第49話 容姿端麗の《勇者》

「ルイーズ王女。あなたは間違いなく、《勇者》の中でも最優の戦士です」

「そ、そう……?」


 ルイーズ王女は俺から少し目をそらし、綺麗な銀髪をくるくると指でいじりながら、俺の話を聞く。


 そう──ルイーズ王女は《勇者》の天職を持つ者の中で、最もバランスが取れている。

 幼馴染ガブリエルの場合、力は恐ろしく強いが、特に剣術が達人レベルというわけでもなかった。

 一方のルイーズ王女は女性としては力が強く、更に剣術は十分すぎるほどに秀でている。


 《剣聖》リシャールに憧れ、実力に嫉妬し、己を練磨しただけのことはある。


「──というわけです」

「勘違いしないでちょうだい。リシャールに嫉妬しているのは本当だけど、憧れているわけじゃないの」


 ルイーズ王女はきっぱりと否定する。

 そこに表情のゆらぎなどは一切感じられず、真実を語っているものと思われる。


 だが、急に顔を真っ赤にしながら、ワナワナと震えだした。


「──っていうかあんた! 女の子に向かって『力が強い』はないわよ!」

「そ、そうだよ! ちょっと失礼なんじゃないかなっ!?」

「クロードはデリカシーが無いですね……うふふ」


 ルイーズ王女が俺との距離を詰め、俺の顔を見上げ、人差し指をさしながら糾弾する。

 彼女の顔を上から見下ろす形となり、彼女が怒り顔なのにも関わらず、少しだけ可愛く見える。

 しかも、少し顔を動かしさえすればキスできるくらいには距離が近いので、甘い香りがとても強く感じられる。


 一方、普段は俺に対してはあまり怒らないエレーヌも、目つきを鋭くしており少しだけ怒っている様子だ。

 レティシアは逆に俺に向けて満面の笑みを浮かべていたが、笑顔が少しだけ怖かった。


 ルイーズ王女は少し落ち着いたのか、俺から少し離れてうつむき加減になる。


「私……そんなに女としての魅力がないかしら……」

「そんなことはありません。あなたはとても可愛いくて綺麗です。さっき『力が強い』とは言いましたが、見た目では全然分かりません。スタイル抜群でとても女性的です」


 俺の褒め言葉により、ルイーズ王女は林檎のように赤い頬をしながら身悶えし始めた。


 一方でエレーヌは「ああっ、また女の子を落とそうとしてる……王女さまなんだから絶対に結婚できないんだよっ!?」と、とても失礼なことを俺に言い放つ。

 そしてレティシアは「傷つけてしまった後のフォローは確かに大事ですけど……これはやりすぎです……」と呆れている様子だった。


 俺はただ、王女に対して無礼を働いてしまったから、失点を取り返そうとしただけだ。


「ま、まあ……そこまで私のことを可愛いって思ってるのなら……ゆ、許してあげてもいいわよっ?」


 ルイーズ王女が少し潤んだ目でそう言ってきたので、俺は「ありがとうございます」とだけ返事しておいた。

 彼女は「ふ、ふんっ!」とそっぽを向き、レティシアに小声で話しかける。


『──ねえレティシア、あなたはアレに口説き落とされた口?』

『──さあ、どうでしょうね……うふふ』

『──はあ……リシャールの件は本当に可哀想だったとは思うけど、騎士に惚れるなんてあんた相当ヤバいわよ?』

『──いいのです。いずれは私と同じかそれ以上に成り上がるのですから。それに、リシャールの言う”真実の愛”というのも痛いほど理解できました』


 ルイーズ王女とレティシアが何を語り合っているのか、それは俺には分からない。

 だが二人の視線は俺に向いていたので、恐らく俺絡みなのだろう。

 二人の顔が真っ赤だというのが、少しだけ引っかかるが……


 俺は深呼吸し、気を取り直して呼びかける。


「ルイーズ王女、レティシア。少し脱線しましたが、稽古です──まずは俺の攻撃をすべて防御することから始めましょう」

「え? 私たちは攻撃しなくていいの?」

「まずは防御に徹して相手の油断を誘い、あるいは疲弊させる。そこから攻撃に転じればいいのです。こうすればリシャールを倒すことも、不可能ではありません」

「なるほど……確かにそれは、私たち《聖騎士》の戦い方と適合しています。『肉を切らせて骨を断つ』というのが本来の役目ですから」


 そう、レティシアの言うとおりだ。

 敵を誘い出すということはすなわち、小さなリスクを取って大きなリターンを得ることと同義だ。

 流石は《聖騎士》、そのあたりはよく分かっているようだ。


 ルイーズ王女もまた、俺の説明を聞いて納得した様子だ。


「さっきはルイーズ王女と手合わせしたから……レティシア、君から稽古をつけよう」

「ありがとうございます」

「レティシアはなるべく、俺から間合いを取るようにしてくれ」

「はい!」


 俺はレティシアから少し離れた位置に立ち、木剣を正眼に構える。

 そして、木製の槍を構えたレティシアとの間合いを詰めるべく、一気に駆け抜ける。


 それと同時にレティシアは、ショートランスを大きく振り回し始めた。

 そのため、剣の有効範囲内まで接近することは難しい。


