第4話 不思議な二人【萌花視点】

 西園寺さくらの介抱をしてから、彼女と顔を合わせる機会が増えた。

 聞くところによると、さくらは自宅でデイトレーダーという仕事をしているらしい。学のないあたしにはピンとこない職業だ。グーグル先生によると株の取引きなどをする人のことを言うのだそう。意外と賢いんじゃん。


 在宅ワークのせいか、あたしの出勤時間帯にちょうど鉢合わせてしまう。

 わざと合わせているのかと思いきや、そうではないみたい「夕方になるとコンビニへ行きたくなるのよ」と話していた。けどどうなんだか。


 明日は休日だ。美鈴に今日の分の料理を作っておいて、あたしはいつものようにリュックを背負って部屋を出る。


「「あ」」


 手前の部屋の住人――西園寺さくらも今まさに出かけるところだったようで、丁度鉢合わせてしまった。またかよ。


 つい、げんなりしてしまう。なのにさくらのほうはどこか嬉しそう。さくらが犬なら今しっぽをぶんぶん振ってるだろうな、そんな顔をしている。


「あんた、また仕事?」

「そりゃあ、週末は稼ぎ時だもん。さくらも今から出かけるの?」

「そうよ。スタバのコーヒーが飲みたくなっちゃってね。よかったら途中まで一緒に出掛けましょ?」

「いいけど」


 多分、さくらに懐かれている。

 いや、大学生じゃないんだから介抱した程度で相手のことを好きになるなんて、そんなことある? こんな美人でちょろい性格だったら、一生まともなパートナーと出会えないぞ? いいのかね?


 同じくらいの身長の彼女は(ヒールを履いているようだから、実際のところはチビなのだろう)、時折ちらちらとあたしの顔を盗み見た。

 マンションのエントランスを出て、夕方の柔らかい日差しに照り付けられたとき


「あのさ」と、さくらは切り出した。

「今度、一緒に飲みに行くわよ」

「は?」

 彼女はむっと口をへの字にした。


「なによう! そのリアクション」

「あたし彼女いるのでサシ飲みはちょっと〜」

「違うわよ!! 愛美と私とあんたでよ! なんなら、あんたの同居人連れてきてもいいから!! 愛美も酒をよく飲む子なのよ。だから、一緒に飲めたらどうかなと思っただけ」

「あー……安心したよ。てっきりあたしのことを好きなのかと思っちゃった」

「んなわけないでしょ! ドアホ!!」

「わかった。じゃあ、LINEでまた日程連絡するからさ。よろしく〜」

「それでいいのよ。それで」


 とまあ、こんな具合であたしと手前の部屋のカップルとで飲みに行くことになった。


 しかも日程は皆合わず、仕方ないから明日の夜に飲み会をすることになった。美鈴にも予定を聞いたけど、月曜日は残業が確定しているから難しいらしい。バリキャリは大変だなあ。


 手前の部屋の住人たちと飲みに行くことは、美鈴には内緒にしている。

 バレたら面倒くさいことになりそうだけど、さくらとのくだりを説明すると長話になりそうだったからつい伏せたんだ。


 店の手配も仕事が暇なうちに早々に済ませてしまった。美鈴やお客さん以外との飲みだなんて久しぶりで妙にウキウキしてしまう。

 大丈夫、浮気は絶対にしないからさ。



 翌日、あたしは珍しくプリーツスカートを履いて待ち合わせの居酒屋へ向かった。予約していた店は、地酒が豊富で馬肉が売りのこ綺麗な店。毎日リキュールやウイスキーばかり飲んでいるから日本酒や焼酎が恋しくなるんだよね! 洋酒しか飲まないわけじゃないのだよ。


 月曜の夕方なこともあり、店はまだがらがらだった。金曜日だと予約も取れないほどの人気店なんだけどね。こういうとき、平日休みでよかったと思うな。


 あたしは窓際の四人掛けテーブル席で座って待つことにした。こうやって早く来た時にどう待つか悩むよね。


 メニューを先に見ていると、なんとあの「白州」と「山崎」があるじゃないか! うわー、待ちきれないよー。結局飲むのはウイスキーになりそうだ。


 店内を暇そうにうろついている店員さんに「あ、白州ってまだありますか?」と聞くと「ありますよー。頼まれますか?」とにこやかな返答。


 どうしよう……連れがまだ来ていないのに……でも白州……ここ最近飲んでなかったもんなあ。


「じゃあ、白州ハイボールください!!」

 あー……頼んでしまったよ。山崎もあるもんなあ。いいなあ。今じゃなかなか飲めないもんなあ。


 白州ハイボールがやってきたころに、二人がやってきた。さくらはお嬢様みたいな黒のワンピース(これはゴスロリなのだろうか?)を着て、愛美さんはいかにもコンサバOLな格好だった。あたしといえば、パーカーにプリーツスカートだから、タイプが全然違う三人になってしまったなあ。

