第48話 《勇者》の王女
俺とルイーズ王女は木剣を構え、相対している。
それを見守るのは審判役を務めるレティシアと、そして水筒・タオルなどを持った裏方のエレーヌだ。
レティシアは右手を天高く掲げ、宣言する。
「一本先取。身体を使った攻撃および魔術の使用は禁止です──始め!」
レティシアが腕を振り下ろす。
それと同時に、《勇者》であるルイーズ王女が走り出す。
「はあっ!」
俺の左鎖骨に向けて、ルイーズ王女の袈裟斬りが迫りくる。
助走時の勢いが乗っているため、受けきるのは困難。
俺は左にステップし、袈裟斬りをかわす。
それと同時に右腕を使い、ルイーズ王女の胴に向けて軽く木剣を振るう。
俺の攻撃を木剣で受けられないと見たのか、ルイーズ王女は側転で回避する。
綺麗に着地した後、左足を前に出して半身になり、木剣の切っ先を後ろにして構える。
──次の攻撃は、水平斬りか。
「やあっ!」
ルイーズ王女は接近しながら、木剣の切っ先をやや下に移動させる。
これは水平斬りではなく、斬り上げだ。
俺から見て左下。
ルイーズ王女はそこから右上に斬り上げる。
彼女の動きに注視していた俺は、袈裟斬りで対抗する。
「ちっ!」
俺は上からルイーズ王女の木剣を押さえ込み、鍔迫り合いの状態となっている。
だが彼女のほうが力が強く、そう長くはもたないことが判明した。
ルイーズ王女の天職は《勇者》、かなり力が強い部類に入る。
非力な《回復術師》である俺の腕は、限界に近づいている。
なので俺は大地を踏み鳴らし、バク転して後ろに下がる。
木剣を持ったまま手を付いて着地し、構え直す。
一方のルイーズ王女は、俺に押し付けられていた力が一気に抜けたことで、勢いよく木剣を斬り上げる格好となった。
「なっ──くっ!」
驚きの表情を上げているルイーズ王女。
俺は彼女に近づき、隙だらけの胴を怪我しない程度に軽く叩いた。
「勝者、クロード!」
レティシアの審判により、俺とルイーズ王女との激戦は幕を下ろした。
ルイーズ王女は木剣を収め、深呼吸をして俺に近づく。
「クロード、やっぱりあなたの実力は本物のようね。確かにこれなら、あのリシャールを倒したっていうのも信じられる」
「ありがとうございます」
「これから、よろしく頼むわね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
俺とルイーズ王女は握手をする。
彼女の手は小さいが握る力は強く、リシャールを倒すという覚悟に満ち溢れている気がした。
「──おはようございます、ルイーズ王女殿下。こんなところで剣術の訓練ですか? 女の子なのにカッコいいですね」
ふと、耳障りな男の声が、中庭に響き渡る。
振り返るとそこには、王弟たるルクレール公爵の息子・リシャールがいた。
ルイーズ王女とリシャールはいとこの関係だろうが、立場的にはルイーズ王女のほうが上のはずだ。
リシャールの慇懃無礼で嫌味な態度に苛立ったのか、ルイーズ王女は彼をにらみつける。
「リシャール……あんたには関係ないでしょ! ──いい? 私、次の王国武闘会ではあんたを倒してやるんだから!」
「はいはい。今までもこれからも、あなたは《剣聖》である僕に負け続けるのです。せいぜい頑張ってくださいね? 勇者様」
「──まったく……リシャール様、あなたにはクロードが見えていないのですか?」
ルイーズ王女に対して、不遜な態度を取っているリシャール。
そんな彼に、レティシアがジト目をしながら声をかけた。
リシャールは俺をちらっと見た後、顔を真っ青にし始めた。
恐らくルイーズ王女にばかり目を奪われていたから、俺の存在に気づかなかったのだろう。
彼女は16歳くらいで幼いながらも美人であるため、その可能性はある。
リシャールはおどおどしながら、レティシアに対して答える。
「ク、クロード……? 誰だったかな……? そんな《回復術師》、僕は知らないぞ……」
「はあ……まあいいです──リシャール様。ルイーズ王女殿下はこれから、クロードの教えを受けるのです。武闘会までには必ず、あなたに追いつくことでしょう」
「くっ……」
「あと、私も武闘会に参戦することにしました──絶対にあなたを打ち負かします。覚悟してくださいね?」
「くうううううっ! 貴様、たかが諸侯の娘の分際で! 僕は王家に連なるルクレール公爵の長男だ。そんな口の聞き方、無礼だぞ!」
レティシアに言い負かされて、顔が林檎のように真っ赤になっているリシャール。
そんな彼に、ルイーズ王女が人差し指をさしながら詰め寄った。
「いいえリシャール、あんたも同じだわ。いっつもいっつも、王女であるこの私に嫌味ばっかり言って!」
「ち、違います! あれは殿下にがんばってもらおうと──」
「だったらお生憎様、逆効果よ! それに、レティシアが無礼を働いたところで、あんたの味方をする人なんていない。だってあんた、バカな理由で婚約破棄したものね。ルクレール公爵も、息子であるあんたじゃなくて被害者のレティシアに味方するはずよ──王宮になんの用かは知らないけど、もう行きなさい!」
「くそっ!」
ルイーズ王女による怒涛の口撃により、リシャールは苛立ちを隠しきれていなかった。
彼は道に落ちていた小石を蹴り、この場から立ち去った。
面倒なことになる前に、リシャールが帰ってくれてよかったと俺は思う。
もし俺が彼を説得しようものなら、何をされるかわからない。
無礼討ちにされるか、あるいは衛兵に捕まるか。
そんな窮地を救ってくれたのは、紛れもなくルイーズ王女だった。
「ルイーズ王女、助けてくれてありがとうございます」
「えっ!? ──べ、別にあんたのためにやったわけじゃないんだけど……でもそこまで言うんなら仕方ないわね……ふふ」
ルイーズ王女は少しだけ顔を赤くしながらそっぽを向く。
なるほど、恐らく彼女は面と向かってお礼を言われるのが、苦手な人間かもしれない。
「よし──さっきの戦いで、ルイーズ王女の実力は大体分かりました」
リシャールがいなくなったところで、俺は本題に入る。
ルイーズ王女の性質を理解した俺は、自身の長所と今後の指導方針を彼女に伝えることにした。
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