第3話 勇者パーティの内部崩壊

「クロードくん、どこ行っちゃったんだろう……」


 昼前のギルドホール。

 《賢者》エレーヌは、幼馴染であるクロードの身を案じていた。


 エレーヌは今朝、パーティメンバーである《勇者》ガブリエルと《聖女》ジャンヌから、クロードの脱走を伝えられた。

 それはエレーヌにとって、にわかには信じ難いものであった。

 なぜならクロードの夢は「世界最強の冒険者」だったからである。


 クロードは《回復術師》として、常にバカにされてきた。

 その罵倒をバネにしてさらなる修練に励み、ついにはAランク冒険者となったことを、エレーヌは知っている。


 そんなクロードが、戦いから逃げ出すはずがない。

 何を隠そう、彼のおかげで臆病者だったエレーヌは、戦いに身を投じることができたのだから。


「ねえ、ガブリエルくん……ほんとにクロードくんは逃げちゃったの……? なにか事情があるんだよね……?」

「事情なんてない。ビビって逃げたんだよ。あいつは所詮 《回復術師》、一人で戦えないザコなんだ……そうに違いない……くそっ、なんで俺があんな奴に……!」


 ガブリエルは悔しそうに言う。

 だがエレーヌには、彼の言葉に少しだけ引っかかりを感じた。


 もしクロードが本当に「一人で戦えないザコ」なのであれば、なおさらパーティから出ていけるはずがない。

 地元に帰るにしても彼は羽振りが良いわけでもないので、この街で冒険者として金を稼ぐしかないのだ。


 ガブリエルの発言はむしろ、自分自身に何かを言い聞かせているようにすら思えた。


「ガブリエルさん、気に病む必要はありません。さっきの決闘は、あなたが油断しただけのこと。それに、木剣での戦闘でしたでしょう? もしあなたが聖剣の力を解放させれば、クロードさんなど敵ではありません」


 ──さっきの決闘?

 エレーヌはジャンヌの言葉に、またしても引っかかりを感じた。


 ガブリエルとジャンヌは、何か自分に隠し事をしているに違いない。

 そう直感した時、エレーヌはギルドの掲示板に貼られている一枚の紙切れに目を奪われた。


「うそ……」


 Aランク《回復術師》クロードの自己PR書を見て、エレーヌの頭の中に雷が落ちた。

 それはすなわち、クロードが新たな仲間を求めていること、そしてまだ戦うつもりでいることを示すものだった。


 ──やっぱり逃げたんじゃなかったんだ!

 エレーヌは嬉しく思うとともに、勇者パーティに対して疑念を持ち始めた。


「ガブリエルくん、ジャンヌさん。わたし、ちょっとギルドのお姉さんに用事があるから、外で待ってて!」

「え? ああ、いってらっしゃい」


 エレーヌは慌てて掲示板から自己PR書を剥ぎ取り、勇者パーティ担当の女性職員のもとへ向かった。



◇ ◇ ◇



「こんにちは、エレーヌさん」

「これ、どういうことですかっ!?」


 エレーヌは女性職員に、クロードの自己PR書を見せる。


「今朝、クロードさんがこちらにいらしたのです。新しいパーティを探すために──というより、どうしてあなたたちはクロードさんを追放したのですか?」

「つい、ほう……? え……ど、どういうことですか……?」

「クロードさんがおっしゃっていました。自分はジャンヌさんと入れ替わる形で、勇者パーティから追放されたって──っていうかエレーヌさん、あなた知らなかったんですか!?」


