第21話 それは恋ではないけれど【愛美目線】
さくらに「付き合おう」と話してから、やっぱり妙によそよそしくなってしまった。
当たり前だよね、わたしだって同じことを言われたらそうなるもん。
別に思いつきで言ったわけではない。
凛とこの前の年末に会ったときに「うちとは会わないほうがいいんじゃないかな」と言われて、それからLINEの連絡すらろくに返してくれなくなった。
1月に広島出張があるけれど、そのときに会うつもりもないと。
「わたしは友達として凜に会いたいよ」
どうにかして繋げた電話先で言うと、
「じゃあ、愛美に恋人ができたらいいよ」と凜はつぶやいた。
今はまだ愛美はうちのこと好きじゃろ? とも。
そう言われちゃ、わたしは何も言えないじゃんか。
「友達として」という保険の言葉が嘘だって、もう凜にはばれている。
そりゃ、わたしわかりやすいもんね。
「わかった。じゃあ、恋人ができたらまた連絡するね」
「それは……わかった」
恋人ができたらまた連絡するね、っておかしな言い方だなと我ながら思う。
まるで凛と会うために誰かと付き合うみたいじゃない。もしも、そうだとバレたらまた凛に距離を置かれてしまうよ。それだけは嫌。
そんな理由で、さくらを利用するだなんて自分はひどい人間だとつくづく思う。
どうしてわたしの恋愛はこうも上手くいかないのだろう。
今日はさくらがご飯を作ってくれるらしい。
いつもわたしよりも料理上手な彼女が晩御飯を作ってくれる。
こんな出来た女の子がわたしなんかと一緒にいて良いのかな?
もっと相応しい人はいくらでもいるよ。可愛いし、いい子だもん。
仕事が終わってまっすぐ帰宅すると、肉を焼く香ばしいにおいが鼻をかすめた。
「ただいま」
言うとすぐさま「おかえりなさい」とキッチンから声がした。
キッチンでボウルに入ったご飯を混ぜているさくらは、わたしと目が合うなり「あっ」とすぐに目を逸らした。
「何作ってるの~?」
キッチンの様子を見渡すと、相変わらずきっちりとした性格だなと思う。料理の最中なのに、一切散らかっていない。
ポニーテールにしているさくらは、目線を落としたままで答えてくれる。
「ごぼうと鶏肉の混ぜご飯と、具沢山味噌汁とサラダのつもりよ」
見た目にそぐわない家庭料理ばかりを作ってくれるところも、ギャップだよねえ。
「へえ。美味しそうだねえ。混ぜご飯なんて久しく食べてないよ~」
「冬になると食べたくなるわよね。まだ少しかかるから、シャワー浴びてきたらいいんじゃないかしら」
おどおどとしているさくらは、目すら見ないでそう言った。
「わかったよ~、今日もご飯を作ってくれてありがとうね」
洗面所で衣服を脱ぎながらふと考えた。
わたしはさくらと恋愛をするほうが幸せなんじゃないのかな?
好きでいてくれない凜を好きでいるよりも、さくらみたいな可愛くて純粋ピュアにわたしを好きでいてくれる女の子を選ぶべきなんじゃないの?
恋愛対象を幸せになれそうか否かで決めるなんて、愚かだと昔のわたしは言うだろうけど、もうわたしも20代後半で、将来のことも多少なりとも考えなくちゃいけない立場で……それを言うなら、女性と付き合う時点で不安定なのかしら?
