第61話 レティシアとルイーズの、共通の敵

 ルイーズ王女との試合後……

 俺は闘技場の廊下を歩き、エレーヌやレティシアが待つ観客席へ向かっている。


 次の試合はレティシア対リシャールだ。

 元婚約者同士の、因縁の対決が数十分後に始まろうとしている。


 さて、なんと声をかけるべきか……


「──クロード」


 俺の前方には、銀髪の少女が立っていた。

 彼女はルイーズ王女、先程剣を競い合った相手である。


「ルイーズ王女。王族席は反対側ではないのですか?」

「レティシアに言っておきたいことがあるの。だからあの子の席に行こうとしたんだけど──一緒に行かない?」


 王族が王族席を離れて良いものか、俺には分からない。

 ルイーズ王女が一般席に立ち寄ろうものなら、恐らく観客たちは湧き上がるだろう。

 だが武装した警備員が何人もいるため、暴動に発展することはまずないと思われる。


 それにこの近くには、気配遮断と殺人を得意とする《アサシン》の、極小の気配がかすかに感じられる。

 彼らはルイーズ王女の護衛だと思われる。

 もし仮に彼女を暗殺しようとするものが現れれば、《アサシン》たちが黙ってはいないだろう。


「近くにいる《アサシン》は、あなたの護衛なのですよね?」

「そうよ──っていうか、よく気づいたわね。存在を知っている私でさえ、ちょっと気を緩めたら見失ってしまうくらいなのに」

「まあ、伊達に世界最強を目指していませんから──一緒に行きましょう」

「ありがとう」


 俺とルイーズ王女は観客席に向かった。



◇ ◇ ◇



「うおおおおおおおおおっ! ルイーズ王女だ!」

「しかも、準決勝で対戦したクロード選手と一緒に、こっちに来てるじゃねえか!」

「ど、どうなっているのかしら……」


 俺とルイーズ王女は観客スペースに入ると、群衆が一斉に湧き上がった。

 ルイーズ王女は堂々と手を振っており、観客たちもまた歓声を上げた。


 一方の俺は観客たちに黙礼し、ルイーズ王女よりも目立たないように務める。

 本来であれば「クロード選手、決勝進出おめでとう!」「応援してるぜ!」などと称賛・応援してほしいところではある。

 しかし王女よりも目立ってしまっては、ひんしゅくを買いかねない。


 だが──


「クロードくんっ! 決勝進出おめでとうっ!」


 観客席で俺の帰りを待ってくれていたエレーヌ。

 俺は彼女に勢いよく抱きつかれた。


 甘い香りがするだけでなく、背中を「よしよし……」と擦られているため、なんだかとても恥ずかしい。

 エレーヌは俺と同い年なのに小柄で妹っぽいのだが、今だけは「お姉さんのように振る舞っている妹」みたいな感じだ。


 エレーヌの様子を見た観客たちは湧き上がる。

 「羨ましすぎるだろ!」「公共の場でイチャつきやがって……もっとやれ!」「もう結婚しろよ!」などと投げかけられている。

 またルイーズ王女も「あ、あんたたち……こんなところでなにやってるのよっ……!」と、顔を真っ赤にして慌てている様子だった。


「エレーヌ、ありがとう。でも離してくれないか?」

「やだ……えへへ」


 エレーヌの声音は、どこか嬉しそうだった。

 まったく、ここまで彼女が子供っぽいとは思わなかった。


 そこにレティシアが、ほんの少し困惑した様子で言った。


「クロードも困っているではありませんか。離れてください」

「レティシアちゃん、人のこと言えないよね? さっきレティシアちゃんがクロードくんに抱きついてた時、わたしが『早く離れたほうがいい』って言っても全然離れなかったよね?」

「わ、私は精神的に参っていましたから……それにあれは、準々決勝を勝ち進んだご褒美なのですっ!」

「ええっ!? レティシアもクロードに抱きついてたのっ!?」


 ルイーズ王女は「もう、どうなってるのよっ!」と、赤面させながら叫ぶ。

 レティシアは「同感です」と返事していた。


 いや、レティシアも騒動の原因の一つだろう……


「クロードくん、がんばったね……よしよし……」


 慌てている様子のレティシアとルイーズ王女をよそに、エレーヌは優しげな声で俺を褒めてくれる。

 そして優しく背中を撫でてくれた。


 嬉しいけど、恥ずかしい……


 そんな俺の気持ちが通じたのかどうかはエレーヌが、エレーヌは俺から離れる。

 彼女は目を潤ませながらも、とても満足げな表情をしていた。


「──はっ、そうだ!」


 ルイーズ王女が何かを思い出したかのように、声を上げる。

 恐らくエレーヌが俺に抱きついてきたことで驚き、本来の目的を忘れかけていたのだろう。


「レティシア、次の試合はリシャールとの対戦なのよね」

「はい、そうです」


 そう……次の準決勝・第2試合は、《聖騎士》レティシア対 《剣聖》リシャールだ。

 リシャールはレティシアの元婚約者であり、同時に因縁の相手でもある。


 レティシアはリシャールに勝つために、俺とともに努力を重ねてきた。

 勝率はだいたい五分だと、俺は予想している。


「レティシア、絶対に勝ちなさい。そうすれば私も、三位決定戦でリシャールと戦える。あの男は私の手で倒したい」


 ルイーズ王女は拳をグッと握りながら、レティシアに言った。


 ルイーズ王女もまた、いとこのリシャールに対して因縁がある。

 《勇者》である彼女は、《剣聖》であるリシャールに、剣術で常に負けてきたという。

 しかもリシャールは普段からルイーズ王女に対して嫌味を言っているらしく、彼女にとってはイライラの種だという。


 ルイーズ王女は銀髪をくるくると指で回しながら、レティシアに言う。


「その……がんばって。私も応援してる、から……」

「ありがとうございます、ルイーズ王女殿下──我が槍と剣に誓って、あの男を倒してご覧に入れましょう!」


 レティシアはとても嬉しそうに、しかし凛とした表情で答える。

 そしてその後最敬礼し、ルイーズ王女の手を取って甲にキスをした。

 レティシアのルイーズ王女への忠誠・尊敬の意味と思われる。


「レティシアちゃん、がんばってね!」

「決勝戦で会おう──なに、君ならできる。俺がみっちり鍛えたのだからな」

「はい!」


 レティシアは俺たちに一礼した後、観客席を去った。

 今から十数分後に、試合は幕を開ける。


 レティシアの思いが成就されることを、俺は祈っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る