第63話 公爵令嬢、過去と決別する
《聖騎士》レティシアは、石畳を蹴る。
対戦相手である《剣聖》リシャールに近づき、勢いよく槍を突く。
狙いは《剣聖》リシャールの心臓。
煌めく刃は、流れ星の如くまっすぐ進む。
「ちいっ!」
リシャールは苦悶の表情を浮かべながら、剣の刃ではなく腹で槍を受け止める。
彼の剣はそれほど幅広ではない片手剣だが──
なるほど、流石は《剣聖》だと言わざるを得ない。
レティシアは心のなかで賛辞を贈る。
だがレティシアは、それでも止まらない。
心臓がダメなら、軸足であろう右足を刺し穿つ──
しかしリシャールは右大腿に迫りくる槍を、冷や汗をかきながら弾き返した。
それでもレティシアは何度も槍を突き出し、リシャールに一切の隙を与えない。
「くそおおっ! どうして僕が、こんな女にッ!」
「女だからってバカにしないことです──確かに女はか弱い存在かもしれません。ですが! 大切なものを手に入れるため、大切なものを守るために戦う女は──」
レティシアの脳裏には、クロードの顔が浮かんでいた。
婚約破棄された上にオーガに襲われ、騎士を見殺しにしてしまったときに空っぽになった心を、満たしてくれた恩人。
心の底から敬愛し、恋慕している男。
「真実の愛」を教えてくれた男。
その男・クロードを決勝戦で倒すために、リシャールという対戦相手を打ち負かす。
クロードからの寵愛と明るい未来を得るために、リシャールという過去と決別する。
「──大切なものを持ち得ない男よりも、一歩先を行くッ!」
「なっ──!? ──おのれッ!」
リシャールの剣が、音を立てて粉砕された。
流星群の如く煌めいたレティシアの槍を、何度も受け止めたいせいであろう。
レティシアは槍を曲芸の如く回転させ、リシャールの首筋に刃を向ける。
「ひ、ひあああああああっ! や、やめてくれ! 降参! 降参するからあっ!」
寸止されて腰を抜かし、泣きわめくリシャール。
レティシアはそれを見て、なんとも情けない男だと思った。
そして婚約破棄されて正解だったと、確信を得た。
審判はリシャールの降参宣言を聞き入れ、右手を高らかに掲げる。
「《剣聖》リシャール選手の降参を確認。よって準決勝・第2試合の勝者は、《聖騎士》レティシア選手とする!」
『──勝者、レティシア選手!』
「うおおおおおおおおおっ!」
「え! 何!? めちゃくちゃカッコいいんだけど!」
「レティシア選手! あんたすげえよ! かっけえよ!」
「女の私でも惚れちゃうわ! 絶対に優勝してね!」
「レティシア! レティシア!」
場内アナウンスとともに、観客たちが一斉に湧き上がる。
彼らは「レティシア!」と何度もシャウトし、コールしていた。
闘技場内は熱狂の渦に巻き込まれている。
そんな中、レティシアは自らの右手を、へたり込んでいるリシャールに差し出した。
「リシャール様、立てますか?」
「う、うるさい! どうせ貴様は僕を見て、心のなかで笑ってるんだろう! 『情けない男だ』ってバカにしてるんだろう!」
「あっ……」
レティシアはまたしても、右手をリシャールに叩かれた。
彼女は今日、二度も手を叩かれた。
戦いの前と、戦いの後の二度だ。
そこまで嫌われてしまったのかと、レティシアは失望しそうになる。
心が欠けそうになる。
ましてや精神力を代償とした自動回復魔術を、何度も行使されてしまったのだ。
レティシアの心はすでに、折れそうになっていた。
だがそれでも、レティシアはがんばって前を向く。
「リシャール様、確かにあなたの今の姿は情けないと思いました」
「──そ、そうだろ! 貴様はいつだってそうだった! いつも僕を見下して──」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「え……」
レティシアは頭を下げて謝罪する。
それを受けて、リシャールは呆然としていた。
「たとえ自分がしてきた行為が感謝されなくても、人を見下げ果てたり怒ったりするべきではなかったのです。恩着せがましく迫ってはならなかったのです。ですが幼い頃の私は──いえ、つい先程までの私は、そのことをわきまえていなかったのかもしれません」
