第51話 国王との対談

 国王陛下の執務室。

 そこにはその部屋の主である国王陛下と、その娘であるルイーズ王女がいる。


 だがそれ以外にも、俺・エレーヌ・レティシアという部外者がいる

 公爵令嬢であるレティシアはともかく、この状況はあまりにも異質だと俺は思う。

 豪華な調度品がそれを物語っている。


 国王陛下は静かに、俺に向けて語る。


「アルフォンスとアデライード──お前の両親は20年以上前に、王都付近で発生した魔物の集団暴走を止めてくれたのだ。しかもたった二人で」

「そうなのですね……初耳です」

「そうであろう。あの二人は実力があるのに目立つことを嫌っていたからな。現に、あの一件に関しては今も情報統制を敷いているので、王宮の外であの二人の功績を知るものはいないはずだ──もし実家に戻ったらこう伝えて欲しい。『あなた達の背中を追って、私は強くなれた』と」


 俺は国王陛下の頼みに対し、「分かりました」とだけ答えて頭を下げる。


 それにしても、「あなた達」か。

 俺の両親がどれだけ国王陛下に影響を与えたかは知らないが、陛下との次の機会がもしあれば聞いておこう。


 今は陛下とは初対面なので、こちらから色々と質問するのは失礼に当たることだろう。

 流石の俺でも、陛下には気後れせざるを得ないのだ。


「ところでクロード、我が甥のリシャールを剣術で倒したというのは真か?」


 国王陛下は真剣な面持ちで、俺に問うてきた。

 リシャールの父親であるルクレール公爵は王弟であり、リシャールと国王陛下は血族である。


「そのとおりです」

「別に責めているわけではないが、リシャールと戦うことになった経緯を教えてほしい。彼は曲がりなりにも王族だからな。本来であればお前とは接点がないはずなのだ」

「それについては、私からご説明します」


 レティシアは少しだけ重々しい表情をしながら挙手する。

 恐らく元婚約者であるリシャールのことを、あまり言及したくないのだろう。


「お前は確か、ローラン公爵の娘レティシアだったな──それで、経緯を聞かせてくれ」

「《回復術師》クロードが王国武闘会に出場できるようにするために、ルクレール公爵閣下を訪れたのです。そこに、公爵閣下のご子息にして私の元婚約者であるリシャール様と、一悶着ありまして……」

「ふむ、なるほど……そもそもレティシア、なぜお前がクロードとともに行動しているのだ? 公爵の娘であるお前はリシャールと同じく、クロードとは接点がないはずだが」

「クロードは《回復術師》でありながら、《勇者》にしか扱えないはずの聖剣を扱えます。それに、伝承にある《死神》の呪いすら解くことができます。彼の公爵領での活躍は目を見張るものがあり、公爵家の騎士に叙任したうえで目をかけているということなのです」

「ふむ、ローラン公爵らしいな。あの男は成果主義的で、平民でも実力があれば認める──そんな男だったな」


 レティシアの言葉に、国王陛下は大きく頷く。

 一方で、ルイーズ王女が驚きの表情を見せ、レティシアに問いただした。


「ね、ねえレティシア、クロードが聖剣を使えるって本当なの!? 確かにルクレール公爵も言ってたけど……聖剣は《勇者》のアイデンティティなのよ!」

「本当です。もしご希望であれば、クロードに聖剣を見せてもらえばよろしいかと」

「クロード、見せなさい……あなたの聖剣を!」


 俺は鞘袋から聖剣を鞘ごと取り出し、黄金に輝く鞘から剣を抜き払う。

 プラチナのような輝きを見せる聖剣は、いつ見ても美しかった。


 ルイーズ王女は一瞬だけ呆然とした表情を見せたが、すぐに笑い出した。


「あはは……これは本当に面白いことになってきたわね……──今まで私、リシャールに勝ちさえすればそれでいいって思ってた。クロードには勝てなくてもいいって、無意識でそう思ってた……けど!」


 ルイーズ王女は真剣な面持ちで、俺に指をさす。


「決めた。クロード、王国武闘会であなたを倒す!」

「決勝戦で待っています」


 俺は自信を持って、ルイーズ王女に返事をする。

 すると彼女は「ふ、ふんっ!」とそっぽを向いた。


 国王陛下はその様子を見て笑っていた。


「ははは、二人の健闘を祈っている──ところでクロード、お前はルイーズに剣術を教えてくれているそうだな。感謝している。だが《回復術師》でありながら、なぜその域に達したのだ?」

