第14話 君はともだち【萌花視点】


「はあ? どうして元カノにキスされるのよ」


 カラオケ屋だからってさくらはあたしの耳元で素っ頓狂な声を上げた。

 うるさいなあ、とぼやくと「あんたがおかしいからよ」とブー垂れる。


 今日は12月27日、つまり仕事納めの日だ。

 あたしは今日休みで(美月がいてくれたおかげだけど)さくらも愛美ちゃんがいないから飲みに出られる。なら3人で飲もうという話になったんだ。


 ただ、美鈴は仕事量が半端なさすぎるらしく、21時頃あたりになりそうだと夕方にLINEが届いた。なので、2人でカラオケ屋で時間を潰すことにした。

 ジャン◯ラは酒が飲み放題なのが素晴らしい。


 2人なこともあって狭い部屋に通されちゃったせいで若干気まずくはあったんだけどさ。

 さくらは自身の金髪を耳にかけた。ほのかに耳が赤くなっている。まだ4杯しか飲んでないのに。


「けど、あんたは元カノに気はないんでしょ? ならいいじゃないの」

「気はないけど……」

「うわ、そうやって目を逸らすのやめなさいよ」

「もう過去の女なんだよ? でもさ、ほら、うーん……もやもやしたまま終わった恋愛ってあるじゃんか。お互いすれ違ったから終わったっていうの?」

「私は経験ないから知らないわよ」


 そういえば、さくらは処女なんだった。

 美鈴やあたしよりずっとモテそうなのに、不思議だよねえ。


「大体、もやもやしたまま終わる忘れられない恋? 意味がわからないわ。付き合っていたなら尚更よ。気持ちを正直に伝えればよかったんじゃない。愚かなだけじゃないの」


「いつも素直になれない人に言われたくはないなあ……忘れられないわけじゃないんだよ。今更付き合いたいわけでもないしさ。クズなこと言っていい?」

「いつもあんたはクズじゃないの」


 それはそうだ。


「顔と声がタイプなんだよね〜!」


 笑い飛ばしてくれるかと思ったけど、本気でドン引いた顔をされてしまった。


「ごめん〜! 友達辞めないで〜!!」


 無言でさくらは酒を煽る。 


「ほら、だってさあ、めちゃくちゃ顔が可愛いんだよ〜! 愛美ちゃんみたいなおっとりも好きだけど、もっと好きなのは猫目の綺麗系な美人なんだよね! しかもスタイルも良いし、肌はすべすべでいい匂いするし。あと喘ぎ声も」


 どうでもいいわよ! とさくらはぴしゃりと言い放った。


「好きにすればいいじゃない。美鈴さんがかわいそうだわ。純粋無垢な女の子が傷つく姿を見たくない」

「浮気すること前提なのやめて!」

「……実際、これまでもそうだったんでしょう?」

「まあ……」


 実際にあたしは女遊びをしてきたし、浮気もしてきた。ひどい時は刃物が飛び出すこともあったけど、今は遊ぶことに価値を見出せないんだよ。


 結局、「女遊び」もたりない気持ちを埋め合わせる行為でしかなかったんだよね。

 そりゃ、相手がキャバ嬢や風俗嬢だとさ、一緒にいてもLINEで客の相手ばっかりだし。


 だから、今は浮気なんてしていないわけで。


「今はやっぱり、美鈴のことが大切なんだよね。美月は……」


 かつて、美月があたしの部屋で倒れていた記憶が脳裏に蘇る。


「あの子は普通じゃないからさ」


 顔が好き、それは間違いないんだけど、もう彼女には近づきたくもない。


 あの頃の苦痛を思い出したくない。

 そういう意味の「忘れられない」相手なんだ。

 もう、あれから三年は経ったけど、美月は変わってくれたのかな。


 外の部屋からの人の笑い声や歌声のボリュームの大きさで改めて、金曜日なのだなとひしひしと感じた。あたしはジントニックを口に含む。

 隣に座っているさくらは目を伏せてぼんやりとしていた。


「やっぱり、忘れられない相手には勝てないのかしら」

「恋愛に勝つも負けるもないじゃん」


 彼女は大きな青い目を少し潤ませた。


「そうなのかしら? 私はいつも愛美に負けているような気がしてならないわ。いつも我慢してしまうもの」

「なら、離れたらいいのに」


 むっとさくらは頬を膨らませた。


「離れられるなら既に離れているわよ! 好きなんだもの、そばにいたいんだもの。仕方ないじゃないの」


「すぐに声を荒げるんだからさ」

「……ごめんなさい」

「謝らなくてもいいんだけどなあ」


 勝ちか負けかでいうならば、さくらはずっと負けているのは事実だけど、今さくらが勝ち戦なんて無理だよ。愛美に執着することをまずやめなくちゃ。


「恋愛なんてUFOキャッチャーと同じでさ。取れそうな相手を狙うのが確実なんだよね。さくらが今やっていることは、下手くそで難易度の高いUFOキャッチャーなのに、必死に粘っている状況なんだよ。粘り勝ちもあり得るけど、その確率は高くないんじゃないかな」


