです」
「そうでしたか……いえ、魔王討伐の資金調達のため回復魔術を使っていたのです。施術料金を高く設定していたのは認めますが、大幅値下げをするつもりでいます」
「なるほど、事情は分かりました。ですが、二度と回復魔術を商売にしないでいただきたい」
「──え?」
回復ビジネスの改善点を思いついた途端ストップがかかり、ジャンヌは呆然としてしまった。
「やるのでしたら私の目の届く範囲で──すなわち教会で実施してください。そして安価で施術を行うようにしてください──いいですね?」
「そ、そんな……」
これからは教会で施術を行うにしても、ギルドホール前よりも潜在顧客が少なくなるだろう。
また教会で施術する場合は恐らく、利益の数割は教会に寄進することになるはずだ。
これでは王都移転・魔王討伐のための費用が、稼ぎにくくなってしまう。
ジャンヌは望みを絶たれた。
だがそれが受け入れられなくて、言っても仕方がないことを口にしてしまう。
「《回復術師》のクロードさんはどうなるのです!? 彼は回復魔術で金儲けをしているではありませんか!」
「クロード……聞いたことがある名ですね──1回あたりの施術料金は?」
「惣菜パン1個分です」
「それでは、『ぼったくっている』とは言いませんね。それに第一、彼は聖職者ではないのでしょう? 罰する理由など、どこにもありません。ですが清貧であることが求められる、あなたたち聖職者は違うでしょう?」
「そ、そんな……分かりました……明日からは教会で人々を癒します。あくまで冒険者稼業と並行して……ですが。利益の数割は教会にお渡しします」
「それでいいのです。では」
大司教は悠々とした足取りで立ち去る。
一方、ジャンヌとガブリエルはただ、黙って下を向くことしかできなかった。
「どうしてこんなことに……」
クロードを追放してからというものの、何もかもが上手くいかなさすぎる。
ジャンヌは完膚なきまでに打ちのめされ、後悔の涙を禁じ得なかった。
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