第16話 決闘《回復術師 vs 槍兵》

「準備は整ったようだな《回復術師》……いや、薄汚い平民め」


 花や植物が綺麗に植えられている庭。

 その庭を縦断するように作られた道に、俺と騎士団副長の男は立っている。


 彼は訓練用と思われる木製の短槍を、地面に勢いよく突き立てた。

 さっきは彼に剣を突きつけられたのだが、どうやらレティシアさんの言う通り、彼の得物は槍だったようだ。


「私の天職は《槍兵》だ。《回復術師》では本来、まったく相手にはならないのだが……手加減はしてやる」


 《槍兵》はその名の通り、槍術に長けた天職だ。

 槍使いは貴族・騎士に多く、騎士団副長の男は騎士として凡庸なのだろう。


「全力で来てください。手を抜いた相手を斬るなんて、俺は嫌です」

「くっ……この私を愚弄するとは、いい度胸だな」


 相手を愚弄しているのは一体どっちなんだろう。

 まあこっちはいい加減こんな対応をされるのは慣れてきたし、悔しがるくらいなら勝って見返せばいいと思っているのだが。


 俺と副長の間に、レティシアさんが立つ。

 彼女は今回、審判役を務めてくれるとのことだ。


「レティシア様に誓え。もし貴様が負けたら、この街を出ていくと。二度と公爵家と関わりを持たないと、そう約束しろ」


 副長は俺に、したり顔で命じる。

 恐らく彼は、俺との勝負に勝った気でいるのだろう。


 レティシアさんと、彼女のすぐ横にいるエレーヌは、驚いたような表情を見せる。


「いい加減にしなさい! 本当にお父様に言いつけて、解雇してもらいますよ!」

「負けたらこの街から出ていきます。公爵家とも関わりません」

「──っ!? クロード、何を考えているのですか!? せっかく冒険者仲間ができたと思ってたのに!」

「俺、最強の冒険者になるのが夢なんです。そのためにはまずこの街のダンジョンを攻略して、王都に移住しようと思っていました。ただそれが早まるだけのこと」


 回復ビジネスで稼いだとはいえ、まだまだ転居するには金が足りない。

 しかし俺はレティシアさんたちを少しでも安心させるため、あえてそう言った。


 レティシアさんとエレーヌは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 俺はそんな彼女たちから目線を外し、副長に言う。


「始めましょう」

「威勢がいいのは褒めてやるが、負けても後悔するなよ──レティシア様、始めてください」

「分かりました。クロード、絶対に勝ちなさい。負けたら承知しませんから──始め!」


 レティシアさんの合図。

 俺と副長の男はそれを聞いたが、しかし彼は一歩も動かない。


 なるほど、副長はカウンター技を狙っているようだ。

 相手がどんな攻撃をするか分からない以上、自分から下手に攻撃したくない。

 恐らくはそういうことだな。


 いいだろう、乗ってやる。

 俺は地面を強く蹴り、副長の懐に入る。


「速い!?」


 驚いている副長に、俺は容赦なく木剣を振るう。

 目標は彼の頭頂だ。


 だが、俺の剣は槍の柄に防がれた。

 彼は熟練者、どうやら簡単には勝たせてくれないらしい。


 突如、彼の右足が動き始め、かかとが俺の方を向いた。

 まずい、フロントキックか!?


