第58話 準々決勝《勇者 vs 勇者》

 昼食後、俺は準々決勝・第1試合にて騎士と戦った。

 そして当たり前のように勝利した。


 正直に言えば、第1戦で戦ったジャンヌのほうがよほど強かったと思っている。

 あまりにもあっさりと勝利したからか、《回復術師》である俺をバカにする者は一人もいなかった。


 そして次は第2試合。

 ルイーズ王女とガブリエル──つまり《勇者》同士の対決だ。

 彼らのうちのどちらかが、準決勝にて俺と相まみえることとなるのだ。


 できることなら、ルイーズ王女とガブリエルの両方と戦いたい。

 ルイーズ王女とは弟子として、そしてガブリエルとは幼馴染──そして、かつて苦楽をともにした元仲間として。


『──これより、王国武闘会・決勝トーナメント準々決勝・第2試合が始まります。北コーナー……《勇者》ルイーズ王女殿下、入場してください!』


 アナウンスが闘技場内に鳴り響く。

 重厚な扉が開け放たれ、ルイーズ王女は堂々と入場した。



◇ ◇ ◇



『──これより、王国武闘会・決勝トーナメント準々決勝・第2試合が始まります。北コーナー……《勇者》ルイーズ王女殿下、入場してください!』


 王女ルイーズは場内アナウンスを聞き、覚悟を決める。

 係員によって開け放たれた重厚な扉を潜り抜け、闘技スペースに入場した。


「うおおおおおおおおおおおっ!」

「ルイーズ王女! がんばってください!」

「応援しています!」


 客席からは歓声が響き渡る。


 みんなにカッコいいところを見せたいという虚栄心。

 みんなが見ているところで無様を晒したくないというプレッシャー。

 それらがルイーズに牙をむく。


 だが客席に座っているクロードたちを見て、ルイーズは少しばかり自信を取り戻した。

 そう、彼女はクロードたちと鍛錬を重ねてきた。


 そんな自分が、有象無象に負けるはずがない。

 自分にそう言い聞かせつつ、クロードたちに大きく手を振る。

 すると彼らも手を振り返してくれた。


『──続きまして……南コーナー……《勇者》ガブリエル選手、入場してください!』

「うおおおおおおおおっ!」

「え、ってことは《勇者》同士の対決!? それってヤバくね!?」

「これはちょっと面白くなってきたかも……!」

「がんばれー!」


 声援とともに現れた、《勇者》ガブリエル。

 開会式前に彼と一度会ったが、どうやらクロードの知り合いらしい。


 ルイーズとガブリエルは、フィールドの中心で握手を交わす。

 ガブリエルは少しだけ顔を赤くしていたが、表情を引き締めてこう言った。


「ルイーズ王女……俺はあなたを倒して、クロードをぶっ潰す。王女様だからって、手加減をするつもりは一切ありません」

「それは同感ね。私も手加減なんて望まない──でも、一つだけ同意できないことがある。それは、クロードを倒すのはこの私ということよ」


 どうやらこのガブリエルとクロードとの間には、一言では言い表せないような因縁があるようだ。

 だがそれでもルイーズは、勝ちを譲ってやる気はまったくない。


 ルイーズとガブリエルは所定の位置につく。

 間合いはおよそ30メートル。

 第1回戦を観た限りでは、ガブリエルは剣しか使っていなかったので、必然的に近距離での戦闘になることだろう。


 審判は右手を天高く掲げ、宣言する。


「これより、王国武闘会決勝トーナメント準々決勝・第2試合を始める。勝利条件は、対戦相手の降参または気絶。体術・魔術の使用は全面的に許可する──始め!」


 試合開始の合図。

 それと同時にルイーズは大地を踏みしめ、ガブリエルとの間合いを一気に詰める。

 アナウンスや観客の声援など、ルイーズには聞こえない。


「はあっ!」


 ルイーズは素早く、剣を水平に薙ぐ。

 その剣はガブリエルに受け止められる。


 だが見たところ、ガブリエルはそれほど剣術に秀でているわけではなさそうだ。

 このまま攻撃に徹すれば、必ず勝機は見える。


 袈裟斬り、突き、水平斬り──

 ルイーズの怒涛の攻撃に、ガブリエルはただ受けきることしかできない。


 そして、ついにガブリエルに明確な隙ができた。

 ルイーズは隙だらけの脳天に、剣をまっすぐ振り下ろす。


 が──


「がはっ──!?」


 ルイーズはガブリエルに、肘打ちをされてしまった。

 彼女は剣を振り下ろそうとしたが、そのせいでみぞおちに隙ができてしまったのだ。


 呆気にとられたルイーズは更に、ガブリエルに足を刈られて後ろに倒れてしまう。

 そして両手首を石畳に押し付けられるような形で、組み伏せられてしまった。


「あんた……随分なことしてくれるのねっ……! 街中でしてみなさい……間違いなく捕まるわよっ……!」

「すみません。でもこれも、どちらも傷つかずに俺が勝つため──クロードをぶっ潰すためです」

