第16話 秘めた気持ちは【華視点】

 女の子同士が恋愛することがあることを知ったんは、最近のことやったな。

 酔っぱらった勢いで「うち、愛美のこと好きなんじゃけど」と告白されたときは驚いてしゃーなかったわ。


 まず、うちの自己紹介からはじめよか。誰も覚えとらんやろうからな。

 うちは伊藤華、みんなに華ちゃんと呼ばれることが多いねん。最近彼氏ができて結婚の話もされとるよ。まあ、アラサーやもん、当たり前やんな。


 この物語ではただのわき役やけど、みんなが言うリア充な人生を謳歌しとるわ。

 こんな普通なんは面白みのない人生なんかもしれん。


「うち、愛美とホテルに行ってしまったんよ」


 2人で飲んどるときに突然打ち明けられたときは、にわかに信じられんかったわ。

 うちは異性との恋愛経験しかあらへん。周りも当たり前に男性としか付き合っとったし。

 あの日は確か……うちがよく行く難波の焼き鳥屋にはじめて華を連れて行ったときやったな。


 でろんでろんに酔っぱらっとったから、凜は覚えとらんかもしれんなあ。

 そんな状態やったから、あの子は赤裸々に語ってくれたんや。

 もうご飯はすっかり食べ終えて、空のグラスが机に散乱している頃やった。日も跨いどった時間。


「元々、愛美のことが苦手だったんよ。だって、あの子可愛いじゃろ? すらっとしとるし、男受けしそうじゃし、実際モテとったもん。成績も主席で入学したらしいし。

自分とは違う星の人間だと思っとった」


「そんな人間ちゃうやん。思い違いとちゃうん?」


 ふふっと凜はやらかい笑顔を見せた。

 心底愛しいものを思い出すときの表情。うちの彼氏がうちの頭を撫でるときのそれと同じや。


「ゼミが一緒になって、うちみたいな田舎ものにも声をかけてくれて、仲良くなって印象が変わったわ」

「そうそう。あんたら、仲良うて嫉妬するほどやわ。ええやん。今どき女同士で恋愛することもあるんやろ?」


 そう聞くと凜は顔が曇った。


「わからん。愛美のことは好きなんよ。ずっと一緒にいたいと思うんよ。ただそれが、男性の代わりになるんかっていうと……それは違うじゃろ」

「そんなややこしい話なん? 恋愛なんてやれるかどうかなんとちゃうん?」


「華がそんなこと言うとは思わんかったわ」

「うちかて彼氏がおる女やからね」


 まあ、いざ恋愛感情とはなんぞやと聞かれるとわからんなあ。


 うちやって、めちゃべっぴんな女の子ならセックスくらいできるかもしれへん。特に女同士なんて友達同士で手を繋ぐくらいなら普通やもん。


 今彼氏に思うとる感情も、なんとなく好きやと勘違いしとるんかもしれん。

 好きってなんやろなあ。


「凜は考えすぎやねん。ええか悪いかを決めるのは2人なんやからさ。愛美に直接聞くべきやで」


「多分、愛美はうちのこと好きじゃろ」


「ほう……」


 甘酸っぱい会話のはずなんに、凛は苦しくてたまらんような顔をして話す。


「泣きながら告白されたんよ。うちのことが好きじゃって」


「レディコミの読みすぎちゃう?」

「ちゃうわ! うちだってびっくりしたんじゃけ!」


 ちゃうわ、に突っ込みを入れようか悩んやけどやめた。

 いつもそないにガバガバ酒を飲んだりせぇへん凜の酒を飲むペースがいつもより早い。


 凛も友達がおらんわけやないけど、一番の親友は愛美なわけやし、打ち明ける相手もおらへんやろうな。

 せやから、うちが選ばれたんやろう。


 べろべろの凜は店員を捕まえて日本酒を注文した。

 すぐさまお猪口と徳利が運ばれてきた。


「凛、あんまり飲みすぎんでや」

「だいじょーぶじゃって、うちは酒強いもん。あ、煙草吸ってもいい?」


 じゃあ、一本ちょうだい。と聞くと快く凜はうちに煙草を一本くれた。

 昔は少しだけ吸っとったけど、彼氏ができてから煙草を吸うのをやめたんや。


 凜の持っとる百円ライターで煙草の先端に火をつけて、身体に悪い煙を吸う。

 たまに吸うと、また煙草を吸いたくなるんやけど、彼氏がヘコむ顔は見たくないもんなあ。


「凛もまんざらやないなら、愛美と付き合ってあげりゃええやんか。何がダメなん?」


