第17話 あなたのいない日常【さくら目線】
1人でいると考えたくもないことを考えてしまうの。
例えば、昔この金髪でからかわれていたことや、私がお見合いをすっぽかして大目玉をくらったこと。
「女は結婚しないと価値がない」
私の父親がよく言っていた言葉だ。
妊娠出産ができることが女性にとって何より幸福なんだって。
自分はろくに母親の育児を手伝っていなかったくせに、よく言うわ。
一体何がわかるって言うのよ。
健全な関係ならば母親が言い返すなり、意見を示すなりするのだろうけど、うちは違ったわ。
その辺のpepperくんのほうが饒舌なんじゃないかってくらい、いつも口を閉ざしていた。
私と同じ、日本人離れした顔が黙りこくっているものだから、本物の人形みたいで不気味だった。
こんな家庭で育ったから、もしも私が異性愛者だったとしても結婚願望はなかったんじゃないかと思う。
今だって誰かと寄り添いたいという気持ち自体はあまりないもの。
愛美だから、一緒にいたい。ただ、それだけ。
私の1日は大体昼前にはじまる。
平日なら愛美が起きる時間に合わせて起きるのだけれど、今日は彼女がいないから起床時刻は11時頃。
起きてすぐ仕事をして、15時にコンビニコーヒーを購入。それから、再び仕事をして、夜になる。
毎日同じことの繰り返しだ。
私はローリスクローリターンをモットーに仕事をしているから、稼げる額は少ないけれどリスクも低い投資をしている。それもあってハラハラドキドキすることはまずない。
トレーダーの仕事は思っているよりも単調なのよ。
まあ、こうやって株式投資を仕事にできているのも、あの大嫌いな父親のおかげだと思うと少し複雑ではあるのよね。
お菓子を食べながら仕事をしていたら、電話がかかってきた。
それは一年ぶりにかかってきた妹からの電話だった。
私はうんざりした気持ちでそれに出る。
「もしもし、お姉ちゃん? 元気してる?」
「何か用?」
つい、つっけんどうな態度を取ってしまった。
愛美がいなくて良かったと、毎回電話をするたびに思うわ。
電話の先の妹は不服そうな声で、ため息をついた。
「ずっと実家に戻ってこないけど、最近どうなの?」
「どうもこうもないわ。普通よ。用事はそれだけ?」
「はー、いつもお姉ちゃんってそうだよね。私、そういうところどうかと思うよ」
「くだらないことしか話さないじゃないの」
「ママが入院するの」
ふうん、と相槌を打った。
元々身体が強いわけじゃない人だもの。入院くらいするかもしれないわ。
「ひどい。お姉ちゃんには人の心はないの?」
「一度くらいは見舞いに行くわ。どうして入院するのよ」
「乳がんだって」
「そうなの。私は今仕事で忙しいのよ。悪いけど、ひまわりに任せるわよ」
「入院させるには保証人がいるんだよ。お姉ちゃん、家族になんて言い草なの」
いつもひまわりはそうだ。
私に何もかもを頼ろうとする。彼女も成人しているはずなのに、自分で手続きをしたがらない。親戚だって近辺に住んでいるんだから、それに頼ればいいのに。
あんな田舎に帰りたくなんてないのよ。
けれど、ここでゴネたって面倒なことになるだけなので、私はしぶしぶ受け入れる。
「わかったわ。じゃあ、サインすればいいのね? お金が必要なら送るわ。それが目的なんでしょう?」
「別に、そうは言ってないじゃんか」
「いいのよ。私は姉だものね。あなたは何もできないものね。いつ行けばいいの? 入院はいつ?」
「お姉ちゃん!」
ひまわりの金切り声にびっくりして、ついスマホを耳から離した。
「もう、何も言わないでよ。あたしのことを嫌いなのはわかっているからさ。でも、仕方ないじゃんか」
「別に頼れる人はほかにもいるでしょう」
「知らないよ、あんな奴ら」
「……ひどい言い草なのはお互い様じゃないの」
多分、ひまわりは私のことを恨んでいる。
一人だけ街中へ逃げた私のことが憎たらしくてたまらないんだろう。
女だから大学には進学させられないと父親に言われて、地元の短大へ進学したときに私は逃げるように都会に出た。そうなると、ひまわりは否応なく地元にとどまらなくちゃいけなくなる。
そんな私が父の遺産を半分もらったのだ。
父の遺書を見たときの、ひまわりの顔を今でも忘れられないわ。
私は父親のお気に入りだった。
あんなにわがまましか言わなかったのに。
「お姉ちゃんはいいよね。街中でぬくぬく生活しているんでしょ? あたしはつまらない老人と一緒に毎日田んぼの中で生活してるんだよ。この気持ちがわかる?」
「もう、電話を切るわよ」
「あたしも、ブロンドに生まれていたら違ったのかな」
