第20話 友達以上、恋人未満?【さくら視点】
バレンタインに良い思い出がない。
昔好きだった女の子に振られたのが、ちょうどバレンタインだったのよ。
振られたというと語弊があるわね。厳密にいうなら、絶交させられたのよね。
おそらく、みんな大なり小なり思い出があるのがバレンタインというイベントなんじゃないかと思うのよ。
だって、世間じゃ告白したり、されたりをするイベントなのでしょ?
告白して成就した人がいる反面、振られる人だって多いはずだわ。
私みたいに。
ぼんやりとメーカーズマークのハイボールを飲みながら、バラエティ番組を見ているとふと「明日予定ある?」と愛美が聞いてきたの。
「なぜ? 珍しいじゃないの」
愛美は「んー」と唸りながら、私と同じハイボールのグラスを口につける。
「明日からバレンタインの催事が始まるから、一緒にどうかなって思ったんだよねえ」
「バレンタインね。欲しいチョコでもあるの?」
「特に決めてはいないかなあ。でも会社の人達用には買わなくちゃいけないし、下見がてら行きたいんだよ~」
じゃあ、行こうかって話になったの。
あれ?
誰かに買う用のチョコを選びに出かけるのだとしても、これってデートじゃない? バレンタインのチョコを2人で見に行くだなんて、カップルみたいだわ!
えへえへ、と心の中でデレデレしている様を勘繰られないように、きりっとした顔を貫いてやったわ。
なんとなく愛美に「明日一緒に行こう」と誘われていたけれど、よくよく考えるとまだ2月にもなっていないじゃないの。
まだ1月24日よ。こんなに早くからチョコレートを買うだなんて、どうかしているわ。
そういえば、バレンタインの催事なんて人生で一度しか行ったことがないわ。
そもそも、チョコレートに値段相応の違いなんてあるのかしら?
そりゃ、値段が高いチョコのほうが若干美味しいような気はするけれど、「若干」程度にしか感じられないのよね。
愛美は毎年なんだかんだと高級チョコを買って食べているらしいから、私とは違う価値観を持っているのだろうけれど。
なぜあれほど嬉々としてチョコレートにこだわるのか、理由を知りたいわ。
好きな人がいつもどんな気持ちでいるのか、知りたくてたまらない。
自分とは違う考えを持っていて、趣味嗜好が違う。それってとても面白いと思わない? 愛しいと思わない?
その日、愛美は定時で上がれるようだから、私は珍しく着飾ることにした。
在宅勤務だと、まともな服で外出する機会がないのよね。
いつもは面倒で履かないショートブーツを履いて、とっておきの時にしか着ないニットワンピースを着て街に繰り出した。
愛美との待ち時間まで百貨店の1階をうろついて、時間をつぶす。
煌びやかな化粧品売り場は見ているだけならわくわくするわ。
愛美が使っている化粧品はほぼデパートコスメだから、なんとなくブランドも知っていた。愛美が持っているコスメに「2019年ベストコスメ」とシールが貼られていると、さすがだなと思うわ。
一緒にいるわけじゃないのに、愛美のことばかり考えている私は酷い愚か者ね。
言っていた通り、定時すぐに愛美は待ち合わせの百貨店入り口に来てくれた。
おまたせ、といつもの舌ったらずな声でぱたぱたと駆け寄ってくる。いつも通り愛美はコンサバ系オフィスカジュアルスタイルだ。
夕方だと言うのに、化粧も一切ヨレてない。
私といるときくらい、家みたいに気を抜いてくれていいのに。
「じゃあ行こうかあ」
「楽しみね」
私たちは百貨店のエレベーターを使って9階の催事場まで向かうことにした。
化粧品売り場を通るとき、イヴ・サンローランやディオールの化粧品たちを愛美は横目で見ながら歩いていた。その時の目はきらきらして、子供が欲しいおもちゃを眺めるときのよう。
こんな愛美の表情すら、いつまでも覚えておきたい。
どんな表情も、姿も、忘れられないように写真みたいに残しておけたらいいのに。
エレベーターで催事場にたどり着くと、目を疑うほどの女性たちがいて驚いてしまった。
チョコレートってここまで人気のあるお菓子だったかしら? そう考えさせられるほどだわ。
かなりの店が出店しているようで、高級店から安価な店まで様々らしい。それぞれ売り子さんが試食を配っている。
愛美はさっきまでのいつもの表情から一転して、目をさっき以上に輝かせていた。
「1年に1度のお祭りだから、たくさん買わなくちゃねえ!」
「ただのチョコじゃないの……」
キッとらしくなく愛美はにらみつけた。
