第2話 休日の午後に二人【美鈴視点】
私と萌花の休みが一緒になることはまずない。私は土日祝休みの営業マンで、萌花はバーテンダーだからだ。一年前は日曜日だけ休みだったのだが、今の店に移ってから平日休みのシフト制になってしまった。完全週休2日も休んでいないようだ。やはり飲食業はブラックなのだろう。
いつか萌花が過労で倒れてしまわないかだけが心配だ。
「だいじょーぶだって! あたしは身体強いんだからさー」
が口癖だけど、萌花は大丈夫大丈夫と笑いながら倒れそうだから油断できない。
さておき、そんな私たちが珍しく休みが一緒になったのだ。大変喜ばしい。話を聞くに、マスターが日曜日休みたいと申し出たから店を閉めることになったという。自営業特有の気楽さはサラリーマンにとっては羨ましいことこの上ない。
「そう言っても休みだからってすることもないんだよね」
萌花はソファに寝そべって日曜のワイドショーを退屈そうに眺めている。
「美鈴はいつも日曜日にどう過ごしてるわけ?」
「うーん。寝ているわね」
「ひゃー、社畜ですなあ」
「じゃあ萌花はどう過ごしているわけ?」
「……寝て起きてソシャゲ」
「どんぐりの背比べだわ」
せっかくの休みなんだから、二人で出掛けるべきなのかしらと考えたけれど、世間では今日は三連休の中日である。どこへ行っても人がごった返していることが予想される。考えただけで嫌になりそう。しかも再来週はクリスマスだ。きっとどこも人が多いのだろうなあ。
「そういえば、クリスマスは仕事なんだっけ?」
「うん。休めないもんねー。今年のイヴは平日だから、美鈴も仕事でしょ? 年末だから忙しいんじゃないの?」
あー……仕事納めのバタバタを想像するだけで気が滅入ってくる。
「考えたくもないわね……ほら、クリスマスに一緒に過ごせなくても別日にディナーでもどうかと思ってね」
「あたしはいつも通りでいいけどな。年末はどこも混んでるじゃんか?」
「萌花はロマンティックさの欠片もないわよね」
「美鈴が乙女なだけなんだよー。ほら、毎日一緒にこうして過ごせることが何より素晴らしいことなんだよ? ……ま、ちょっとは考えておくよお」
そう言ってスマホを横にしてソシャゲをはじめる。萌花はいつもそうだ。付き合ってから一度も記念日やクリスマスをカップルらしい形で祝おうとしてくれたことがない。私が提案したり「予約ならするよ」と言っても嫌がるのだ。
もちろん、何もないわけじゃない。
いつもより豪華な晩御飯を作ってくれたりしてくれるけど。
今日だって珍しく休みが一緒なのに、このまま家でだらだらして一日が終わるのかなあ。
勇気を振り絞って聞いてみる。
「萌花はどこか出かけたい場所はないの?」
「特にないよう。平日休みなのに週末に出かける気にならないかなあ」
いざ萌花にそう言われると傷つくなあ。一応私たち恋人でしょう?
ちょっとはデートしたいとか思わないのかなあ。……ダメだ。面倒臭い女だぞ、私。
萌花はテレビを消して起き上がった。
「そんな顔をしないでよー、美鈴。わかりやすいんだからあ。どうする? 近所のカフェにでもランチしに行く?」
「大人気なくてごめんね」
「いいのいいの。大人気ない美鈴のことを好きになったんだからさー。懐が深い女っしょ? 惚れてもいいのよ?」
「ばーか」
一緒にデートなんていつぶりだろう、考えると頭が幸せでふわふわしちゃう。
私はいつも着ないようなフェミニンなワンピを着ることにした。萌花はいつも通りのパーカーにロングスカートだけど、一緒にデートできるってだけで十分だよ。
近所のカフェがどこなのかは大体予想がついていた。以前から萌花が気になると話していた例の店だ。インスタで評判の店らしく、そこの名物はもったりとしたオムライスらしい。
私はカフェご飯が好きで、雰囲気の良い内装のカフェでご飯を食べるだけで満たされる。けれど萌花は違うはずだ。汚い店でも安くて美味しいほうが好きで、雰囲気じゃ飯は食えないと言うような子なんだけどな。
そのカフェは本当に近所にあった。
ランチタイムを微妙に過ぎていることもあってか、テーブル席もまばらに空いていた。小綺麗な女性店員さんが「二名様ですか?」と私たちに聞いた。
カフェにはカップル連れと女性2組の友達連れらしき人たちしかいない。私たちもカップルではなく、友達同士だと思われているのだろうな。