「幸せになるために好きになるわけじゃない」
昔、凛の家で一緒に観ていたドラマで登場人物が言っていた台詞だったっけ。
凜は「こんなの、きれいごとだよ」とあざ笑っていたけど、わたしは素敵な台詞だと思った。
「一番好きな人と一緒におって不幸になるんなら、確実に幸せになれそうな相手と平穏な人生を歩むほうが幸せだよ」
いつも彼女はどこか達観していた。わたしは好きな人と一緒にいることそのものが幸せだと思っているけど、凜はそうじゃないらしい。
「一番好きな人と一緒にいることが幸せじゃないの?」
聞くと凜はちょっと怒ったように
「恋愛感情なんて何年も続かないし。変わらない感情なんて存在せんよ」
と言い捨ててテレビを消したのだった。
どうして凜が怒っていたのか、泣きそうな表情をしていたのかは、いまだにわからない。
シャワーを浴びて濡れた髪の毛をバスタオルで拭きながらリビングに戻ると、さくらがすでにご飯をテーブルに並べてくれていた。
ほかほかの湯気が立つご飯たちを一瞥すると、ついよだれが出てくる。
いつもなら、ドライヤーで髪を乾かして食べるところだけど、今日はご飯を食べてからにしようかな。
さくらはお茶を注がれたマグカップを机に並べ終えて、エプロンを脱ぎはじめた。
「髪乾かす?」
「ううん。今日は食べちゃうよ。おなかすいているんだよ~」
「そっか。じゃあ、一緒に食べましょう」
机の前に座って、わたしたちは手を合わせてから食べる。
具沢山味噌汁には大根と人参とごぼうがたっぷり入っていて、これだけでも十分おかずになってしまう。。
ちゃんと1から出汁を取る拘りのあるさくらの味噌汁は、文句なしの美味しさだ。
在宅勤務とはいえ、これだけの手間暇をかけられるなんて尊敬しかないよ。
一人暮らしだった頃は、週の半分はコンビニで買ったお弁当だったもんねえ。
自炊をするにしても、丼料理か、簡単に焼いて味付けができる肉料理か魚料理かくらいで、手の込んだものは作っていなかった。
さくらはわたしの顔色をうかがいながら、ゆっくりと咀嚼していた。
「やっぱり、さくらの作る料理は美味しいよ。いつかわたしにも料理を教えてほしいなあ」
ぱああっと効果音が出そうなほどの、満面の笑みを浮かべた。
「それならよかったわ! じゃあ、今度休日に一緒に料理しましょうよ。前にテレビで見て気になっていたレシピがあるのよ」
「へえ~いいかもしれないね。わたしも自分の世話ができるくらいにはならなくちゃねえ」
混ぜご飯に手をつけはじめたところで、「あのね」とさくらが真剣な眼差しでわたしを見据えた。
わたしは箸を止める。
「付き合おうって、言ったじゃない? どうして私なの?」
いつか聞かれると思っていた言葉だった。
そりゃ、わたしもさくらの立場なら「どうして?」と思うはずだし「どうして?」と相手に聞いてしまうかもしれない。
いや、どうかな? 好きだったら聞けないかもしれないな。
あの日からもう3日。
3日間考えてくれて、やっと絞り出した質問なんだろうなと想像するだけで愛しく思えてしまうよ。
「さくらのことが好きだから、かな」
けして嘘ではない。
わたしは確かに、さくらのことを好きだと思っているし大事にしたいとも思う。その感情に嘘偽りはないよ。
さくら以上に好きな相手がすでにいるってだけで。
彼女は目を伏せて、唇を噛み締めた。
「同性愛者同士で一緒に暮らしているのに、付き合わないほうがおかしいものね。そうね、付き合いましょう」
愛の告白ってこんなものだったっけ?
好きな気持ちを伝える場面って、こんな雰囲気だったっけ?
わたしには普通の恋愛がわからない。
普通のカップルがどうやって告白して、どういう風に付き合っているのかさえ、想像がつかない。
だって、普通じゃないもんね。
「うん。改めてよろしくねえ」
さくらは頬を赤らめることもなく、戸惑うこともなくあっさりと「よろしくね」とだけ言った。
その表情の理由なんて、わたしがよくわかっているよ。
申し訳なく思うくらいなら、はじめから付き合わなければ……ううん、なんでもない。
だって、わたしは誰よりも凛のことを好きなんだもん。
凛と一緒にいるためなら何でもできる。
それがたとえ、大事な人を傷つけることだとしても。
さくらは黙々と夕飯を食べていた。
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