第8話 人の痛みがわかる回復術師

 一週間後。

 俺とエレーヌは二人で協力しあった。


 朝昼は、魔物を討伐する冒険者として。

 夕方は、街のみんなを癒す《回復術師》として。


 回復ビジネスについてだが、多くの人々に利用されるようになった。

 顧客の中には、近くのダンジョンを攻略するためにこの街を訪れた旅人すらいた。

 金はそこそこ稼げている。


 しかし未だに「男の《回復術師》はいらない」という声もあり、魔物討伐のパーティには入れてもらえない。

 回復魔術の有用性は理解してもらえている様子だが、それも中・上級の傷薬で事足りるとのことだ。


 さらに、天職由来の戦闘能力の低さがネックとなっている。


 俺は体を鍛えているし、ゴリゴリの戦闘職である《勇者》にも勝てた。

 その上、エレーヌとともに魔物討伐もしている。


 だがそれでも、「回復術師=雑魚」というイメージを払拭できずにいる。

 となると今後、やり方を変える必要があるのかもしれない。


 ──まあ、回復ビジネスはかなり繁盛しているので、このまま副業として続けるつもりではあるが。



◇ ◇ ◇



 夕方のギルドホール前。

 いつものように、俺とエレーヌは回復ビジネスをしていた。

 客足も順調で、オープンしてから10分程度経ったくらいだが、もう10人くらいは施術したはずだ。


「──クロード、助けてくれ! 急患だ!」

「なにっ!?」


 突如、男の声があたりに響き渡った。

 その声の主であろう屈強な男が俺の前に現れ、背負っていた細身の女を優しく地面に下ろす。


「う……く……」

「うそ……ひどい……」


 細身の女は、全身が傷だらけだった。

 簡単な止血は施されているようだがそれも最低限で、放っておけば死ぬかもしれない。


 エレーヌは女を見て、口元を押さえて驚いていた。

 一方の俺は冷静に、行うべき処置を検討する。


「治療費は弾むから、こいつを治してやってくれ……頼む!」

「分かりました!」


 俺は屈強な男に頼まれる前から、腹をくくっていた。

 必死に頼み込む彼に返事をした後、俺は大怪我をしている女の傍に座る。


「ごめんなさい。お体に触りますよ」

「は、はい……」


 俺は「変態」と罵られる事を覚悟して、女性患者の手に触れる。

 身体接触した状態で魔術を行使すれば、効果は上がるからだ。

 念には念を入れるべきだ。


「《光よ、彼の者に癒しを!》」


 俺はしっかりと詠唱し、回復魔術の効率を少しでも上げる。

 患者の身体は光を帯び、傷はどんどんふさがっていく。


「──うぐっ!? ぐあああああっ……!」


 身体が……熱いッ……!