 俺はとっさの判断で右にかわしたあと、一旦距離を取る。


「正式な決闘では蹴り技は禁止ですよ! 試合は副長の反則負け──」

「レティシアさん、このまま続けます!」

「ですが!」

「副長はただ、実戦形式で戦っているだけですから!」


 俺はレティシアさんを無理やり説得したあと、副長の男を見据える。


「いくら貴様が私を追い詰めようとも、所詮は《回復術師》……それに剣と槍では、槍のほうが優位。貴様には万に一つも勝ち目はない──今度は手加減なしで行くぞ!」


 副長は槍を水平に払う。

 俺はバックステップでそれをかわす。


 くっ、間合いが遠い。

 リーチが長い槍のほうが、圧倒的に有利だ。

 後ろに避けてしまった俺は、反撃の機会を逃してしまった。


 副長は槍を左右に振り回しながら言う。


「どうした、早くこっちに来い! そんなところで突っ立っていたら、いつまで経っても勝てないぞ!」


 俺は副長に言われたとおり、彼に近づく。


「馬鹿め、この槍を防げるはずがない!」


 ブンブンと振り回されていた槍の柄が俺に接触する寸前。

 俺は木剣を槍の柄に当て、滑らせながら副長の懐に入り込む。


「な、なにっ!? ──ぐあっ!」


 俺は勢いよく、木剣を副長の胴に叩きつける。

 副長は腹を抱え、膝を折った。


 エレーヌは安堵の表情を見せている。

 一方のレティシアさんは「うそ……」と呟いていた。


「し、勝者……クロード……!」


 レティシアさんの判定により、決闘は終わりを迎えた。


 俺の攻撃によってつけられた打撲傷を治すべく、俺は副長に回復魔術を施す。

 治療費は当然無料だ。


 副長は「勝者の余裕か……?」と顔を歪ませながら言ってきたので、「違います」と無表情で返しておいた。

 その上で続ける。


「この勝敗で、レティシアさんが嘘をついていないことが分かったでしょう? それとも、エレーヌの実力も見てからじゃないと、分かりませんか?」

「魔術師との決闘はなるべく避けたい……分かった、認めようじゃないか……」


 魔術を使った決闘には、厳格なルールが課せられている。

 武術の試合では真剣の代わりに木剣を用いるが、魔術はそのように殺傷性を抑えることが難しいからだ。


「──随分と面白いものを見させてもらったよ。クロード君はやはり強いな」


 突如、男の声と拍手の音が聞こえてきたので、そちらを向く。

 すると、中年の男がこちらに向かって歩いていたのが見えた。


 彼は昨日の馬車に乗っていた客の一人であり、気品あふれる服装をしている。

 レティシアさんは彼を見るやいなや、駆け出した。


「お父様、聞いてください! 騎士団副長が──」


 レティシアさんが一部始終を、自分の父親──すなわち公爵に報告する。

 その間、副長の男は顔を真っ青にしていた。


「──というわけです。彼を今すぐ解雇すべきだと思います!」

「そうだな。確かに騎士道精神に反する行いだ。主人の発言を疑ったこと、そして平民を罵ったことは、到底許されることではない。我々貴族は領民あってこそ、それが公爵という大規模領主なら尚の事だ。大勢の平民が一斉に蜂起する──最悪の場合、そうなるだろう」


 公爵はレティシアさんの話を聞いて、強くうなずいていた。

 副長に近寄り、冷酷に言う。


「騎士団副長、君から騎士の称号を剥奪する。そして、この街からも出ていくんだ」

「なっ!? どうして私が街を出ないと──」

「クロード君に『負けたら街から出ていけ』と言ったそうではないか。ならば、負けた君が出ていくのは当然だろう?」

「くっ……お世話になりました!」


 副長の男は逆ギレしながら立ち去ろうとする。

 だが俺には、彼にしてもらいたいことがあった。


「レティシアさんとエレーヌに謝ってください」

「ちっ……勝ったからっていい気になるなよ……! ──レティシア様、そしてエレーヌ……だったか、疑ってしまい申し訳ありませんでした……くっ!」


 副長の男は頭を下げたあと、走ってこの場を立ち去った。

 公爵は安堵の溜息をついたあと、俺に向き合う。


「ありがとう、クロード君。まさか君に二度も助けられるとは思わなかった」

「二度……? 公爵とは昨日馬車で見かけただけですし、一言もお話してないと思うんですが……」

「昨日のオーガの件と、そして騎士団副長の件だ。彼はかつて優秀だったのだが、最近は増長してしまってね。未遂ではあったものの、私が不在の間にも良からぬことを企んでいたそうだ──彼を追放するきっかけに、君はなってくれたということだ」

「そ、そうですか……あはは」


 できればその辺の事情は聞きたくなかったな……

 だが公爵がそう言うのであれば、素直に感謝の気持を受け取っておこう。


「エレーヌさんも、昨日はありがとう。クロード君の活躍に、君は欠かせない存在だったはずだ」

「い……いえ、そんな……こちらこそ、冒険者ランクの昇格を推薦していただき、ありがとうございましたっ……!」

「とりあえず中に入ろう。お礼も話したいことも山程ある」

「はい、お邪魔します!」


 公爵の案内で、俺たちは屋敷へ入った。

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