第14話 あ~ん
「そろそろ腹が減ったな……」
昼前、俺は思わずそんな事を口にしていた。
なにせ、さっきまでエレーヌとレティシアさんとともに、魔物狩りをしていたからである。
冒険者ギルドで受けた依頼のノルマは、すでに達成している。
だが、少しでも俺たち三人で戦えるように、練習がてら魔物を倒していたのだ。
「では、そろそろ昼食にしましょう。実は今日、三人分の食事を用意しているのです」
「え、本当ですか! ありがとうございます!」
なんとレティシアさんが、俺とエレーヌの分まで昼食を持ってきているらしい。
今日は最初から俺たちと一緒に行動することを想定して、用意したのだろう。
昨日のお礼のためとはいえ、レティシアさんはとても律儀だな。
俺はそう思いながら、レジャーシートを敷いた。
レティシアさんはランチボックスを3つ取り出し、蓋を開ける。
中にはトマトの冷製パスタが入っていた。
とてもおしゃれでおいしそうである。
「さあ、召し上がれ」
レティシアさんは笑顔で食事を促す。
俺とエレーヌは「ありがとうございます」と礼を言い、一口食べる。
「んー! おいしー! トマトの酸味が効いててさっぱりしてますね!」
「うまいな──レティシアさん、ありがとうございます」
「気に入ってもらえたようで嬉しいです」
レティシアさんは満足そうに微笑んだあと、俺たちに遅れて食べ始めた。
「あはは……ほんとにおいしいな」
エレーヌはほんの少しだけ、作り笑いをしているように見える。
俺はその理由をなんとなく察しているので、一つ質問することにした。
「エレーヌ、今日の昼ごはんは? 今日も持ってきてくれてるんだろ?」
「え……? そ、そうだけど……でもレティシアさまのパスタのほうがおいしいよ……?」
エレーヌは焦りの表情を見せる。
実は自前の食事を持ってきていたのだが、レティシアさんの顔を立てるためにあえて黙っていたのだろう。
困惑するのも無理はない。
「エレーヌのも食べたいな」
「でも、たくさん食べられるの? レティシアさまが持ってきてくれた分と、わたしが作った分もあるでしょ?」
「大丈夫だ。今は腹が減りすぎて胃が痛いくらいだからな」
「そっか……うん、ちょっと待っててね」
エレーヌは少しだけ嬉しそうに、かばんからランチボックスを取り出した。
中身はツナサンドと、ハムエッグサンドだ。
エレーヌは毎日、俺の分も含めてサンドイッチを作ってくれている。
レティシアさんは目を輝かせ、エレーヌの手をガシッと取った。
「え、えと……レティシアさま……?」
「エレーヌも昼食を持ってきていたのですね!? なんだ、もっと早く言ってくだされば……ちなみにそれは、エレーヌの手作りなのですか?」
「は、はい……そうです……」
「お料理ができるのですね。羨ましいです! 私、お料理なんてさせてもらえなくて……あの、厚かましいお願いだと思うのですが、私にも分けてください!」
「え、ええっ!? ただの平民の食事ですよ……?」
レティシアさんがあまりにもべた褒めしているので、エレーヌはとても戸惑っているように見える。
俺は彼女たちの様子を見て、とても可愛らしく微笑ましいと思った。
まあ、これからエレーヌのフォローに入るわけだが。
彼女が遠慮しっぱなしというのも問題だからだ。
「エレーヌ、パスタのお礼だと思って分けてあげてもいいんじゃないか? それにレティシアさん、本当にエレーヌのサンドイッチを楽しみにしてる様子だし。お世辞ってわけでもなさそうだぞ」
「そ、そうかな……」
「そうですっ!」
「わ、わかりました……お口に合うかわかりませんけど、どうぞ……」
エレーヌはレティシアさんの前にランチボックスを持っていく。
レティシアさんはサンドイッチを頬張り、とても気持ちのいい笑顔で言った。
「美味しいです! いや、これは毎日作ってもらいたいくらいですね……」
「ほんとですか……?」
「本当です! 材料費もきちんとお渡しますので、私の分も作ってもらえませんか?」
「ええっ!? わかりました……明日も持ってきますね! えへへ……」
レティシアさんは本当に、お世辞を言っていないことがよく分かる。
もしお世辞でエレーヌを褒めているのなら、材料費と引き換えに毎日作るようにお願いするわけがないからだ。
「おいしかったです。また今度作ってくださいね」くらいに留めておくことも可能だったはずだが、レティシアさんはそうしなかったのだ。
彼女の言葉に、自信なさげだったエレーヌも照れくさそうに笑っていた。
「よかったな、エレーヌ」
「うん! クロードくんもありがとうね。私のサンドイッチが食べたい、って言ってくれて。クロードくんが何も言ってくれなかったら、わたしもずっと黙ってるつもりだったから……」
エレーヌは何故か赤面しながら、俺に言った。
恐らく彼女は、レティシアさんに褒められまくったことに照れているのだろう。
突如、レティシアさんがニヤニヤしながら俺たちを見つめてきた。