 常にむすっと口を閉じているさくらとは裏腹に、愛美さんは顔に笑顔を張り付けている。顔の筋肉が鍛えられそうだ。


 あたしが一人で座っている手前の席に二人は座り込んだ。


「あ、あんた先に頼んでるの? これだから酒飲みは……」

「さくらには言われたくないけどね! ほら、白州があったから……山崎もあるらしいよ」

「え! 私も飲もうかしら。愛美はどうする?」

「わたしはとりあえず生でいいかな。白州と山崎ってそんなに珍しいお酒なの〜?」


「元々珍しい酒だったわけではないんですけど、ここ近年のジャパニーズウイスキーブームで国内外から需要が高まって今販売休止しているんですよ。そのせいで、バーでも取り扱い自体が少ないんです! ウイスキーは大量生産できるものじゃありませんし。酒屋との繋がりが深い古くからの店じゃなきゃ、もう仕入れられないんです。それも今在庫があるうちでしょうが……」


 あたしははっとして二人を見ると、呆れたような表情をしていた。

 酒飲みあるある……ついウンチクを語りがち……反省しなくちゃなー。


「じゃあ、わたしも生やめてウイスキー飲んでみようかな……飲み方はどれがおすすめ?」

 うわあ、明らかに気を使われているよ。こんな時でも愛美さんはニコニコ笑顔だ。


「愛美、こいつに合わせなくてもいいんだからね」

「えー? せっかくだもん。美味しいお酒飲みたいじゃない?」

「飲み方はハイボールで十分美味しいですよ! バーテンダーとしてはストレートやトワイスアップを勧めたいですが」

「トワイスアップ?」

「ウイスキーと常温の水を一対一で混ぜる飲み方です。ストレートより飲みやすいですし、ウイスキーの味と香りが引き立って美味しくなるんですよ!」

「へえ〜、じゃあわたしは白州のハイボールにしようかなあ」

「ふうん。愛美が白州なら私は山崎にするわ! ロックでいいわよ!」


 二人で話しているときのさくらが、あたしと話しているときよりウキウキしているように見えるのは気のせいかな。

 恋人関係ではないと言っていたが、二人の間に漂う雰囲気はまさしくカップルのそれに見える。


 店員にオーダーを頼むとすぐさま一杯目のドリンクが運ばれた。それとお通し。

 その時に馬肉の盛り合わせだとか、エビフライ盛りなど適当に頼んだ。


 お通しは鶏皮ポン酢だった。酒のあてとしてばっちり! 24歳になると、酸っぱい食べ物のおいしさがわかるんだよねえ。

 あたしは再びグラスに口をつけた。やっぱり白州のハイボールは格別だね。すっきりと爽やかな味わいで、水のように飲んでしまいそうな軽さがある。癖のあるお酒も好きだけど、あたしはなんだかんだ飲みやすい酒が好きだ。


「白州ははじめて飲んだけど、美味しい……」

「ジャパニーズウイスキーは飲みやすいものね。山崎も久々に飲んだわ。いつもラフロイグばっかり飲んでるからちょっと物足りないけど」

「あんな消毒液みたいなお酒、よく飲めるよねえ」

「あの癖の強さがいいんじゃない! 愛美の飲む日本酒や焼酎だって癖が強いじゃないの」

「ええ〜、そうかなあ」


 赤文字系雑誌のモデルをしてそうな見た目で、日本酒や焼酎を嗜むだなんて。そもそも、この二人はどう出会ったんだろう?


「そういえば、二人はどこで知り合ったんですか?」

「さくらちゃんがわたしがナンパされているところを助けてくれたの。えーっと、どこでだっけ? あの日本酒のお店」

「そうそう。愛美は男受けいいから、よくナンパされるのよ。こんな見た目なのに、自分では自覚ないから無防備だし」

「そうかなー。男受けいいわけじゃないよう」

「ほら、この有様。ナンパされているところを助けてから、意気投合したのよ。で、丁度お互い賃貸の部屋探していたから、二人で暮らそうかって話になったの」

「フットワークが軽いなあ」

「どうかしらね。とりあえず問題なく暮らせているわ」

「さくらちゃん、すぐ脱ぎ散らかすから大変よお」

「別に脱ぎ散らかしてないし!」

「嘘だあ」


 じゃあ、付き合っているわけではないのだな。ただの女友達? ふうん。なのにさくらはあんな顔をしていたのかあ。


 徐々に店の中にお客さんが増えてきた。居酒屋特有の雑音はあまり好きじゃない。

 女子大生っぽいきゃぴきゃぴした店員が、馬肉の盛り合わせを持ってきてくれた。彼女は鼻にかかったようなしゃべり方で、「右からたてがみ、赤身、ハツ、ミノ、ロースです」と説明してくれた。


