第93話 決勝戦《回復術師 vs 聖女》

 前方30メートル先に立つ、一人の《聖女》。

 彼女──シャルロットさんの背後から光の矢が現れ、次々と発射される。


 俺は光の矢を捉えながら、全力で間合いを詰める。

 魔術師に接近するのは難しいが、剣使いである俺は敵に近づかなければ勝機はない。


 額に向かってくる矢を、首をかしげてかわし。

 足元に向けて放たれた矢を、ジャンプでかわす。


 そうして十数本もの光線魔術をかわすうちに、シャルロットさんとの間合いはかなり詰められた。

 その距離およそ10メートル。

 まだまだ剣の有効範囲ではないが、ここまで近づく事ができれば勝ち目はある。


 だがシャルロットさんは冷静な表情で、空中に向けて光球を放つ。

 その光球は俺の頭上10メートル程度の地点に到達した。


 ──シャルロットさんが、こんな無駄な攻撃をするはずがない。


 危険を察知した俺は、ドーム状に魔術障壁を展開する。


「──くっ!」


 その直後、俺の頭上に放たれた光球は、無数に分裂して一気に降り注いだ。


 いや、最初から小さな光球を無数に生成し、1個の群体として射出したのだろう。

 そしてタイミングを見計らい、群体を分裂させたに違いない。

 シャルロットさんの、魔術制御の緻密さが見て取れる。


 俺が展開した魔術障壁は光の豪雨を凌ぐが、しかし音を立ててひび割れていく。

 小さな光球の一つ一つに、それなりの破壊力があるらしい。


「ぐ……おおおおおおおっ!」


 魔術障壁が木っ端微塵に砕け散った直後、俺は駆け出す。

 《回復術師》の魔術耐性をもってしてもかなり痛いが、それでもシャルロットさんのもとに突き進む。


「な、なんですって!? ──くっ!」


 シャルロットさんの頭上に、勢いよく剣を振り下ろす。

 彼女は油断していたのか、慌てた様子で俺の攻撃を防いだ。


 だが、これで俺の勝率はグンと上がった。


 袈裟斬り、水平斬り、切り上げ──

 俺は無数の剣技を披露し、シャルロットさんを翻弄していく。


 だが、その牙城はなかなか切り崩せない。

 《聖女》シャルロットさんの槍術は、間違いなく《聖騎士》クラスだ。


 その秘密が純粋に気になった俺は、剣を振るっている最中ではあるが質問してみた。


「俺は『世界最強の冒険者』になるために、剣技を磨き上げてきました。シャルロットさん、あなたはなんのために槍術を磨き上げたのですか!?」

「わたし、小さい頃に魔物に殺されそうになったんです。ですから、自分の命を守ろうと武術の修練に励みました!」


 シャルロットさんは小さい頃からマイペースな性格で、親の目を盗んで村の外を出歩いていたという。

 だがある日、不幸にも魔物に襲われ、蹂躙されそうになったらしい。


 シャルロットさんはこの時、猛省したのだ。

 ──武術を習っていなかったから、魔物に殺されそうになったのだ、と。


 もし俺が同じ状況に置かれたとすれば、「村の外に勝手に出てはダメだ」と反省したことだろう。

 だがシャルロットさんは、ある意味では神童だったのだ。


 ──いや、でもどうだろう……ちょっと自信がないな。

 もしかしたら俺も、シャルロットさんと同じように訓練に励んでいたかもしれない。


 まあ、そこはどうでもいいことだ。


「わたしは近所の冒険者たちから、色々と教わってきました。剣術・槍術・弓術、あと斧の扱いも少々──一番性に合っていたのが、十分な間合いが取れて扱いやすい槍だったのです!」