 彼女はお猪口に日本酒を注いで、ごくごくと喉を鳴らして飲む。


 頬をほのかに赤く染めて、目もすっかり座っとる。こんな凛を見たのは初めてかも知れんなあ。


「ダメなとこなんてあるわけないじゃろ。

 愛美は素敵な女の子じゃもん。付き合えるなら付き合いたいよ。大好きじゃもん。

 ダメなのはうちのほうじゃ。あの子がうちにかけ寄ってくるとき、罪悪感が湧くんじゃもん。

 こんなダメなうちのことを好きだって言ってくれる。その優越感に浸ってしまう。

 この感情は健全じゃないじゃろ。好きだけど、恋じゃないわ。こんなダメな人間だって愛美に知られたら……」


「凛はダメやないやん。背もすらっと高くてモデルみたいやし。どこが悪いん?」


 苦汁を飲む顔をして、凛は俯いた。


「田舎じゃ、背が高い女はいじめられるんよ。知らんかもしれんけど」

「そんなん、田舎者の嫉妬やと思ったらええやん。今は大人なんやからさ」


 そうなんじゃけどね、と複雑そうに微笑んだ。


 うちもけして背が低いほうじゃなかったけど、一度もいじめられたことはなかったな。うちには想像できひんくらい、苦しい思いをしてきたんやろう。

 いつもお調子ものの凛が、目を潤ませとるんやもん。


「愛美みたいな小柄な可愛い女の子に憧れとったんよ。あんな風に生まれたら人生が楽しいじゃろうなって」


「いかにも女子アナみたいな見た目やもんね。せやけど、愛美はきっと凛みたいなすらっとしたモデル体型に憧れてるんちゃう? ないものねだりやねん」


 いっぺん、愛美に「凛みたいに背が高かったらなあ」とキラキラした目で打ち明けられたことを思い出した。


「愛美にはもっといい人がおるはずよ。うちよりずっと素敵な人が」


 そんなん、愛美が決めることやん? と言いかけて喉元に留めた。

 これだけ愛美のことで悩んだ上で彼女に自分の気持ちを打ち明けんかったんやから。


「やっぱり、うちは愛美のそばにいちゃいけないよね」


 この会話を交わしたのは、確か、うちの初ボーナス日やった。



 いつも通話なんてしぃひん愛美から連絡があったのは、凛と会うてから2週間後のことやった。


「凛にLINEしてるのに、全然既読にならないんだけど。何かあったのかな」


 うちはどう答えるべきなのか悩んだ。

 2人の関係のためには凛の秘めた感情をバラしてもうたほうがいいのかもしれへん。


 ただ、それをして上手くいく保証なんてあらへんし、うちと凛との関係もめげるやろう。

 凛はうちにとって大切な友達やから、それは嫌やった。


「わからんな。既読無視なんて珍しいやん。何かあったんかもなあ」

「そうだよね…わたし、嫌われちゃったのかな」


 電話先の声が今にも泣きそうやったのをよく覚えとる。

 ああ、愛美は凛のことが好きなんやな、既読がつかないだけで泣きそうになるほど、凛のことを特別に思っとったんやな。


 ふと、凛があの夜のことを思い出した。うちが凛の立場ならどうするんやろか、と考える。


 もしも、愛美と一緒になれば確実に一生働き続けないけん。

 定年まで働き続ける層はうちらの世代でも数少ないやろ。

 そんな中、女性が1人で生きる選択肢を選ぶことはリスクが高いやろうな。


 結婚はもちろん、子供を産み育てることも諦めなくちゃいけへん。

 凛は昔から子供が好きやったものなあ。


 うちは、何が正解なのかわからへん。


 好き合った2人が寄り添って生きていくことが何よりのハッピーエンドやと思う。

 けど、それが何よりややこく叶えられにくいかもよくわかっとる。


 性別なんて関係あらへん。


 うちは2人の邪魔も応援もすることができひん。ただ、そばにいてそれぞれの愚痴や相談を受けることが精一杯や。


 凛はどんな気持ちで愛美のことをブロックしたんやろ。考えただけで胸が痛む。


「凛から連絡があればええなあ」


 願わくば、凛が自分の気持ちに素直になれますように。

 

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