第80話 この街に魔王がいる
「クロード! 衛兵を連れてきたわよ!」
「ありがとうございます!」
ルイーズ王女が路地裏に、10人くらいの衛兵を連れて戻ってきた。
衛兵は数人がかりで、俺が倒した5人の男たちを拘束し連行する。
「おう、お前が犯人を取り押さえたようだな」
「本当にありがとうね」
俺のもとに二人の衛兵がやってきた。
一人はガタイがいい男、一人は細身の女だ。
「いえ、困っている人が助けるのは当然です」
「今から実況見分するから、名前・身分・天職を言ってくれ」
「名前はクロード。身分は王国騎士。天職は《回復術師》です」
俺は王国発行の身分証明書を提示する。
すると二人の衛兵は驚いたような表情をした。
「おいお前、冗談は大概にしとけよ? 《回復術師》が単独で、5人の男を倒せるわけがないだろうが」
「ちょっと、その言い方はないんじゃないの? ──ごめんなさいね、クロードさん。うちの同僚が失礼なことを言って」
「いえ、大丈夫です」
俺は女性衛兵に気を遣われたが、本当に気にしていない。
彼女は俺の身体に密着するように近づき、上目遣いで囁くように問う。
「で、本当のところはどうなの? 怒らないからお姉さんに話してごらんなさいな」
「今言ったことは本当のことです」
「あなた、そこはかとなくカッコいいから、正直に言ったら遊んであげてもいいわよ?」
「結構です」
「
これは尋問のときに用いられる、心理学的戦術だ。
まず、尋問対象者に対して高圧的な人間(悪い衛兵)と、同情的な人間(良い衛兵)を用意する。
「悪い衛兵」は対象者を侮辱・威圧し、対象者に反感を抱かせる。
一方の「良い衛兵」は、対象者へ支援や理解を示すように見せかけ、対象者への共感を演出するのだ。
その心理的テクニックを抜きにしても、俺は衛兵に対して真実を話している。
同時に、信じてもらえないのも想定済みだが……
女性衛兵は作戦が失敗したからなのか、困ったような笑顔を浮かべている。
そこにルイーズ王女が、王家の紋章を示しながら現れた。
シャルロットさんも一緒だ。
「クロードの言うことは本当よ。王国の王女ルイーズが保証するわ」
「わたし、クロードさんに助けてもらったんです。とてもかっこよかったですよ?」
ルイーズ王女とシャルロットさんの言葉に、衛兵たちは顔を真っ青にし始める。
ルイーズ王女は王国の次期女王であり、外国でもある程度の影響力はあるだろう。
一方のシャルロットさんは教皇直属の《聖女》であり、教国内での権力は計り知れない。
一般市民ならいざしらず、衛兵なら彼女の顔を知っているだろう。
「え……し、失礼しました!」
「クロード、疑ってすまねえ!」
「いえ、大丈夫です──いつものことですから」
慌てた様子で謝る二人に、俺は冷静に対応する。
その後俺たちは実況見分を続行させたが、衛兵たちは二度と俺の言葉を疑うことはなかった。
◇ ◇ ◇
十数分程度の実況見分が終わり、衛兵たちが引き上げた後。
俺・ルイーズ王女・シャルロットさんは馬車に乗り、教皇の住む宮殿に向かった。
そして今、俺たち三人は教皇と相対している。
教皇と会うのは、今日で二度目だな。
俺はシャルロットさんと出会った経緯を、全て説明する。
チンピラに絡まれていたこと、そのチンピラを俺がすべて倒したことなど……
「──報告は以上です、教皇」
「クロード殿、本当にありがとうございました。そして私共のシャルロットがご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」
「ごめんなさい、クロードさん。そしてありがとうございます……えへへ」
教皇は深々と頭を下げ、シャルロットさんはにこやかに礼を言う。
「いえ、俺は大丈夫です」
「ですが教皇聖下、父王との挨拶を無断欠席した件については、後できちんと言い聞かせておいてくださいね? 私たちは特に気にしませんが、他の国がどのような反応を示すかは分かりませんので」
「申し訳ありません、ルイーズ王女殿下。それはもちろん、しっかりと指導しておきますので」
ルイーズ王女は笑顔で、鈴を転がしたような声で教皇に発言する。
教皇はそれに対し、とても萎縮している様子だった。
