第4話 回復術師にしかできないこと

 俺は昼から夕方にかけて、林で魔物討伐をしていた。

 そしてついさっきギルドで素材を換金したのだが、やはり追放前よりも収入がかなり低くなってしまっている。


 せめて仲間が1人でもいれば、なんとかなるんだけどなあ……

 魔物討伐をしていたときは「ソロでもやっていける」と言い聞かせていたが、それはただの強がりでしかない。


 俺は焦りつつ、ギルドホールを出た。



◇ ◇ ◇



「さて、どうしようか……」


 夕方。

 俺はギルドホールの外でたそがれながら、仲間を集めるための方法を考える。

 まず仲間に入れてもらうには、自分の強みを把握してそれをアピールする必要がある。


 《回復術師》が得意なことは、「他人を回復させること」と「白魔術でサポートすること」だ。

 その一方で、身体能力が他の戦闘職と比べて数段劣る。

 黒魔術も使えないため、「一人では戦えない」という評価がなされることが一般的だ。


 だが俺だけは、その点については例外だと思う。

 なぜなら《勇者》相手に一本取れるくらいの剣技を持っているからだ。

 それに今まで、筋トレや剣術などの鍛錬を積んできた。


 とはいえ、今の俺がそのことをアピールしても、信じてもらえない可能性のほうが高い。

 実力を侮られるのがオチだ。


「やっぱり、回復魔術でアピールするのが一番だな」


 俺はそう結論づけたが、しかしアピールする場がないのが問題だ。

 回復魔術を使うには怪我人──つまり対象者が必要だ。


 しかし今の俺にはその対象者を用意することはできない。

 なぜならパーティに所属しておらず、仲間がいないからだ。


 ギルド職員によると、男の《回復術師》は募集されていないとのことだ。

 俺が独自にパーティを探すことも可能だが、ギルド経由よりも難易度はさらに高い。

 事実、今朝はパーティ申請にことごとく失敗してきた。


 仲間に入れてもらうには、自分の強みをアピールしなければならない。


 ──完全にループしてるな、これ。

 俺は思わず笑ってしまった。


「しばらくソロでやるか……」

「──パンはいかがですかー? 焼きたてで美味しいですよー」


 突如として、女の声が聞こえてきた。

 彼女はこの街のパン屋で、リヤカーを用いて移動販売を行っているのだ。


 大量のパンを積んだリヤカーが、ギルドホールの前に停まる。

 パンのいい匂いに釣られたのか、多くの冒険者達が詰め寄った。

 彼らは外で戦闘や採取に明け暮れていたこともあり、腹が減っているのだろう。


 それにしても、冒険者相手にパンの移動販売とはよく考えたものだ。


 いや、ちょっと待て……

 もしかしたらいけるかも……


「これだ……!」


 仕事で疲れ切った冒険者を、回復魔術で癒やせばいいのだ。

 これは《回復術師》である俺にしかできない仕事だ。


 傷薬を使うまでもない軽傷。

 寝れば治るけど、それまでが大変な疲労感。

 それを俺が癒すのだ。


 この「回復ビジネス」にはメリットがいくつかある。


 1つ目は、新たな仲間ができるかもしれないということ。

 俺の回復魔術を堪能してもらった上で頼めば、パーティに入れてもらえる可能性はある。


 2つ目は、冒険者稼業以外の副業収入が得られるということ。

 世界最強を目指す俺は、レベルの高い王都に行きたい。

 だがそれには何かと金がかかるので、収入源は一つでも多いほうがいい。


 まさに一石二鳥だ。

 俺はパン屋の女店員に心のなかで感謝しつつ、回復ビジネスを行うべく立ち上がった。


「疲れた心と身体に、回復魔術はいかがですかー? 惣菜パン1個分のお値段で、身体中の小傷・疲労感が取れますよー」


 俺はだみ声で叫ぶ。

 パン屋に負けないくらい、呼び込みをかける。


 すると冒険者達が俺に気づき、「お、なんだなんだ?」とちらっと見てきた。

 特に女性冒険者は「男の《回復術師》って新鮮ね」と、かなり俺のことを意識し始めている様子だ。


 一方、パン屋の女店員が困った顔で俺に近づいてきた。

 恐らく、営業妨害だと訴えるつもりなのだろう。


「あの、すみません。客引きはよそでやってもらえませんか……?」

「いえ、ご心配なく。パンは生活必需品で、俺の施術は贅沢品みたいなものですから。俺に客を取られることはないと思いますよ? それにあなたのパンは、いつもおいしくいただいてます」