ゲイカップルだと他人の目線が厳しいらしいから、女同士で良かったなとこんな時に思う。
私たちは二人用のテーブル席に案内された。
ランチメニューを渡されて、女性店員はその場を去った。
萌花は物珍しそうに辺りを見渡していた。それもそうだろう。こんなおしゃれなカフェに来ることなんてこれまで、そうそうなかったのだろうから。
私ですら、緊張してしまう。
メニューを一通り確認して、噂のオムライスセットを頼むことに決めた。
「ねえ、萌花は何頼む?」
「どうしようかなあ。ここはオムライスが美味しいお店なんだよね?」
「みたいだね。私はオムライスセットにするつもりだけど、萌花も同じのでいい?」
「うん。そうする!」
小綺麗なお姉さんを呼びつけてオーダーを頼むと、にこりと感じの良い笑みを浮かべてくれた。それとお冷やの入ったグラスを二つ、私たちの机に置く。
萌花はふわふわのピンク髪を耳にかけて、水を飲んだ。
「二日酔いの身体に染みるねえ」
おしゃれカフェには似つかないワードが飛び出して、つい焦る。
「万年二日酔いじゃないの」
「お仕事柄仕方ないねー。美鈴は営業職なわけじゃん? アルハラはされないの?」
「まあ、されないことはないけど。今は営業でもコンプラうるさいもの。誰かにチクられたら面倒だからさ、お酒を強要することはないわね」
「羨ましいなー、転職しようかなあ」
「私は歓迎するけれどね」
「でも今の仕事好きなんだもん。辞めたくはないかなあ~」
萌花は開業資金を貯めて独立することを考えているらしい。バーテンダーは雇われでスキルを磨き、資金を貯めたのち独立する人が多いのだと言う。
私は今のままでもいいんじゃないかと思っている。
開業するとなるとリスクが高くなるし、何より今以上にハードワークになるだろう。バーは基本的に週休1日だ。それを一生続けるのはかなり厳しい。
でも、私はただの恋人だから萌花の将来に対して口出しもできない。
これが男女なら――と思わなくはない。考えたって意味のないことは、考えないようにしよう。
しばらくして噂のふわふわオムライスが机に運ばれた。
まんまるに盛られたケチャップライスの上に、ふわふわのオムレツが乗っている。皿を揺らしただけで、かすかにオムが揺れるほどのふわふわさだ。
つい、唾を飲み込んだ。
私はスプーンでふわふわのオムを割った。とろんっとライスの上に倒れ込むオム、つい歓喜の声が上がりそうになったわ。危ない。
「すごい! こんなにふわふわのオムライス食べたことないよー!」
萌花は子供のようにきゃっきゃと騒いでいる。私とは違って、素直に表現できる彼女が好きだ。もう成人しているのに、童心を忘れないなんていいなあ。
「うん。ふわふわね」
それしか言えないのよね。私。
二人で手を合わせてから、オムライスを平らげた。萌花は身体全身で「美味しい」を表現しながら、オムライスを食べ切った。
これまで食べたどんなオムライスよりも、美味しかった。
カフェでランチをした帰り路に、スーパーに寄ることにした。
「冷蔵庫に野菜が全然ないんだよね。あと、牛乳も!」
基本的に食事は萌花が担当なので、私には何が足りないとか全くわからない。能天気そうに見えて、ちゃんとしているんだなあ。偉いなあ。
隣を歩いている萌花は、私の顔を見上げた。
「どうしたの?」
ううん、と彼女は首を振る。
「美鈴は大人だなーって思ったんだ。カフェでもあたしだけわーわー騒いで子供みたいじゃん? 今思い出して恥ずかしくなっちゃった」
意外だった。萌花が心の中ではそう思っていたことが。
私は、純真無垢に楽しめる彼女が羨ましかったけど。
萌花は何も考えていないわけじゃなかったんだ。
ふふ、とつい笑みが溢れた。
「そっか。萌花のそういうところ、私は好きだけどな」
横にいる彼女は目をキラキラ輝かせた。
「えっ、もう一回言って! もう一回!」
「もう一回って何のことかなあ? 知らないわ〜」
「意地悪!」
今度は平日に有給を取ろう。また萌花とどこかへ出かけよう。
むうっと頬を膨らませている彼女が、愛しくてたまらない。
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