「その考えは改めるべきだよ! さくらも一緒にチョコを買おう。家帰って食べるよ! その前にソフトクリーム食べようかあ~」
いつもはのほほんとしている愛美がやけにチャキチャキとしている、その姿が妙に面白くて口元が緩んでしまった。
言われてみれば、大のスイーツ好きだったけれど、これまでだとは思っていなかったわ。
愛美に連れられて、私はルタオというメーカーのソフトクリームを食べることにした。ノーマルなソフトクリームと、チョコとミックスがあるらしい。愛美はミックスを頼み、私はノーマルなソフトクリームを頼んだ。
なんとなく頼んだのだけれど、愛美は可笑しいのか、くすくすと笑う。
「どうして、チョコレートの催事に来て普通のソフトクリームを頼むの?」
自分の真っ白なソフトクリームを一瞥して、確かにそうだわ、と思う。
「ソフトクリームが美味しそうだったからつい、買ってしまったわ」
ふうん、と愛美は頷いて自分のチョコレートソフトクリームを食べる。
「さくらのそういうところ、結構好きだなあ」
「……変なの」
照れ隠しで愛美に少し背を向けて、自分のソフトクリームを食べる。
ひんやりとして美味しい。やっぱり、そこらへんで食べるアイスクリームやソフトクリームとは明らかに味が違う。牛乳の濃厚さがたまらないわね。
愛美はいつもそう。私の気持ちなんて知らずに、ぺらぺらと嬉しくなるようなことを言ってしまうんだから。
「ねえ、さくら、チョコソフトも食べる~?」
ほら、今だって私がどぎまぎしていることを知らずに、平然と聞いてしまうでしょ?
「いいの?」と聞いたら、愛美は「もちろん」とにこやかに答えてくれる。
一緒に暮らしているのに、間接キスを気にする私がどうにかしているのかしら?
目をぎゅっとつむって、愛美のチョコレートソフトにかぶりつく。
どきどきしていることを知られないように、何食わぬ顔をして「美味しいわね」と答えた。
「でしょ~? チョコも美味しいよね。さくらのも食べていい?」
「……もちろん」
はた目にはこうして食べ合いっこしている様はただの女友達同士が仲良くしているようにしか見えないのだろう。
ドキドキしているのは私だけで、いちいち気にしているのも私だけ。黙って顔に出さなければ、平穏な関係を保つことができるのよ。
恋人同士を望むなんてばかだわ。
あんな関係、些細なことで壊れてしまうのだから。
私たちはたらふくチョコを買い込んだ後にふらふらと街中を歩いて帰宅することにした。
試食しながらチョコを購入したのだけれど、どれも買い占めたくなるほど美味しかったわ。
愛美はぷらぷらと紙袋を両手にぶら下げながら、私の横を歩く。
大通りは夜中でも人が多くて、道の端っこにはちょこんと占い師が座り込んでいた。
いつもの変わらない光景だ。
「さくらと一緒にいると、いつも楽しいよ~」
隣にいる彼女はふふふ、と上機嫌だ。
「私も、あなたと一緒にいると楽しいわよ」
こんなこといつもなら緊張して言えないけれど、なぜか今日は平気な顔をして言えてしまう。なぜかしら? 私も機嫌が良いのかもしれない。
「わたしは、さくらみたいな子と付き合うべきなのかなあ」
ぽつりとつぶやいた一言が、聞き間違いじゃないかと疑った。
ついこの間まで好きな女の子がいたじゃないの。つい数日前に傷ついて泣いていたじゃないの。
どうして、そんなことを言うの?
「思わせぶりなことは言わないほうがいいわよ」
愛美はきょとんとした顔をして、立ち止った。私も一緒に立ち止まって、大きな愛美の目を見つめた。
人々は私たちを厄介そうに一瞥しながら歩いていく。
それでも愛美は目線を逸らさない。
私は今すぐここから逃げたくてたまらない。真剣な話なんてしたくない。
「思わせぶりじゃないよ。さくら、わたし達、付き合わない?」
私たちが今、ここで世界の中心になったような気がした。
『わたし達、付き合わない?』という言葉が何度も脳内でリピート再生されて、止まらない。
おかしいわよ。どうして、愛美は私なんかに「付き合わない?」なんて言えるのよ。
まだあの女性のことを好きなんでしょう?
私のことなんて眼中にないのでしょう?
なのに、どうして?
――わかりきっているわ。
愛美は私のことを好きでもない、愛してもない、ただ、利用しようとしているだけなのだわ。
「……愛美はどうにかしているわよ」
その一言を絞り出すしかできなかった。
目の前にいる彼女はただ、小首をかしげるだけ。
やっぱり、バレンタインなんて嫌いだわ。
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