「はっ……! あなた、そこまでして準決勝に進んでクロードに勝ちたいのね……! その心意気だけは、褒めてあげるわっ……!」

「褒めてくれなくてもいいです──降参してください」


 ガブリエルの力はとても強く、腕の力だけでは振りほどけない。

 手首が固定されている以上、剣を振ることはできない。


 なるほど、一見ガブリエルの行為は変態的だし、実際変態だ。

 女性に対するリスペクトが足りない。

 これではまるで強姦魔だ。


 しかし戦いにおいて、これほど実戦的で凶悪な戦法はない。

 それだけは認めてやる。


 だが、降参してやる気は毛頭ない。

 ならばルイーズにできることは唯一つ──


「ぐはっ!」


 ルイーズは膝を使い、ガブリエルの股間を力いっぱい蹴り上げる。

 ガブリエルは不測の事態に対処しきれなかったのか、手首を押し付ける力をわずかに弱めた。


 ルイーズは押し倒された状態のまま、ガブリエルの腕を振りほどく。

 そして左拳を身体の外側に向けた後、渾身の力を振り絞ってガブリエルの頬を殴りつけた。


「ぐっ!」


 超至近距離においては、まっすぐ打ち込むストレートよりも曲線的な軌道を描くフックのほうが威力が高い。


 遠心力の乗った左フックを、もろに受けたガブリエル。

 彼はルイーズから見て右方向に、勢いよくぶっ飛ばされた。


 ルイーズはガブリエルを見据えながら跳ね起きる。

 そして間合いを詰めつつ剣をしっかり握り直し、力いっぱい叩き斬る。


「ぐあああああああっ!」


 起き上がろうとしたガブリエルに、ルイーズは袈裟斬りをする。

 そして切っ先を即座に切り返し、燕返しした。


 ガブリエルは大声で叫んだ後、両手を挙げて「降参だ!」と宣言した。


「《勇者》ガブリエルの降参を確認。よって準々決勝・第2試合の勝者は、《勇者》ルイーズ王女殿下とする!」

『──勝者、ルイーズ王女殿下!』

「うおおおおおおおおっ!」

「ルイーズ王女、万歳!」

「ガブリエル、グッジョブ!」

「あんたたち……」


 アナウンスとともに、歓声を上げる観客。

 それを尻目に、ルイーズとガブリエルは相対する。


 ガブリエルはルイーズの殺気に気圧されたのか、頭を深々と下げた。


「ルイーズ王女、さっきは本当にすみませんでした! でも……どうしてもクロードと戦いたくて……」

「ふ、ふんっ! 一応真剣勝負の場だったから良かったけど、街中では絶対に女の子を襲っちゃダメなんだからね!」

「は、はい! それはもう!」


 確かに怖かったし不快感でいっぱいだが、ルイーズはそれ以上は追求するつもりはない。

 ガブリエルがこうして謝ってくれたのだから、それでいい。


「でも、どうしてそこまでクロードにそこまでこだわるの? もしかしてあなたも、《勇者》でもないのに聖剣が使えることに嫉妬した口?」

「もっとたちが悪い、あいつは俺の聖剣を奪ったんです! ──まあ、俺が聖剣の適格者じゃなくなったのがそもそもの原因なんですが……」


 ガブリエルが言ったことの意味を、そしてクロードが聖剣を使える理由を、ルイーズは理解できなかった。

 だがガブリエルがとても辛そうな表情をしていたので、聖剣についてそれ以上追求するのはやめておくことにした。


「それにクロードは俺なんかよりも剣術ができるし、魔術も使えるし、女にモテまくるし……しかも命まで助けてもらったんです。だから余計にムカつくんです……!」


 ガブリエルは眉を吊り上げさせながら言う。

 だがその後、目に涙を浮かべながら、上を向いて呟いた。


「でも……準々決勝で負けたんじゃ、あいつには勝てねえ……もっと鍛錬しろってことだな……」

「そう、ね。だって私ですら、クロードには敵わないって思うもの──それでも私は、あなたの分まで戦う」


 ルイーズはガブリエルに手を差し伸べる。

 ガブリエルは「へ、変態扱いしないのか……?」と困惑した様子で聞くので、ルイーズは「それはそれ、これはこれ。戦いの後は握手するものでしょ?」と答えた。


 ガブリエルは溜息をついた後、ルイーズの手を握る。

 彼の手はとてもゴツゴツしていて、今後への覚悟が感じられた。


 ルイーズはガブリエルとの握手を終えた後、踵を返して歩み始める。

 そして決意とともに呟いた。


「──次はクロード、あなたを倒す」


 ライバルである《剣聖》リシャールを倒すために、指導を乞い願った相手である師匠クロード。

 《回復術師》でありながら、《勇者》のアイデンティティである聖剣を使える男クロード。


 ルイーズは彼を倒すために、誓いを胸に秘める。

 そして悠々と、闘技フィールドを後にした。

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