 全身が斬り刻まれるような痛みを、俺は今味わっている。


 重傷患者を治療する時、俺はいつも患者の経験を追体験してしまう。

 患者がどのように武術を修練したか、どのように傷つけられたか、どのような苦痛を味わったのかが、痛いほど分かってしまうのだ。


 追体験した記憶によると、この女性患者は《剣士》としてダンジョンに潜っていたようだ。

 しかし想定外の罠に引っかかり、魔物に包囲されて袋叩きにあったらしい。


「ぐうううううっ……!」

「ク、クロード! 大丈夫か!?」

「クロードくん、いつもああなんです……気にしないであげてください……でも、できることなら代わってあげたい……」


 女性患者の仲間である男が、俺のうめき声に驚いている様子だった。

 エレーヌもまた、何度か俺の回復魔術を目の当たりにしているので理屈は分かっているはずなのだが、心配そうに俺を見ていた。


 ちなみに俺は、片腕を切断された《勇者》ガブリエルを回復させた事があるが、当然幻肢痛に苛まれた。

 エレーヌはその場面に立ち会っていたが、そのときは思いっきり泣いていたな……


 俺はしばらく痛みに耐えながら、回復魔術を使い続けた。



◇ ◇ ◇



「はあ……はあ……──助けていただき、ありがとうございました!」


 治療はなんとか終わった。

 女性患者は息を吹き返し、身体中の傷は一切の跡を残さず完治した。


 そして、俺が味わった痛みもまた、嘘のようになくなった。


 依頼人である屈強な男は、細身の患者に勢いよく抱きつく。


「よかった……本当に助かったんだな……! すまん、守ってやれなくて……!」

「いえ、あなたはちゃんと守ってくれました……怪我をした私を見捨てず、ここまで運んでくれたのですから……!」

「クロード、本当にありがとう!」

「いえ、怪我人を助けるのが俺たち《回復術師》の仕事ですから。でも、助けられてよかった」


 カップルの安堵の表情を見て、俺もホッと胸を撫で下ろす。


 痛みに耐えて治療した甲斐があった。

 患者の笑顔と感謝の言葉があれば、追体験時の痛みがあっても俺はがんばれる。


 それにそんな高尚な理由がなくとも、治療費が入ってくるので単純に嬉しい。

 金は自分の実力や成果を、具体的に計る指標でもあるからだ。


 男は約束通りの大金を俺に手渡しながら、真剣な表情で問うた。


「それにしてもクロード、さっきのうめき声はなんだったんだ?」

「ああ……実は俺、大怪我を治すときは、患者の経験を追体験してしまうんです」

「そんな……! じゃああなたは私が負った傷の痛みを、そのまま味わったとでも言うのですか!?」


 女性患者はとても申し訳無さそうに言う。

 余計な心配をさせてしまったか……


「そういうことですね……まあ、そのおかげで大抵の傷は治せるんですが」

「そうか……──実は何軒か《回復術師》を当たってみたんだが、みんな治せなかったんだ。だからクロードの回復魔術は本当に特別なんだろうな……」

「人の痛みがわかるなんて素敵って言っていいのか、残酷と言っていいのか分からないけど……とにかく、本当にありがとうございました!」


 「人の痛みがわかる」という慣用句は言い得て妙であり、俺にとっては中々の皮肉だ。

 患者に悪気がない様子なので、こっちも全然気にしていないが。


 患者たちは何度も頭を下げながら立ち去る。

 俺は彼女たちの笑顔を見て、元気づけられた。


 ──って、パーティに入れてもらえばよかったあああああっ……!

 まあでも……やってしまったことは仕方がない。


 気持ちを切り替えたところで、エレーヌが俺の服の裾をくいくいと引っ張ってきた。


「クロードくん、どうしたの?」

「いや、なんでもない……とりあえず、仕事を続けよう」

「うん!」


 俺は大きく息を吸い、呼び込みを再開させる。

 今日は急患があったのでそれなりに魔力を消費してしまったが、まだまだ余力はある。


「回復魔術はいかがですかー?」

「クロード、今日も頼むよ」

「ありがとうございます」


 呼び込みをかけるやいなや、すぐに常連の男冒険者がやってきた。

 彼の弁によれば、俺の回復魔術にハマってしまったらしい。

 いつも会うたびに、意味深な表情や発言をされてしまうのだ。


「ありがとうございます──《光よ、彼の者に癒しを》」


 回復魔術の行使とともに、男の体は明るく光る。

 彼はとても気持ちよさそうにしていた。


「いつもありがとうございます」

「いや、こっちこそありがとう──やっぱりクロードは回復魔術がうまいね」


 男は何故か、照れくさそうな表情をしていた。

 もしかして俺、この人に狙われてるんじゃ……


 ──いや、それは考えすぎだな。


「──あーっ! こんなところにいたのね!」


 突如、女の声が聞こえてきた。

 その方には白装束をまとった女がおり、こっちを指差しながら迫ってきた。


 冒険者の男はとても慌てている様子だ。

 白装束の女と知り合いなのだろう。


「やばっ! クロード、バイバイ!」

「待ちなさーい! 逃げるなー!」


 気づけば男は忽然と姿を消していた。

 恐らく彼は、気配遮断を得意とする《アサシン》の天職の持ち主なのかもしれない。

 ──あるいは、ただ単に影が薄いだけか。


 これで騒ぎは収まる、俺はそう思っていた。

 だがホッとしたのも束の間、女が怒り顔で俺の前に立ちはだかった。


「あんた、クロードっていうんでしょ? あいつから色々と聞いてるわ」


 白装束の女は、苛立ちのこもった表情で俺に問う。

 一体なぜそのように突っかかられたのか、俺には分からなかった。

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