「わたし、馬肉食べるのはじめてかも」

「美味しいわよ。ここらじゃ専門店も少ないものね」

「馬肉の赤身とたてがみは一緒に食べると美味しいですよ。たてがみだけだと脂身が多くてくどいですけど、赤身と食べることで大トロみたいな味わいになるんですよ」

「馬肉博士なのかしら?」


 あたしたちはそれぞれ馬肉を醤油につけて、食べる。馬肉特有の弾力のある肉が美味だ。噛みしめるたびに旨味がにじみ出る。

 さくらは大きく目を見開いて、あたしに目配せをした。


「これ、すごくおいしいわ! 赤身とたてがみの絶妙なバランスがたまらないわね。これはハイボールじゃないわね! 日本酒を飲みましょう! 二人は? お替りは良いの?」

「そうねえ、じゃあ八海山飲もうかな」

「あたしもそれで! 二合頼みましょう~!」


 こうしてわいわいと三人で飲みながら、ふと美鈴のことを考える。


 やっぱり、日程を変更してでも4人で来るべきだったかなあ。仕事とはいえ、美鈴に悪いことをしてしまったなあ。


 クリスマス前はカップルが別れやすい季節でもあるらしい。

 今度きちんと埋め合わせをしてあげなくちゃいけないな。これまでデートらしいデートなんてしたことなかったから、美鈴が何をすれば喜ぶのか全然わからないや。でも、あの子はあたしと違ってカップルらしいことを望んでいるみたいだし。たまにはあたしが合わせてあげなくちゃいけないのかも。


 散々飲んだり食べたりした後に、案の定さくらは酔い潰れてしまった。あたしたちと同じペースで飲んでいたにも関わらず、愛美さんはケロっとしている。


「よく食べたねえ。萌花ちゃんはちゃんと帰れそう?」

「千鳥足にはなりそうですが…愛美さん、お酒強いんですね。尊敬しちゃいます」

 愛美さんはサワーを飲みながら、そうかなあと小首をかしげた。

「女で酒が強いのも可愛くないよ〜。わたしはさくらみたいな子が羨ましいなあ。人並みに酔えるのが一番良いよお」

「あたしは強固な肝臓が欲しいけどなー!」

「そりゃ仕事道具だもんねえ」


 二人でくすくすと笑い合う。


 話していて愛美さんにはどこか壁を感じていた。気のせいかも知れないけど、自分に触れられたくないという拒絶感が滲み出ている。

 仕事柄、話しているとわかってしまうんだ。


 さくらは机に突っ伏してガーガーといびきをかいて、寝てしまっている。

 だから単刀直入に聞いてみた。


「愛美さんはさくらのことをどう思ってるんですか? 本当にただの友達?」


 さっきまでのにこやかな表情が消えて、一瞬にして冷ややかな目になった。

「わかりません。一体これは何でしょうねえ?」

「わからないなんておかしいでしょ? あたしから見たら二人は仲良すぎるように見えましたけど?」


「さあ。恋愛とか友情なんてわかりませんよ」


 そうはぐらかされると、あたしは黙り込むしかなかった。

――恋愛とか友情なんてわかりませんよ。

 その言葉があたしにはわからない。


 物心ついた時から女の子が好きで、女の子と付き合ってきたあたしには。

 ただ、一つ言えることは……さくらはかわいそうだってことだ。



 あたしは一人で帰ることにした。一人になりたかったんだ。

 けれど、一人になりたい時間は一瞬で、すぐに美鈴の顔を見たくなった。彼女の声が聞きたくなった。


 今の時間には帰宅しているだろう美鈴に電話をかけると、すぐに繋がった。ツーコールくらい?


「どうしたの? 飲み会は終わった?」

 美鈴のなんてことない声が、心に染みる。

「終わったよ! 美鈴は何してた?」

「雨トークの撮り溜め見てた。早く帰ってきてよ」

「あら、素直じゃん? 酒でも飲んでるの〜〜?」

「ま、まあね」

「言われなくても、もう帰るよ。美鈴は可愛いなあ」

「ばっ、何言ってるのよ。ばか!」


 すぐに電話が切れてしまった。

 あたしは夜の空にぽっかり浮かんでる月を眺める。満月ではない、少しだけ欠けてる月だ。きれいだな。美鈴は月なんて見ちゃいないだろうな。


 早く帰宅して、二人で月を見よう。

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