第95話 事故の状況と敵の狙い

 教皇聖下専用室に到着した俺は、ひときわ豪華なドアをノックする。

 「どうぞ」という女性の声が聞こえたのを確認し、ドアを開けて中に入る。


「失礼します」

「クロードさん、お待ちしていました」


 俺を出迎えてくれたのは、《聖女》シャルロットさんだった。

 部屋には応接セットが用意されており、教皇と国王陛下が鎮座している。


「先程は本当に、申し訳ありませんでした。そしてわたしを助けていただいて、本当にありがとうございました……あの、お怪我は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。シャルロットさんのおかげで、傷は完治しています」


 神妙な面持ちだったシャルロットさんは、少しだけ笑顔を取り戻してくれた。

 やはり聖女様はそうでなくてはと、つい思ってしまう。


 一方、陛下は心配そうな表情で俺に問う。


「クロード、本当に傷は大丈夫なのか? 心配しておったぞ」

「心配をおかけして申し訳ありません。ですが、シャルロットさんのおかげで無事です」

「しかし、よく闘技場の異変に気がついたな。恥ずかしながら私は、試合続行不可能の判定が出るまで気づけなかった」

「いえ、選手である俺だからこそ気づけたことですから、陛下が卑下なさることはありません」

「そうか……だがこれだけは言わせて欲しい──シャルロット殿を怪我させないように上手く立ち回ってくれて、本当に感謝している」


 少し誇らしげな国王陛下に、俺は「ありがとうございます」と頭を下げる。


 その後、教皇に着席を促され、シャルロットさんと隣り合わせに座った。

 着席を確認した教皇は、重苦しい表情で口を開く。


「クロード殿、こうしてあなたに来ていただいた理由は他でもありません。決勝戦での事故の件についてです──この闘技場には自動回復魔術がセットされている、というのはご存知ですよね?」

「はい、アーティファクトを利用したものと聞いています」

「そのアーティファクトが厳重に管理されている区画に何者かが侵入し、アーティファクトの機能を停止させられました。これが、『傷が癒えない』という事故の発生原因です──誠に申し訳ございませんでした」


 この闘技場は教国の所有物であり、教国は教皇が支配する国だ。

 その教皇が不手際を謝罪するために、代表者として俺に頭を下げている。


 ならば俺はどうするべきか。


 ルイーズによれば、国王陛下は今回の事故について教皇に抗議しに行ったという。

 だが今の雰囲気はそこまで切迫しておらず、もうすでに話し合いは済んだと思われる。

 事は穏便に済ませるべきだ。


 まあ、俺はシャルロットさんに謝罪と治療をしてもらえたので、もとより事を荒立てるつもりはない。


「いえ、俺はもう大丈夫です。ですが次からは、このような事故が起こらないように気をつけていただければ……」

「こちらの不手際にも関わらず寛大な処置を賜り、心から感謝いたします」

「ですが教皇、アーティファクトの機能はどうやって停止させられたのでしょうか? あれは物理的手段・魔術問わず破壊が困難な上に、古代魔術によって制御されていると聞いていますが」


 古代魔術は、現代では失われている魔術だ。

 アーティファクトには古代魔術が使われており、仕組みが分からないブラックボックスだとされている。


 教皇は俺の質問に答える。


「少なくとも、アーティファクト自体に損傷は見られませんでした。その代わり、魔術が行使された形跡がありました。恐らく、アーティファクトの機能を無効化する力を持つ古代魔術によって、自動回復魔術が解除されてしまったのでしょう。それしかありえません」


 ということは、実行犯は古代魔術に長けた魔術師だと思われる。

 だが古代魔術はとうの昔に失われている。

 もし仮に継承者がいたとしても、その数は少ないだろう。


 どちらにせよ、古代魔術の使い手は表舞台には決して現れないことから、敵の正体を特定するには至らない。

 俺は敵を絞るため、質問を重ねる。


「アーティファクトはどこに設置されていたのでしょうか?」

「機密事項のため、申し訳ありませんがお答えしかねます」


 そう……アーティファクトが管理されている場所は、一般人は知らない。

 恐らく、今回のような事故を回避するために、区画の存在を秘匿していたのだろう。

 ちなみに、アーティファクトの存在自体を秘匿してしまうと、「選手たちが怪我をしないメカニズム」が完全にブラックボックスになってしまうため、闘技場の経営が難しくなってしまう。