 信じられないと言わんばかりに、女性職員は驚いている様子である。

 その反応を見て、エレーヌは血の気が引いた。


「と、とりあえず……みんなに聞いてみます……」

「そうですね。そのほうがいいと思います」


 エレーヌは心臓がバクバクと脈打つのを感じながら、急ぎ足でギルドホールの外へ向かった。



◇ ◇ ◇



「ガブリエルくん、ジャンヌさん……さっきお姉さんから聞いたの。クロードくんが追放されたって……ど、どういう意味かな……?」

『──ちっ……あいつ、チクりやがったのか……最後の最後まで俺の邪魔を……』

「ん? なにか言ったかな……?」

「な、なんでもないぞ! ははは……」


 エレーヌの問に、ガブリエルは何故か苦笑いしていた。

 一方のジャンヌは顔を青ざめさせている。


「エレーヌ、二人だけで話をしよう。クロードから伝言を受け取っているんだが、他の人に知られたらマズい」

「あら、私はそんな伝言受け取ってないですよ?」

「いいから話を合わせろ、ジャンヌ。とりあえずお前はホテルに戻っておけ──エレーヌ、ついてくるんだ」

「う、うん……」


 エレーヌはガブリエルの言葉を信じ、彼についていくことにした。



◇ ◇ ◇



 しばらくギルドホールから歩き続け、繁華街に到着した。

 そしてその中でも一際目立つ建物の前で、ガブリエルは歩みを止めた。


 嫌な予感がしたエレーヌは、彼に問う。


「あ、あのっ……そのっ……ここって……ラ、ラブホテルなんじゃ……」

「ああ。昼は客が少ないから、秘密の話をするのにもってこいなんだ」


 ガブリエルはそう言いつつも、顔が緩みきっていた。

 エレーヌに向ける視線が、とても熱っぽくて気味が悪い。


 ガブリエルがエレーヌに対して、そういう態度を取るのはとても久しぶりだった。

 クロードがパーティにいたときは、別にそうでもなかったのだ。


 ──もう、帰ろうかな……

 エレーヌがそう思った時、突如としてガブリエルに手首を掴まれた。


「さあ、入ろ──」

「やめてッ!」


 エレーヌは力を込めて振り払う。

 たとえ「そういう目的」でなかったとしても、好きでもない人とラブホテルには入れない。


 ガブリエルは案の定、眉をひそめて怒りを顕にしていた。


「なんだよお前……俺は《勇者》、聖剣の担い手なんだぞ! そんな俺とヤれるなんて、光栄じゃないのか!?」

「やっぱりそういうことだったんだね……! もう信じられない……!」


 エレーヌは気づいてしまった。

 自分やジャンヌと結ばれるために、ガブリエルはライバルであるクロードを追放したのだと。


 ガブリエルは無類の女好きで、行く先々でナンパをしていた。

 もっとも、成功率はあまり高くなかったのだが。


 そんな彼にとって、クロードはブレーキ役だった。

 パーティメンバーであるエレーヌやジャンヌには手を出させないように、ずっと見守ってくれていたのだ。

 そんなクロードを、ガブリエルは邪魔だと思ったのだろう。


 身勝手な理由でクロードを追放したこと。

 「脱走した」と嘘をついたこと。

 そして、女を弄ぼうとしたこと。


 エレーヌはガブリエルに、かつてないほどの怒りを覚えていた。


「──わたし、パーティから抜けるね」

「そ、それは困る! 勇者パーティで戦えるのは、俺とお前だけなんだ!」

「ジャンヌさんがいるでしょ?」

「あいつはまだDランクなんだぞ! まともに戦えるはずがない!」

「じゃあギルドで募集すればいいよね? でも男の人は追放して、女の人は襲おうとする変態さんがいるパーティに、誰が入りたいんだろうね?」

「あ、謝る! あいつを追放したことも、お前を連れ込もうとしたことも謝るから! ごめん! このとおりだ!」


 ──そこ、否定しないんだ……

 ガブリエルの言動にエレーヌは心底呆れ、ギルドにきちんと情報提供することに決めた。

 「メンバーを不当解雇した上に、別の女性にセクハラをした悪徳冒険者」として。


「バイバイ……」

「あ、ああ……くそおおおおおおおおおおっ! 全部あいつのせいだ! あいつがいたから! あいつが……」


 エレーヌはガブリエルから背を向け、繁華街から立ち去る。

 後ろからはむせび泣く声が聞こえてきたが、同情するどころか怒りすら湧き上がってきた。


「クロードくん、待っててね……!」


 地元にいた頃から、クロードは敵意を向けられ蔑視されてきた。

 だがそれでも「世界最強」を目標にして、腐らずに冒険者稼業を続けてきた。

 エレーヌはそんな彼を見て勇気をもらい、「自分だけは味方で居続けよう」と思った。


 そして追放されたクロードは今、ギルドで新たなパーティメンバーを募集している。

 まだ戦う意志のある彼の力に、エレーヌはなってあげたいと思っていた。

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