「父──《剣聖》アルフォンスに憧れていたんです。それで幼少期からバカみたいに剣を振って……成人して《回復術師》になった後も、ひたすら自分を高めていって──」


 俺は国王陛下に一通り説明する。

 陛下は静かにそれを聞いていた。


 昔のことを思い出して感極まった俺は、隣にいる少女の小さな両肩に手を乗せていた。

 そう、俺の幼馴染にして仲間である《賢者》エレーヌに……


 エレーヌは突然のことで驚いたのか、「えっ……ク、クロードくんっ!?」と恥ずかしそうに口にした。


「この子──エレーヌがいつも見守ってくれていました。生まれ育った村のみんなからバカにされても、勇者パーティから追放されても、この子だけは俺についてきてくれました。エレーヌがいたから俺はがんばれた──そのことを陛下、どうか覚えていていただけませんか?」

「分かった──エレーヌ、といったか。お前からは尋常ならざる魔力を感じたが、どうやらただ強いだけの小娘ではなかったらしい。他人を応援したいという気持ちは、ぜひ大事にしてくれ」

「あ、ありがとうございますっ……!」


 エレーヌは国王陛下に対し、おどおどしながらも頭を下げる。

 すると陛下は「そうかしこまらなくても良い」と、優しげな声音で彼女に言った。

 これに関しては俺も同意見で、陛下に心のなかで感謝した。


「クロード、エレーヌ。今日初めて会ったが、お前たちのことを気に入った。公爵の娘であり、もともと面識もあるレティシアは言うに及ばず──今日は私とルイーズと、一緒に昼食を取らないか?」

「えっ……い、いいんですかっ……!?」

「ああ。この私が良いと言ったのだ。遠慮をする必要はない」


 エレーヌの遠慮に対し、国王陛下はまるで孫娘に接するかのような優しさをもって対応する。

 やはり陛下も人の子、庇護欲を掻き立てられるような可愛らしい女の子には、無意識に優しくしてしまうのかもしれない。

 エレーヌはやや困惑し、沈黙していたが──


「ありがとうございます」

「ぜひご一緒させてください!」


 俺とレティシアがそう答えると、エレーヌも「ふ、ふつつか者ですが……よろしくおねがいしますっ……!」と、勢いよく頭を下げた。

 国王陛下はその様子を、とても微笑ましく見ている様子だった。



◇ ◇ ◇



 そして昼食時……

 俺たちはダイニングルームで、テーブルを囲んでいる。

 俺・エレーヌ・レティシアといったローラン公爵陣営と、国王陛下・ルイーズ王女という王族だ。


 だがこの部屋にいるのは、俺たちだけではなく──


「な、なんでこんなに人がいっぱいいるの……?」


 エレーヌの指摘どおり、この部屋はたくさんの人でいっぱいだ。

 騎士・魔術師・貴族──数十人もの人々が、少し広めのダイニングルームに押し寄せている。

 彼らはテーブルにはつかず壁際におり、まるで俺たちを見物しているかのようだった。


 そんな大勢の人々に、エレーヌは気圧されているのだろう。


「この国ではほぼ毎日、王族の食事風景を公開している。豪華な食事をもって、臣下に対して権威と豊かさを示しているのだ」

「そ、そうなんですね……ご親切に教えてくださり、ありがとうございますっ……」


 国王陛下が優しげにそう言うと、エレーヌは少しだけ嬉しそうにしていた。

 まあ、人々に圧倒されているのは変わらないようではあるが……


 ちなみに他の王族たちは、陛下の要請によって席を外しているそうだ。


「──おい、レティシア! クロード! なぜ貴様たちが国王陛下と食卓を囲んでいるんだ!」

「──リシャール様、おやめになって! 流石にこの場では、はしたないですわよっ!」


 突如、俺たちに向かって叫ぶ男の声が聞こえてきた。

 そこにいたのは、レティシアとの婚約を解消し、そしてつい先日俺と決闘した《剣聖》リシャールである。

 リシャールの傍らには取り巻きの女マリーもおり、彼の行為に困惑している様子だった。

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