 それが本当だとすれば、シャルロットさんは本当の天才だ。


 俺は《剣聖》である父親から、剣術を教わってきた。

 父の教えは的確だったがその分厳しく、俺には他の武術を修練する発想など最初からなかった。


 だが、シャルロットさんは違う。

 どの程度まで修めたかは不明だが、彼女は手広く武術を学んでいった。


 その結果が、《聖騎士》に匹敵するほどの槍術というわけだ。

 その向上心は、俺も見習わなければならない。


「──ちっ!」


 上段からの振り下ろしをかわされ、背後に回り込まれる。

 振り向きざまに剣を水平に薙ぐが、バックステップでかわされてしまう。


 シャルロットさんは俺から間合いを取りつつ、レーザーを放つ。

 俺はそれを横にかわし、彼女の懐に入ろうとしたが──


「──ぐあっ!」


 しかし光線をかわした直後、背中に熱を感じた。

 もし魔術耐性が備わっていない天職の持ち主であれば、一瞬で蒸発してしまうくらいの威力だ。

 闘技場に設置された自動回復魔術によって傷は塞がるが、代償として若干の精神力が削がれてしまった。


 確かに攻撃はかわしたはず……

 そう思って素早く背後を確認してみると、そこには1枚の鏡があった。


 魔力の流れから察するに、その鏡は光属性魔術で作り出された擬似的なものだ。

 実体はなく、魔術のみで「光を反射する」という機能を果たしている。


 俺がレーザーを避けたその瞬間に鏡を生成し、同時に角度を調節するとは……

 シャルロットさんの試合は何度か見てきたが、この戦法は初見だ。


「──勝ったな」


 俺は思わず、口元がほころんでしまう。


 そう、敵の光属性魔術など、最初からどうとでもなってしまうのだ。

 どうして今まで思いつかなかったのか。


 俺は念の為に魔術障壁を展開しつつ、敵の攻撃に備える。

 シャルロットさんは一度に3本のレーザーを射出する。


 そのレーザーが放たれた直後、俺はあるものを無詠唱で生成する。


「──えっ!?」


 俺が目の前に生成したもの──それは、魔術で編まれた全身鏡だ。

 光属性白魔術は、《聖女》の下位互換とされている《回復術師》でも使える。


 シャルロットさんが放った3本のレーザーは、すべて彼女自身の方へ反射していく。

 シャルロットさんは慌てた様子で、転がるように左に避ける。

 だが一筋の光が、彼女の脇腹をかすめた。


「──ぐっ!」

「シャルロットさん、勝負はこれからです!」


 シャルロットさんが脇腹を押さえながら、体勢を立て直そうとしている。

 今が好機だと見た俺は、全力疾走して距離を詰めた。



◇ ◇ ◇



 闘技フィールドの根幹を支える《自動回復魔術のアーティファクト》──

 そんな重大な聖遺物が設置された部屋には、十数人もの死体が横たわっており、壁は鮮血でまみれていた。


 「彼女」もまた血だらけになりながらも、箱型のアーティファクトにすがりつく。

 そして、頑丈極まりない聖遺物の機能を停止させるべく、魔術の行使を始める。


「──ぐ……き、さまっ……!」


 魔術を行使している最中、背後からうめき声が聞こてきた。

 振り向くと《アサシン》の男──確か国際武闘会の出場選手・ヴォルフだったか──が、地面を這っていた。


 「彼女」とヴォルフはアーティファクトを巡り、激戦を繰り広げていた。

 だが最終的に勝利したのは「彼女」だった。


「まだ生きていたのね……可哀想……」


 「彼女」は魔術を中断させ、ヴォルフを紅蓮の炎で焼き払う。

 ヴォルフは蛆虫のように暴れた後、動きを止めた。


 その後「彼女」は《自動回復魔術のアーティファクト》に魔術を行使し、機能を完全にストップさせる。


 「彼女」の狙いは、《回復術師》クロードの排除。

 癒せないはずの呪いを癒す力と、そして《勇者》にしか扱えないはずの聖剣は、間違いなく脅威となる。


 だがアーティファクトの機能を止めさえすれば、クロードをいともたやすく排除できる。

 対戦相手である《聖女》シャルロットに心臓を穿たれれば死に絶え、逆にシャルロットを斬り殺せば社会的に抹殺される事となるのだ。


「──さあ、《回復術師》クロード……これであなたも終わりよ……ふふふ……」


 「彼女」は口元を歪ませ、ほくそ笑んだ。

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