第27話 愛したふりして抱きしめて【美鈴視点】
西園寺さんと飲んだ後に、荷物を取りに弟の住んでいる部屋に戻った。
凌介はSwitchでポケモンをプレイしているようだった。
テレビの画面にはポケモンがカレーを食べている姿が映し出されている。
「もう、戻ろうと思うの。やっぱり黙って出るのは良くないと思って」
「ふうん」
凌介は私の顔を一瞥もしようとせずに、コントローラーを操作し続けている。
「姉ちゃんはそれでいいわけ?」
「何が」
「その女みたいな人間はさ、きっと同じことを繰り返すぜ。そのたびに姉ちゃんは傷つくよ。それってくだらなくね? もっと幸せな恋愛もできるんじゃねえの」
言い返すことが出来なかった。
私が話し合おうと思って萌花と向き合おうと努めても、飄々とした彼女にかわされてしまう気がする。
そもそも、私が本当の気持ちを話したら「なら、別れようか」と言われてしまうのではないか。
彼女はそういう人だもの。
私にとっては萌花しかいないけど、萌花にとっては大勢いる中の1人なのだろう。
それを感じ取れたときに、とてもむなしくなる。
「俺はけしてできた人間じゃねえけど、その彼女はダメだと思うぜ。具体的には言いにくいけどさ」
「わかってるけど、萌花と一緒にいたいのよ」
「離れたらどうってことなくなるよ。寂しく思うのはたった一週間くらいでさ、時間が経てばすぐにどうでもよくなるって。俺だって……」
なんでもない、と凌介は首を振って、ゲームを置いて立ち上がった。
「まあ、姉ちゃんが決めることだしさ、好きにしろよ」
そうやって凌介に突き放されるようなことを言われても、私は萌花のいるあの家に戻らなくちゃいけないと思った。
自分でも愚かだと思う。どうせ話し合いなんてろくにできないとわかり切っているのに。
まだ関係をやり直せると思い込んでいる自分がおかしいのだろう。
「ありがとうね」
いつか、萌花から離れなかったことを後悔する日がやってくるのだろうか。
今日も仕事のはずだからと、コンビニでおつまみだの酒だのを購入して帰宅すると、なぜか萌花がソファに寝転んで、私だけが見ているはずのテラハを見ていた。
「ただいま」
いうと、虚な目をして顔を上げた。「おかえり」と萌花は返してくれる。
目が合うとぱちぱちと萌花は瞬きをした。
なぜか、その顔を見るだけで胸がざわつき始めた。
いてもたってもいられなくなるような気持ちになるのだ。
その目や派手な髪の毛、それから長いまつげ。
毎日見ている顔だというのに、この顔が好きで好きで仕方がない。いつか飽きてしまう日がやってくるのだろうか? 想像できない。
たった一日、萌花の気配を感じない生活を過ごしただけなのに、今目の前にいる萌花への愛しさで頭がおかしくなりそうだわ。
「どうしたの?」と萌花は小首をかしげて問いかけてきて、私は我に返った。
「チーカマとか、ストロングゼロ買ってきたんだけど、食べる?」
「珍しいじゃん」
「でしょ。なんだか雑に酔いたくなっちゃったのよね」
一年以上ぶりかな? とからっぽの声で萌花は言う。
付き合ってすぐの頃はストロングをよく飲んでいたけれど、いつからか萌花が宅飲み用の酒を作ってくれるようになったのだ。
舌が肥えてる彼女は私に合わせて無理して飲んでくれていたのかもしれない。萌花には言わないけれど、お酒なんて酔えればいいと思っているもの。
ソファに寝そべっていた萌花は身体を起こして、私のためのスペースを空けてくれた。
袋からチーカマや生ハム、あとストロングゼロを机に広げた。
懐かしいな。こんな飲み方をするのは。
「じゃあ、乾杯しましょう」
ストロングゼロのロング缶をお互いに手にもって、乾杯をする。
萌花はぼんやりとした目でちびちびとそれを飲んでいた。
「どうして今日休んだの?」
「なんとなく」
「いつも休んだりしないじゃないの」