無理やり私は電話を切った。
静かな部屋はすごく静かで、ますます気分が悪くなりそうだったから、YouTubeで音楽ランキング1位の曲を流した。
――私だって、好きでこんな髪色に生まれたわけじゃない。
常に思っていた。
常に自分の生まれを憎んでいた。
このブロンドの髪色や、青い瞳、それから日本人離れをした高い鼻。それと、真っ白な肌。
一般的には羨望の対象らしい、この特徴がたまらなく嫌で仕方ない。
自分の顔がいいと思ったことは一度もない。こんな顔で得したことも一度もない。
あるとしたら奇異のものを見る目だけだわ。
何度、私はひまわりに「あたしもその髪色ならパパに愛されていたのかな」と言われたことか。
何度、父親に「お前はそれほど可愛いんだから、子供を産まないともったいない」と言われたことか。
母親に似たこの顔が嫌で嫌で死にたくなるほどなのに。
『じゃあ、不細工に整形すればいいのに』
こんなとき、思い出したくもない誰かに言われたその言葉を思い出してしまうの。
心を許していて打ち明けたあの子――高校生のころに大好きだったあの子が私を蔑みの目で見つめて言ったのよ。
私は彼女のことが可愛いと思ったから、可愛いと言った。
でも『あんたと一緒にいると、自分が惨めになるんだよ』と『どう見ても、私のほうがブスなのに、どうして可愛いなんて言うの? 馬鹿にしてるの?』だと、思われていた。
「そんなことはないわ。あなたのことを親友だと思っているし、馬鹿にしたことは一度もないわ」
その本心の言葉すら、信じてもらえなかった。
ありえないと、私の目が腐っているのだと。
――机の上に置いていたスマホが鳴った。愛美からだった。
「さくら~~今から帰るんだけど、何かいるものある~?」
いつもの間抜けな声を聞いて、心の中の重たいものがすっと軽くなるような気がした。
愛美は実家に帰省していると言っていたけれど、おそらく関西にいるのだろうな。
わざわざ実家に帰るような子じゃなさそうだし、電話の向こうで「梅田、梅田」とアナウンスが聞こえるもの。
「じゃあ、551がいいわ。焼売も忘れないでよ」
彼女はまだばれていないと思い込んでいたのか、「えっ」と声を上げた。
「隠すつもりなんてないでしょう? 今梅田にいるのよね。アナウンスもきっちり聞こえているわよ」
「本当に? ご、ごめんなさい……つい嘘をついちゃった」
「別に気にしないわよ。その代わり、お土産は期待しているわよ?」
「も、もちろん……」
しどろもどろの愛美がとても可愛らしくって、ついいじめてしまいたくなる。
まあ、嫌われたくないから我慢するけれど。
「気を付けて帰ってきなさいよ。待っているから」
はあい、と気の抜けた声で返事をして、愛美は電話を切った。
さっきまで鬱々していたことがばかばかしくなってくる。
過去なんてどうでもいいじゃない。今、愛しい相手がそばにいるんだもの。
それだけで十分だわ。
はじめて会った時のことを思い出した。
カウンターで座っている愛美が私のことを見つめる目は、けして物珍しいものを見る目ではなくて、その辺の男性に振舞うようなほほえみを向けてくれたのだった。
いつも誰かと話すときは、緊張されるのに。怖がられるのに。
愛美がナンパをされているところを助けた後、意気投合して話しながらふと、聞いてしまったのだ。
「私のことを珍しいと思わないんですか?」
聞くと、うーんと唸って首をかしげた。
「見た目で人を判断はしないかなあ? あなたが優しい人だってことは、とてもよく伝わってきたよ」
いつも怖がられる青い目をまっすぐと見てくれる人は、はじめてだったのよ。
だから、好きになってしまったの。単純でしょ?
「本当にごめんね~~! りくろーおじさんのチーズケーキも一緒に買っておくよ!」
とLINEでスタンプとともに送られて、つい笑みがこぼれた。
愛美のことを嫌いになれたらいいのに、と思うことはたくさんある。
どうして好きになってしまったのだろう、とも考える。
けれど、それ以上に好きになってよかった。一緒に居られてうれしいと思うことのほうが多いのよ。
今、こうやって愛美のことを愛しいと思う感情が、いつかなくなってしまうのだろうなと薄々感じている。
その日がやってくることが恐ろしくてたまらない。
ずっとこうやって盲目に好きでいたい。
これは、恋に恋をしているというのかしら? 恋なんてろくに経験してこなかったからわからないわ。
いつまでも、愛美の恋が上手くいきませんように。
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