「そ、そうですか……わかりました。すみません、つまらないことを言ってしまって」

「いいえ、大丈夫です。今後とも仲良くしましょう」


 俺はなんとかパン屋を言いくるめ、呼び込みを再開させる。

 すると、三人組の女性冒険者が俺の前にやってきた。


「私を回復してちょうだい。これで足りる?」


 俺は三人のうちの一人の女性から、惣菜パン1個分のコインを受け取る。

 他の二人は恐らく、彼女の回復を様子見するつもりなのだろう。


 だが、それでいい。

 俺の目的は冒険者全員を癒すことではなく、パーティに入れてもらうことなのだから。


「はい、ありがとうございます。ちょうどいただきます──《光よ、彼の者に癒しを!》」


 俺は魔術の効率を高めるべくきちんと詠唱し、その上で魔力を操作して効果を調整する。

 ただでさえ施術価格を低めに設定しているのだから、経費は抑えなくてはならない。


 身体接触すればもっと効率は上がるのだが、流石にセクハラ扱いされるのでやめておいた。


 冒険者の女性の身体が明るく光る。

 回復魔術が成功した証拠だ。


「普段は傷薬で済ませてたけど、回復魔術ってすごいわね。身体が軽くなった気がする」

「ち、ちょっと待って! なんかあんた、肌がキレイになってない!?」

「信じられません……まさか回復魔術にそんな効果があったなんて……」

「え? ほんと? 自分じゃよくわからないけど……」


 突如、顧客の女性の仲間二人が驚きの声を上げ、顧客をまじまじと見つめ始める。

 いきなり肌を褒められた顧客は、少し困惑気味だった。


 それに、俺自身も驚いている。

 回復魔術のおかげで肌が綺麗になるなどという話は、聞いたことがない。

 新しい傷は癒せるが、古傷や傷跡は元通りにできないはずだ。


 今まで戦場でしか回復魔術を使っていなかったので気づかなかったが、俺の回復魔術はどうやら特別らしい。

 よく考えれば、切断部位すらも癒せるくらいの魔力を持っているのだ。

 そんな俺が肌荒れを治すことなど、造作もないことかもしれない。


 二人の女性冒険者は財布からコインを取り出し、すごい剣幕で俺に頼み込んできた。


「あたしにもかけて!」

「私にもお願いします!」

「あ、ありがとうございます! 《光よ、彼の者に癒しを!》」


 俺は嬉しい悲鳴にも似た詠唱をし、二人を回復魔術で癒した。

 最初に施術を受けてくれた女性は二人を見て、「肌荒れ……治ってるじゃない……!」と驚いていた。


 三人の顧客から「ありがとう」と感謝された俺は、本題に入ることにした。


「こちらこそありがとうございます──ところで、俺をパーティに入れてください。お願いします!」

「あ……ごめんなさいね。私達、女だけでやっていくつもりなの」

「それに、女だけのパーティに男の子が入るのはやめといたほうがいいよー。あたし達は結構仲良しだけど、パーティによっては派閥争いとかあるらしいし」

「本当に申し訳ありません──ただ、明日も施術を受けるかもしれませんので、それで許していただきたく……」


 三人の女性冒険者はとても申し訳無さそうにしていた。

 俺も正直「今回はいけるかも」と思っていたが、当てが外れたのでショックだ。


「いえ、大丈夫です。こちらこそ無理に頼んですみません──またのご利用、お待ちしています」


 俺は女性冒険者達を笑顔で見送る。

 彼女たちもまた「明日も来るわね」と、手を振りながら帰っていった。


 今回はパーティ入りを断られたが……いける。

 これで少しずつ信頼と実績を積み重ねれば、いつかは必ず仲間ができる。


 俺は手応えを感じていた。



◇ ◇ ◇



「ふう……疲れた……」


 いつの間にか、あたりは真っ暗になっていた。


 俺はギルドホール前で1時間くらい回復ビジネスを続け、かなりの額を稼いだ。

 パブで暴飲暴食しても、なお余るくらいの額だ。


 最初に施術を受けてくれた女性冒険者たちの口コミもあってか、客足が途絶えることはなかった。

 数十人もの女性と、十数人もの男性冒険者を相手にしてきたので、わずかに魔力を消耗してしまっている。

 まさか、冒険者以外も相手にするとは思わなかった。


 また、俺を求めてやってきた主婦たちが近くのパン屋でをする、という現象も起こっていた。

 パン屋の店員からは「こんなに早い段階で売り切れになるなんて……ありがとうございます!」と感謝されてしまった。


 とはいえ、新たな仲間はまだ見つけられていない。

 だがそれは、おいおい解決すればいいだろう。


「──クロードくんっ……!」


 突如、俺にとって聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 その声の方向には、見覚えのある小柄な少女がいた。


 彼女の名前はエレーヌ。

 勇者パーティのメンバーであり、幼馴染の少女だ。

 パーティ追放の際に会えなかったこともあり、俺は彼女の姿を見てホッとしていた。

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