「どうして戻ってきたの? あたしに愛想つかしたんじゃないの」
私は今、どんな顔をするべきなのか悩んだ。
そして、どこから話すべきなのか、何を話し合うべきなのか、考えた。
愛想をつかしたかと聞かれたら間違いないと答えるほかないし、萌花と一緒にいられる自信がないと言われたらそれは事実。
ただ――
「私は、萌花と一緒にいたいと思ったのよ」
はは、と萌花は乾いた笑いを浮かべた。
「ばかみたい」
「うん。私もばかみたいだと思うわ」
帰宅前にあれこれと考えを巡らせていたはずなのに、話そうとしていたことや言おうと思っていた言葉が何一つ思い出せない。
いつだって、萌花の顔を見ると、すべてがどうでもよくなってしまうのだ。
「美鈴は恋に恋しているだけなんだよ。あたしなんかのどこがいいの? 絶対にほかにいい女がたくさんいるよ」
そこにへらへらした萌花はいない。ただ目の前の彼女は私の目を真剣に見据えていた。
どうしてこれほどまでに自信を失っているのだろう、と思った。
いつもはあれほどに自信満々で明るい女の子なのに。私がただ一日出て行っただけで、こんなにも弱弱しくなってしまうものなのだろうか。
なぜ?
その台詞をそっくりそのまま返してやりたいくらいなのに。
どうして、私なんかと付き合っているの? と。
「萌花には、私の気持ちなんてわからないわ」
持たざる者である、私の気持ちなんて萌花には一生わからないに決まっている。
そっか、と消え入りそうな声で彼女はつぶやいて、ストロングゼロを飲み干した。
からっぽになった缶を、萌花は机の上に置く。
「美鈴は寂しかったんだよね。あたしが悪いんだよね。ごめんね」
ただひたすら、萌花はごめんね、と繰り返した。
私は何も言うことができなくて、ずっと頷き続けた。
こんな萌花が信じられなかった。
いつもへらへらと笑っていて、明るくて、ふざけている彼女がひたすら私のために、謝り続けているだなんて。
幼い子供のように、震えているだなんて。
夢でも見ているのかもしれないわ。
その夜、いつも一緒に眠っている私たちは、別々に眠った。
「美鈴、今日は指輪を買いに行こうよ~!」
ベッドで眠っていた私を起こしたのは、萌花の甲高い声だった。
「指輪」という聞きなれない単語のせいで、眠気が吹っ飛んでしまった。
目を覚ますと、布団に潜り込んでいる萌花がにっとほほ笑んでいた。
「今日はエイプリルフールだっけ?」
「ボケるのもいい加減にしてよね! ほらあ、クリスマスに買おうって話していたじゃん? 来週はバレンタインデーだし、2人の愛の証があったっていいんじゃない?」
愛の証、なんて萌花らしくない言葉を使うものだから、つい噴出してしまった。
「もう! 笑わないでよ~! あたしはいつでも真剣なんだからねっ」
彼女のやけに体温の高い手が、私の指に絡みついた。
萌花から手を繋ぐだなんて、めったにないのにどうしたの? なんて言おうものなら、すぐさま手を離されるだろうから、黙っておくことにした。
「じゃあ、今日こそ買いに行きましょう?」
「うん! 美鈴ちん~愛してるよ~!」
そう言いながら、萌花は私のわきをくすぐり始めた。「もう!」とつい、手を振り払ってしまう。
へへへ、と人懐っこく彼女は笑う。
その笑顔につられて、つい私も頬が緩んだ。
「愛してるだなんて思ってないくせに! ほら、準備するわよ」
「はあい」
隣でへらへらとしている彼女は、いつもの萌花でほっとした。
寝起き眼でぼんやりと萌花を見つめていると、「ふふふ」と微笑みながら、私の長い髪の毛に触れた。
「もー、何見とれちゃってんの? 惚れなおしちゃった?」
「見とれてないわっ! ばかっ!」
いつか、萌花が心の底から「愛してる」と言ってくれる日が訪れたらいいのに。
なんて――贅沢なのかな?
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