 簡単に落とせる女に愛着がわくかというと、また別問題だけどね。


「愛美は、ずっと片思いをしている女性がいるらしいのよ」

「片思いしてるくせに女と同居するなんて――」

「話を聞きなさいよ! 相手もずるい人らしいの。愛美は多分告白をしているのよ。なのにその人は愛美に連絡を取るんですって。信じられないわ。好きでもないのに、連絡を取るだなんて」


 そんなテンプレすぎる人間模様で悩んでいるさくらが愛しいよ。

 これまで人の悪意だとか、承認欲求のようなどろどろとした感情に触れてこなかったのだろう。話を聞く限り、お嬢様みたいだもんね。


 まあ、これまで触れてこなかったからこそ、今苦しんでいるのかも。


「そのずるい女もけして悪意があるわけじゃないんじゃない? 好きだけど付き合えないとか、好きじゃないけど楽しいから一緒にいる関係なんて男女関係なくあるわけじゃん? しかも、自分のことを好きでいてくれる女なら、承認欲求も満たせるわけだし」


「それが理解できないのよ。承認欲求を満たしたいだけなら、わざわざ愛美じゃなくてもいいじゃない」


「わかってないなあ。自分のことを好きでいる女だからいいんじゃん? さくらはまっすぐ育ったきゅうりなんだねえ」

「なにそれ、意味わからないわ」


 あたしはそのずるい女とやらの気持ちも理解できる。

 もちろん、さくらが文句を言いたい気持ちも痛いほど理解できるんだけど、恋愛にはルールなんて存在しないんだもん。仕方ないよ。


 しかし、さくらは本当に気が滅入っているみたいだ。時々泣き出しそうな顔になる。


 もしも、あたしに彼女がいなくて、昔みたいにひどい性格だったなら、今さくらを適当に言いくるめて、ホテルに連れて行っていたかもしれない。


 無防備にめそめそ泣くような女は、簡単に落ちるもんなあ。


 ほろ酔い状態なのか、さくらは目をとろんとさせてソファに身体をゆだねていた。

 真っ白な肌が真っ赤に染まっているさまは、どこか色っぽい。


「さくらあ……今どんな状況かわかってる? 密室に二人きりなんだよ? 飲みすぎないでよね」


「別に飲みすぎてないわ! あんたは私のことそういう目で見てないでしょう?」


 いつものように威勢よく言っているつもりなのだろうけど、声に覇気がない。呂律も回ってないし。


 ここで押し倒したり、キスしたらどんな反応をするんだろう、と考える。なんだかんださくらのことだから、しくしく泣くだけなんだろうな。


 泣いている女は好きだけど、さくらの泣き顔は別に見たくはない。


「そうやって簡単に人を信用するのはよくないよ。さくらを襲いたくてカラオケに連れてきた可能性だってあるんだよ? わかってんの? あたしは女たらしのひどい女なんだからさ」


 さくらはソファから身体を起こして、透き通った青の目であたしの目をじっと凝視した。


「萌花はひどい女じゃないわ。口だけで、私のことを襲ったりしないでしょう? 無防備な私を見て忠告をしてくれているじゃない。だから、大丈夫だわ。あなたのことをとても信頼しているのよ、こう見えて」


 はあ? と信じられないほど大きな声が出た。


 人に信頼しているだなんて、言われたことなかったんだもん。

 さくら、あんた女を見る目ないよ。そんなんだから恋愛もうまくいかないんじゃん。

 でも、胸の奥がふわふわする。こんな簡単な言葉で喜んでんの? 

 あたし、どうしちゃってんの?


「さくらは変わっているよ」

「あなたも大概じゃないの」


 ふくれっ面のさくらはいつもより可愛く見える。


「とりあえず、さくらは水を飲みなさい。これから酒飲みに行くんだからさ。ドリンクバーで取ってくるから、待ってなよ」


 あたしは部屋を出て、すぐ深呼吸をした。


 あの子がまっすぐに育ったきゅうりだとしたら、あたしは店に並ばない曲ったきゅうりだ。そんな凸凹同士だから友達なのだろう。


 さくらは可愛いし、良い子だとは思うけどあたしにはまぶしすぎる。


 馬鹿だなあ。素直になって、ちゃんと言葉を伝えたら愛美ちゃんもさくらのことを好きになるだろうに。


 ズボンのポケットに入れていたスマホが鳴って、美鈴が「仕事納めたよ!」と嬉々とした声で報告してくれた。つい、頬が緩む。


「今ジャン〇ラいるからさ、早くおいでよ」

「えー、さくらちゃんと二人きりなの? 変な気起こしてないわよね?」


 すぐ美鈴は嫉妬するんだから、って言ったら怒るだろうなあ。


「大丈夫だって。あたしは美鈴に一途なんだからさ~安心しておくれよ〜」

「もう、酔ってるでしょ! 口は達者なんだから」


 電話の向こうで唇を尖らせている姿が目に浮かぶ。つい、にやけてしまう。


「そんなあたしのことが好きなくせに〜君も素直じゃないねえ〜」

「ま、まあ……電話切るよ」

「気を付けておいでね~」


 やっぱり、今一番好きなのは美鈴なんだよ。

 どうしてこんなに好きなのか、ほかの女の子に惹かれないのかは、自分でもよくわかんないけどさ。


 スマホをポケットにしまって、ドリンクバーへ向かった。 











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る