「レティシア……お前……」
リシャールは困惑すると同時に、なぜか赤面していた。
そんな彼を不思議に思いつつも、レティシアは本心からの一言を告げる。
「どうかマリーと結婚して、幸せになってください──それでは、さようなら」
「あ……」
もうこれで完全にリシャールへの雪辱を果たし、過去を精算できた。
これで心置きなく、クロードの愛を求めることができる。
観客たちの歓声と、そしてリシャールを背に、レティシアは闘技スペースから立ち去った。
◇ ◇ ◇
レティシアが勝利して、興奮冷めやらぬなか。
俺とエレーヌは二人で彼女の帰還を待っていた。
「レティシアちゃん……ぐすっ……カッコよかったよお……」
エレーヌはポロポロと涙を流していた。
右手に握られたハンカチで涙を拭いつつ、左手で俺の右手を握っていた。
まあ、無理もない。
レティシアは《剣聖》リシャールに全身を切り刻まれるも、最後まで倒れずに勝利したからだ。
それに会話の内容は全然聞こえなかったが、リシャールが何かを叫んだ直後に浮かない表情をしていたのだ。
恐らくレティシアは、嫌な出来事でも思い出したのだろう。
それでも勝利した彼女の精神力を、俺は羨ましく思った。
「──ただいま戻りました」
噂をすれば影。
レティシアはスッキリした表情で、俺たちのもとに戻ってきた。
恐らく元婚約者であるリシャールと戦って、吹っ切れたのかもしれない。
「レティシアちゃんっ……かっこよかったよおっ!」
「わっ! ──ふふ……」
レティシアが観客席に戻った途端、エレーヌは彼女に勢いよく抱きついた。
レティシアは涙ぐむエレーヌをなだめるためか、「よしよし……」と背中を擦っている。
「レティシアちゃん、辛かったよねっ……痛かったよねえっ……ぐすっ……」
「よしよし……私はもう、大丈夫ですよ……だから泣かないで……」
「うん……ぐすっ……」
レティシアの身体から、エレーヌが離れる。
エレーヌの顔は依然、涙でぐしゃぐしゃだった。
そんなエレーヌを気遣うためなのか、レティシアは自分のハンカチを使って彼女の顔を拭く。
エレーヌは「ありがとうっ……」と涙声で、しかし嬉しそうに言った。
まったく、これではどちらが励まそうとしているのか分からない。
「レティシア。これでようやく、君と決勝戦で戦うことができそうだ」
「そうですね──クロード、絶対にあなたを倒してみせます」
レティシアは覚悟のこもった表情で、そう言った。
恐らくリシャールとの戦いで、彼女も何かしらの成長ができたのかもしれない。
俺はそれが嬉しかった。
「でもまずは、ルイーズ王女殿下とリシャールとの三位決定戦ですね。これは見逃せませんよ」
「ああ、そうだ──」
『──速報をお伝えいたします。ただいま南方50キロメートル先にて、ドラゴンが確認されました。現在は巡航速度を保っていますが、王都上空に飛来する恐れがあります。戦闘職の方々は、速やかに出動してください。繰り返します──』
ふと、不穏なアナウンスが闘技場内に響き渡った。
それとともに観客たちも、「いやあああああああっ!」「マジかよやべえじゃん!」「早く倒しにいかないと!」と色めき立っている。
有翼のドラゴン──
めったに人前に姿を表さないが、人里に現れたときは甚大な被害を及ぼすという。
機動力と破壊力の両方を兼ね備えているだけに、決して楽には勝てない相手だ。
そのため、空を監視する兵士や魔術師によって観測されれば、距離を問わずすぐに警報が下されることとなっている。
「ど、どうしようっ……! ドラゴンを倒しにいかないと、みんな死んじゃうっ……!」
「同感です──が、落ち着いてください。何かあったら私が守りますから」
狼狽しているエレーヌと、彼女を落ち着かせるべく冷静に声をかけるレティシア。
俺は彼女たちを安心させるべく、言葉をかけた。
「行こう。二人のことは俺が支援するから、みんなでドラゴンを倒そう」
「はい!」
平穏な日常を壊そうとするドラゴンを倒すために、俺たちは闘技場の外へ出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。