第41話 二人で一つ

「入っていい、かな……?」


 エレーヌはまごまごした口調で、俺の部屋に入っていいかを聞いてきた。


 俺は別に、自分の部屋に女の子が入ることなど気にしない。

 そもそもここは俺の部屋ではなく、公爵家の客間だ。


「いいよ。ちょうど暇してたから」

「ありがとう……えへへ」


 エレーヌは部屋に入り、ベッドに座る。

 一応客間には、応接用のソファやテーブルがあるのだが……


 ソファとベッドには少し距離がある。

 かといって床に座るわけにもいかない。


 だから俺はベッドまで行き、エレーヌの隣に座った。

 彼女からは甘い香りがして、なんだか心地が良い。


「もう荷解きは終わったのか?」

「うん。クロードくんも終わったみたいだね」

「ああ──それにしても、ここはいいところだな」

「そうだね。公爵さまとレティシアちゃんには感謝してる──でも……わたし、ここに居ていいのかな……」

「公爵たちが『居ていい』って言ってるんだから、追い出されるまではどーんと構えていればいい。気にするな」

「うん……でもわたし、本当はクロードくんのおまけなんじゃないかなって……そう思うと……」


 エレーヌは不安そうな表情をしていた。


 俺はエレーヌの暗い顔は見たくない。

 彼女には明るく元気に笑ってほしい。


 そのためにはどうすればいいのか。

 エレーヌの不安を取り除き、励ませばいいのだ。


「エレーヌ、君は断じて『おまけ』なんかじゃない。公爵家の馬車をオーガから助けたときも、ダンジョンのドラゴンを倒したときも、君がいなければ失敗していたはずだ。君のことを『おまけ』だなんて言う奴がいたら、考えを改めさせる」

「ほんと……?」

「ああ──それに子供の頃からずっと、君は俺の努力を見守ってくれていた。そのおかげで強くなれたんだ。加えて、ガブリエルにパーティを追放されたとき、君が俺を追ってくれなければ、ソロで戦った挙げ句死んでいたかもしれない──エレーヌ、君には感謝してもしきれないよ」


 俺が本心をエレーヌに伝えると、彼女は泣き出した。

 笑って欲しかったのに泣かせてしまって、俺は申し訳なく思う。


「すまない。言い方がマズかったかな……?」

「ううん、違うの……ぐすっ……うれしくて……」


 エレーヌはそう言うと、俺に抱きついてきた。

 俺は勢い余って、彼女に押し倒される格好となってしまう。


 エレーヌは俺の胸元で涙を拭うように、顔を密着させた。

 体温・柔らかい女の体、そして甘い香り。

 俺の心臓の鼓動は早くなりつつある。


「あたま……なでなでして……? 『よくやった』ってほめて……?」

「よしよし……よくやったな……いつも俺を助けてくれてありがとう……」

「うん……」

「仲間のために尽くせる君は、芯が強いよ……」

「わたし、強いかな……いつもウジウジしちゃって……」

「確かに普段の君は優柔不断だな……でも、俺が追放されたときに追いかけてきてくれたけど、芯が弱かったら絶対にそんなことはできない……傍にいてくれてありがとう」

「ぐすっ……えへへ……これからもずっと一緒だよ……」


 俺はただひたすら、エレーヌを撫で続ける。

 肩にかかるくらいのワインレッドの髪も、とても触り心地がいい。


 エレーヌも撫でられて気持ちいいのか、可愛い声を上げていた。


「クロード、入りますよ──って……あら〜」


 突如、レティシアが部屋に入ってきた。

 ノックの音を聞き逃していたのだろうか。


 レティシアは俺とエレーヌを見るやいなや、とてもにこやかな表情をし始めた。

 一方のエレーヌは、レティシアの存在に気づいていないようだ。


「エレーヌ、レティシアが来たぞ。一回起きようか?」

「やだ……離れたくない……このままがいい……ぐすっ」


 エレーヌが珍しく、俺に駄々をこねてきた。

 いつもはだいたい、俺の言うことには素直に従ってくれるのだが……


 レティシアは申し訳無さそうな表情をしながら、俺に問う。


「もしかして私……お邪魔だったかしら?」

「そんなことはない。今はちょっと起き上がれないけど、上がっていって欲しい」

「ふふ……良かったです。拒絶されなくて」


 レティシアは心底ホッとしたような表情をしていた。

 そして部屋に入り、俺とエレーヌが抱き合っている横に座ってきた。

 レティシアから漂う香りは、とても甘くていい香りだった。


 エレーヌは流石にマズいと思ったのか、俺を解放して座り直す。

 俺も服を整えながら起き上がり、ベッドに腰をかける。


「そのお顔……エレーヌ、泣いていたのですか!?」

「う、うん……レティシアちゃん……わたし、ここに居ていいのかな……?」

「いいに決まってます! だって、あなたがいなければ私たちはどうなっていたか……」


 レティシアはエレーヌを勢いよく抱きしめる。

 エレーヌもおずおずと、レティシアに腕を回して抱き返した。


 その様を見て、男の俺など場違いだと思ってしまうほどだった。


「何も心配しなくていいですからね……エレーヌは私の恩人で、大切な友達です……よしよし……」

「えへへ……安心する……お姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかな……」


 先程まで不安げだったエレーヌから、ようやく「安心」という単語が出てきて、俺は安堵している。

 やはり主人であるレティシアの言葉が、エレーヌには必要だったのだ。


 そうしてしばらく抱き合った後、二人は名残惜しそうにしつつも離れた。

 エレーヌもレティシアも、かなり落ち着いてきたようだ。


「それでレティシア、俺になにか用があるのか?」

「はい、3週間後に行われる王国武闘会についてですが……参加受付はもうすでに始まっています。明日の朝、冒険者ギルドに行きませんか?」


 レティシアに言われて、俺は大会参加方法についてようやく気づいた。

 ぶっちゃけた話、今までどうやって参加するのか検討もしていなかったのだ。


「レティシアは参加するのか?」

「いえ、私はクロードとエレーヌのご活躍を見守っています」

「あ、あの……レティシアちゃん。わたし、1週間前に言われてからよく考えたんだけど、やっぱりわたしは武闘会に向いてないと思う……ごめんなさいっ……」

「謝らないでください! 別に参加を強要しているわけではありませんから!」

「うん……ありがとう」


 そういえば1週間前の時点ですでに、エレーヌは乗り気ではなかった。

 決勝戦で俺と相まみえることを、彼女は嫌がったのだ。


 まあ無理もない……運良く勝ち進んだ結果、俺と戦うことになるのが嫌なのだろう。

 武闘会中は魔術によって損傷が肩代わされるので、怪我はしないとのことだ。

 だがたとえ無傷で済むとしても、エレーヌを斬るのは嫌だ。


 俺は今更ながら、そんなことを思ってしまった。

 1週間前までは、エレーヌと覇を競い合いたいと思っていたのだが……


 まあいい、暗くなっていたらダメだ。

 俺は頬を勢いよく叩き、気持ちを切り替える。


「レティシア、エレーヌ。俺は二人の分まで戦って、優勝してくる」

「はい……あなたに勝利を!」

「うん、がんばってねっ!」

「ということで、明日冒険者ギルドに行こう!」

「はいっ!」


 こうして俺たちは王国武闘会への決意と、そして方針を固めた。

 明日は王都の冒険者ギルドだ。

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