 だが俺は、左右に動く槍の穂先をじっくりと観察する。

 そして一瞬に生じた隙を見つけ、一気にレティシアの懐に入り込む。

 大地を踏みしめ、木剣を水平に薙ぐ。


「くっ!」


 レティシアは槍の柄を使い、俺の剣を防ぐ。


 袈裟斬り、斬り上げ、振り下ろし──

 俺は幾度となく攻撃を繰り返すが、レティシアは一定の間合いを保ちながらすべて受け止め続ける。


 やるほど、やはり《聖騎士》としての戦闘経験は伊達ではない。

 守りに徹していれば、レティシアは間違いなくリシャールに勝てる。


 だが──



◇ ◇ ◇



「ま、参りました……」


 十分程度打ち合った後。

 俺の木剣の切っ先は、レティシアの首筋ギリギリで寸止めされている。


 レティシアの額には汗が滴り落ち、彼女の疲れが見て取れる。


「はあ……はあ……やはりクロードは強いですね。《剣聖》であるお父上から剣術を教わっただけのことはありますね……いえ、あれはもう《剣聖》以上です……」

「ありがとう。でもレティシア、《剣聖》直伝の剣術をあれだけ長く受け流すなんて、なかなかできることじゃない。よくがんばった」

「ありがとう、ございます……」


 レティシアは運動して血色が良くなったのか、顔が真っ赤に火照っていた。


「それにしても……何度も攻撃を防いでいると、次に相手がどう動くかが分かってくるものなのですね。剣や腕だけでなく、脚や身体全体から──結局は防ぎきれませんでしたが」

「なるほど、その域にまで達したか。となれば、試合中にリシャールの癖を見抜いて反撃する、なんていうことも可能だろう」

「はい……絶対にあの男には勝ってみせます!」


 レティシアは、エレーヌやルイーズ王女がいる場所まで戻っていく。


「レティシアちゃん、カッコよかったよ! はい、お水どうぞ!」

「わあっ、ありがとうございます!」

「えへへ……」


 エレーヌは人を元気にさせるような笑顔で、コップを差し出す。

 レティシアはとても嬉しそうに、それを飲んで一息ついていた。


「よし……次はルイーズ王女です」

「よろしくお願いするわ」


 俺とルイーズ王女は、木剣を構えて相対した。



◇ ◇ ◇



「はあ……はあ……」


 それからしばらく、打ち込み稽古は続いた。

 俺はただひたすら剣を振るい、ルイーズ王女はそれを受け続けた。

 先程の手合わせの疲労も残っていたのか、彼女はかなり体力を消耗したようだ。


 ルイーズ王女は息を整えた後、自信なさげに俺に問う。


「私、レティシアと比べてどうだったかしら……?」

「防御が得意な《聖騎士》であるレティシアと比べれば、甘いところはあります。でも、攻撃寄りの《勇者》としてはかなり筋が良かったです。『敵の攻撃を受け流す剣術』というのがよく分かっていらっしゃいます」

「そ、そう……? ──ふ、ふんっ! 褒めても何も出ないんだからねっ!」


 ルイーズ王女はとても嬉しそうに、そう言った。

 言動があべこべなのは少し気になるが、それはまあいいだろう。


「ルイーズ王女っ……あのっ、お水はいかがですか……?」


 水の入ったコップとタオルを持ったエレーヌが、ルイーズ王女に声をかける。

 エレーヌは王族相手に、かなり萎縮している様子だ。


 一方のルイーズ王女は、柔らかな笑顔で水とタオルを受け取った。


「あら、ありがとうエレーヌ。あなたって気が利くのね」

「いえ! こちらこそ、ありがとうございますっ……!」


 汗を拭い水分補給をするルイーズ王女に対し、エレーヌは満面の笑みで頭を下げる。

 エレーヌは俺の大事な友達なので、できればルイーズ王女にはこれからも仲良くしてあげて欲しいところだ。



◇ ◇ ◇



 翌日、俺たちは再び王宮で訓練を重ねた。

 レティシアもルイーズ王女も、昨日よりも防御の精度が上がっており、打倒リシャールも夢ではなくなってきている。


 一通り鍛錬が終わり、俺たちは休憩していた。


「──急にルイーズ王女の剣術指南をクビになったから、一体どんな奴が俺の代わりを務めるのかと思ったら……ははっ、こりゃ確かに勝てねえわ」


 突如、粗暴な感じの男の声が聞こえてきた。

 その方を向くと、そこには豪奢な鎧をまとった屈強な男がいた。

 彼は俺たちにの方に歩いていき、俺の目の前で立ち止まって頭を下げる。


「20年ぶりくらいですね──《剣聖》アルフォンス様……いや、アルフォンス先輩。風貌と剣術は昔のままだったので、すぐに気づきました」


 男が言う「アルフォンス」とは、俺の父親の名前だ。

 ということは恐らく、目の前にいる男は父について知っているということだ。


 そして父を「先輩」と呼んだということは、父とは戦友だったということである。

 相当の実力を持っているに違いない。

 その屈強な肉体と、ルイーズ王女の剣術指南を行ってきたという実績からして、それは明らかだ。


 俺はその男に、少し興味を持った。

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