「あっ、それにしても……クロードとエレーヌは恋人同士だったのですか〜? エレーヌはクロードのために、毎日昼食を作っているんですよね〜?」
「あの、えと、そのっ……ううっ……」
「俺とエレーヌは幼馴染ですよ」
「へえ、そうなんですね。それはよかったです」
俺とエレーヌの受け答えに、レティシアさんは何故か大げさにうなずいた。
そしてサンドイッチを手に取り、俺に近づけてきた。
「はいクロード、あ〜ん……うふふ」
「えっ……」
レティシアさんはどうやら、俺にサンドイッチを食べさせてくれるらしい。
でも、ちょっと恥ずかしいな……
「いえ、気持ちはありがたいですけど、一人で食べられますので」
「うそ……食べてくれないのですか……? せっかく食べさせてあげようと思ったのに……」
「ええっ……」
レティシアさんは何故か、泣きそうな表情をしながら呟いた。
なんだかこっちまで申し訳ない気持ちになってきた。
「もう、分かりました! 食べさせてください!」
「はいっ! あ~ん……ふふ」
「えええっ……」
レティシアさんは満面の笑みで、サンドイッチを差し出す。
彼女の豹変っぷりに驚きつつ、俺は口を大きく開けて食らいついた。
ふむ、これはツナサンドだな。
「クロード、どうですか? 美味しいですか?」
「おいしいです──エレーヌ、作ってくれてありがとう。いつものことだけど、うまいよ」
「あ、あわわ……どうしよ……」
「あれ、どうしたんだ?」
エレーヌは涙目になっていた。
そして勢いよくランチボックスに手を伸ばし、サンドイッチを手に取った。
「ク、クロードくん……あ〜ん……」
エレーヌもまた、俺に食べさせてくれるらしい。
まるで赤ちゃんにでもなった気分で恥ずかしい。
だが、レティシアさんに食べさせてもらったのに、エレーヌだけ断るのも可哀想だ。
俺は再び、サンドイッチにかじりつく。
これはさっきのツナとは違い、たまごサンドだ。
「ど、どう……かな? おいしい……?」
「ああ、うまい」
「ありがとう……! えへへ……」
さっきまで慌てていたエレーヌは一転、笑顔を見せる。
「あ、あ〜ん……」
「はい、あ〜ん……」
今度はエレーヌとレティシアさんがほぼ同時に、サンドイッチを俺に差し出してきた。
──あっ……もしかしてこれは、からかわれているのか……?
エレーヌを選ぶか、レティシアさんを選ぶか……っていう話なのか?
いや、ここは冷静に考えよう。
たった今俺は、エレーヌからたまごサンドを食べさせてもらったわけだ。
だから次は、レティシアさんからツナサンドをもらうべきだ。
──うん、ツナサンドもおいしいな。
「やった……うふふ」
「え、ええっ……わたしだって負けないもん……──あ〜ん」
次はエレーヌからたまごサンドをもらう。
うむ、やはりどっちもうまい。
「えへへ……クロードくん、かわいい……いい子いい子……」
「むむ……では、これでどうです……?」
レティシアさんはフォークにパスタを巻きつけ、俺に差し出してきた。
エレーヌもまるで彼女に対抗するかのように、パスタが巻かれたフォークを俺の口元に持っていく。
っていうかこれ、完全に間接キスになるよな。
さっきそれで、一口か二口くらい食べてたのを見たぞ。
俺は大丈夫だけど、二人は俺が口をつけたフォークで食べるの、気にならないのかな……
「あ、あの──」
「クロードくん、あ〜ん……」
「私が持ってきたパスタ、食べちゃってください。あ〜ん」
「えっと……あはは」
俺はエレーヌとレティシアさんに、狂気じみた笑みとともに迫られた。
◇ ◇ ◇
「ううっ……食いすぎた……」
それからしばらく経ち、俺は満腹となった。
いや、満腹なんてもんじゃない、胃が破裂しそうだ。
今日はもう、魔物討伐なんて気分じゃない。
「ご飯……なくなっちゃった……」
「ちょっとやりすぎたかしら……」
エレーヌはとても残念がり、レティシアさんは困惑していた。
それもそのはず、彼女たちは俺に「あ~ん」をし始めてからというものの、一切食べ物を口にしていなかったからだ。
俺は何度も二人を止めようとしたが、流されるままに全部一人で食べてしまったのだ。
それにしても二人とも、よく最後まで気がつかなかったな。
どうしてだろう?
とりあえず俺は、エレーヌとレティシアさんに呼びかける。
「あの、今日はもう帰りましょう……ノルマはもう終わってますから……うっ」
「そうですね。ではこれから、私の家に行きましょう。エレーヌの分の昼食も作ってもらいますし、それに昨日のお礼をきちんとしますので」
「あのっ、それって公爵さまのお屋敷……ってことですよね。わたしたちみたいな平民が、いいんですか!?」
「大丈夫です、エレーヌ。あなた達は命の恩人ですから、大切なお客様なのです」
「ありがとうございます!」
俺たちはレティシアさんを先頭に、街へ戻った。
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