シャルロットさんが部下だと、色々と大変そうだ。
恐らく有能で天才だとは思うが、扱いづらそうなのは確かだ。
教皇の胃に、穴があかなければいいのだが……
それとも、もうすでにあいているのか。
その教皇に、シャルロットさんが悲しそうな目をしながら言う。
「教皇さま、聞いてください。わたし、嫌な予感がしたんです。だから世界平和と教皇さまのお命を最優先に行動し、街を監視していたんです」
「そうですか。それで、『嫌な予感』とは?」
「この街に、魔王がいるということです。数日前から魔力反応があります」
魔王、それは魔族たちを統べる王である。
あるいは魔術に秀でた者を「魔術王」、あるいは「魔王」と呼ぶこともあるが、こちらはあまり一般的な用法ではない。
問題は、シャルロットさんがどちらの用法を用いているか、ということである。
教皇も同じことを思ったのか、真剣な表情で問う。
「魔族の王か、それとも魔術師の王のことか──どちらですか? シャルロット」
「どちらもです。魔族たちを支配している今の魔王は、人間の魔術師です」
伝承に出てくる魔王は、ドラゴン・精霊・怪物といった魔物ばかりだ。
人間の魔術師が魔族を従えるなど、前代未聞である。
「それでシャルロットさん、魔王が誰なのか知っているのですか?」
「いえ……この街にいるのは分かっているんですけど、それが誰なのかまでは……魔王の魔力反応もたまに一瞬だけ漏れ出る程度ですし、うまく街に溶け込んでいます」
俺の質問に対し、シャルロットさんは落ち込んでいる様子だ。
魔王がいることをなんとなく察知しているのに何も出来ず、歯がゆい思いをしているのだろう。
教皇は真剣な眼差しを、俺とルイーズ王女に向ける。
「ルイーズ王女殿下、クロード殿。申し訳ありませんが、今回の話は決して口外されぬようにお願い申し上げます」
「分かりました。俺も、確証もないのに噂を広めるような真似をするつもりはありません」
「街の人々が混乱するようなことがあっては、国家経営が成り立たないですものね。かしこまりました、私たちの胸の内に秘めておきます」
俺とルイーズ王女は、教皇とシャルロットさんに一礼して退室した。
◇ ◇ ◇
迎賓館に帰るべく、俺とルイーズ王女は馬車に乗る。
ルイーズ王女は「あの……」と、少し言いにくそうにしていた。
「どうしましたか? ルイーズ王女」
「その……あなたさっき、私のこと『ルイーズ』って呼び捨てにしたわよね……?」
そんな事あったかな……?
そう思って記憶をたどっていくと、確かに俺はルイーズ王女を呼び捨てにしていた。
あれは、シャルロットさんが男たちに絡まれていた時。
同行していたルイーズ王女の身分を秘匿するために、あえて呼び捨て・タメ口で話したのだ。
本来、王族に対してそのようなぞんざいな口調を使うことは、断じて許されない。
相手が悪ければ極刑は免れない。
馬車に乗っている俺は、座ったまま限界まで頭を下げる。
「申し訳ありませんでした! ただ、あれはルイーズ王女の身分がバレないように──」
「これからも呼び捨てで、タメ口で話してもいいわよっ……プライベートの時は、許可してあげる」
「え?」
ルイーズ王女は銀髪をくるくると指で回しながら、そう言った。
「一緒に街を歩く時にうっかり身分がバレたら面倒だし? あなたは将来的に私の婿になるんだし? ──レティシアやエレーヌとはタメ口で話しててヤキモチやいたとか、そういうんじゃないんだからねっ!?」
ルイーズ王女は顔を真っ赤にして、口元をわなわなさせていた。
確かに、ルイーズ王女の言うことは正しい。
国際武闘会が終わったあと、俺と彼女は結婚することになる。
いつまでも敬語を使って話していたら、いつまでも距離が縮まらない。
俺はルイーズ王女……いや、ルイーズに笑いかけて手を差し伸べる。
「分かったよ、ルイーズ。これからも、よろしく頼む」
「え、ええ……よろしくね」
「それと国際武闘会では絶対に、君を倒す」
「それはこちらも同じよ、クロード」
俺とルイーズは握手を交わす。
彼女の手は小さくて柔らかく、そして固い決意に満ちていた。
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