 どういうわけか、犯人はその秘匿されたエリアを知っていた、ということになる。

 教国内部の高官か、あるいは優秀な間諜を抱えている敵国の企てなのだろうか。


「アーティファクトの区画周辺では、どの程度の警備体制が敷かれていたのですか?」

「これも機密事項のため、詳しくはお話できませんが……腕の立つ騎士や宮廷魔術師が数十人規模、とお答えしておきます」


 数十人もの精鋭たちをいなすとは、敵は数十人以上も存在するということだろうか。

 だがその割には、闘技場はあまりにも静か過ぎた。

 数十人もの人間が押し寄せれば何らかの騒ぎになってもおかしくはないのだが、事故発生前に騒動は発生していなかった。


 となると敵は少数で、それぞれが一騎当千の強者ということになるのだろうか。


「敵の正体がつかめませんね。なのでここは、犯人の動機を考えてみましょう」

「クロード殿のお考えを、お聞かせ願えませんか?」


 教皇・国王陛下・シャルロットさんの三人は、真剣な面持ちで俺を見つめる。


「動機は2つ考えられます。1つ目に、教国の威信の低下を狙ってのものだと思われます」


 国際武闘会は、教国の首都にある闘技場にて行われている。

 闘技場は教国や教皇が管理しているのだから、事故が起きれば教皇の責任問題となるはずだ。


 今回の決勝戦出場者は俺とシャルロットさん──いずれも優秀な魔術師で、傷を癒やすことは容易い。

 しかし万が一、魔術を扱えない者同士が相争う事になっていれば、どちらかは確実に死んでいた。


 もし殺されたのが王族や皇族であれば、全面戦争は避けられない。

 王族でなかったとしても、加害者サイドと主催サイドは間違いなく糾弾されることになる。


「そして2つ目は、俺かシャルロットさんの殺傷です。まあ、俺たちが決勝戦で当たるとは限らないので、犯人がそれを狙っていた可能性は低いですが……」


 もし俺が自動回復魔術の機能不全に気づいていなかったら、シャルロットさんは深手を負っていたはずだ。

 その時は回復魔術で癒すつもりなので彼女の死は免れるだろうが、俺は「《聖女》シャルロット殺害未遂」の疑いをかけられてしまい、社会的地位が危うくなる。


 立場を逆転させても同じことだ。

 俺を殺そうとした(ように見せかけられた)シャルロットさんは、間違いなく国王陛下によって処されることだろう。


 俺は王女ルイーズや公爵令嬢レティシアとの婚約が内々定している身であるし、シャルロットさんは教皇付きの《聖女》──つまり権力者だ。

 万が一、俺かシャルロットさんのどちらかが死んでしまえば、加害者側の社会的地位は下落してしまうし、何より戦争になりかねない。


 まあ先程俺が言ったとおり、誰が決勝戦に進出するかはその時まで分からないので、俺とシャルロットさんを狙った犯行だとは考えにくいのだが……


「──俺の見解は以上です、教皇」

「その通りでしょうね。それに加え、クロード殿とシャルロットは一騎当千の強者であり、他国への脅威となりえます」

「特にクロードは強力な聖剣を用いて、ドラゴンを遠距離から討伐するほどですからな。それにシャルロット殿の魔術と槍術は、見事なものでした」

「ありがとうございます、国王陛下。でも流石にクロードさんには負けちゃいますけどね」


 教皇・国王陛下・シャルロットさんの反応を見るに、彼らも俺と同じことを考えていたのだろう。

 彼らも、平民出身の俺ごときの意見で左右されるほど、バカではないはずだ。


 ──まあ俺は、自分とシャルロットさんの実力が警戒されている、という考えには至らなかったのだが。

 謙遜しているつもりはなかったのだが、「灯台下暗し」というものだろう。


 敵の狙いが、俺とシャルロットさん個人に向けられたものである可能性は否定できない。

 「完全に否定しきれるものではない」と言ったほうが正しいかもしれないが。


 そう思った俺は挙手して立ち上がり、三人に向けて呼びかける。


「皆さん、俺に提案があります──俺をおとり捜査に使ってください。もし仮に敵が俺を狙っているのだとしたら、一番スムーズに事を運べる方法がそれです」

「なっ──!?」


 教皇と国王陛下は驚きの表情を見せる。

 一方のシャルロットさんは、冷静に俺を見つめていた。





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 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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幼馴染勇者パーティを追放された回復術師、実は世界最強 ~聖女を凌駕する魔術と、勇者を打ち負かす剣術で成り上がる~ 真弓 直矢 @Archer_Euonymus

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