第7話 惚れた弱み【美鈴視点】
ここ最近、萌花の様子がおかしい。
これまではあっけらかんとしていた彼女がどこか白々しい上に、常に通知をオフにしているみたいだ。前みたいにスマホを机に放置したままシャワーを浴びることもなくなった。
昨日、あまりに不審だったから「スマホを持ち歩かなくちゃいけない理由でもあるの?」と聞くと、ぎょっと目を大きく見開いて唇を尖らせて、
「美鈴には関係ないじゃん!!」とベランダに飛び出してしまった。こんな寒い時期にパジャマで?
もっと上手い誤魔化し方があったんじゃないだろうか。
私に隠し事をしています、と言い張っているも同然じゃないか。
これほど怪しい萌花もはじめてだった私は困惑しているのだ。
相談する相手もいないので、インターネットの知恵袋や匿名はてな、発〇小町やガー〇ズちゃん〇るなどを駆使してこの場合の対処法を休日二日間かけて調べ上げた。あと相談もした。
その結果、導き出した答えは「萌花は浮気をしているだろう」ということ。
大抵の人間は浮気をすると白々しくなったり、スマホを常に持ち歩くようになるらしい。
あと私が恋愛系の質問を見ている時に「追いかけている恋愛は上手くいかない」「恋愛は告白した方が負け」等という意見も目にした。
言われてみれば、萌花に告白したのは私だ。
女遊びが過ぎると萌花のことはたびたび噂になっていた。もちろん、私も遊ばれる覚悟で告白したのだ。遊ばれてもいい。ただ、萌花と一緒にいたいと思ったから。
そんな経緯だったため、告白も断られると思っていた。なのにあっさりオッケー。
「あたしも美鈴ちゃんのこと可愛いと思ってたんだよねー」
今思うと、こんな返事を受け入れてしまった私も私である。大学生の頃の自分は脳内お花畑だったのだ。初恋に浮かれていたのだ。あー、恥ずかしい。
ただ、インターネットの女性界隈の意見では「これがダメ」らしいのだ。
そうだな……私が追いかけていたし、付き合ってすぐの頃は毎日泣いていた。別れたほうが良いんじゃないかと何度も思い悩んだ。勝ちか負けかで言うと、めちゃくちゃ負けている。大敗北だ。
これまでの態度が彼女の浮気を助長させていたのかもしれない(これはあくまで仮説だが)。
本来なら私が告白なんかせず(告白が許されるのは高校生までとはてな民が言っていた)付き合うようそれとなく仕向けて(一般的な女性は皆しているらしい)、付き合っている雰囲気を醸し出し「あれ? あたしたちって付き合ってるんだよね?」と萌花に言わせる流れを作ることが正解だったらしい。インターネットの人間は皆恋愛上手なのだと感心してしまった。
「でも、本人に聞いてみないとわからないよ」
ともアドバイスをされた。インターネットの推測は大概ろくなものがないと、悶々と考えても被害妄想が広がるばかりだと。
ふむ。
そんなわけで、私は萌花に直接聞くことにした。
「私のこと嫌いになっちゃった?」「他に好きな人ができたの?」「浮気しているの?」
ストレートに聞けたら楽だが、それは愚策らしい。遠まわしに白状させるように仕向けて聞くことがポイントだとガル〇ゃんで学んだ。
金曜日、私はまぶたがくっつきそうになるのを必死に耐えて萌花が帰宅する時間まで待っていた。途中まで観ていたテラスハウスを消化しきった頃、萌花がドタバタと廊下を歩いてきた。
ソファで座っている私を見るなり、「こんな時間までどうしたの?」ときょとん顔をして、萌花は聞いた。
「これからシャワー浴びるわよね」
「まあ……話すことがあるなら聞くよ? 気になるじゃん。明日は休みにしてるから、シャワーは朝でもいいしね」
「土曜日が休みなんて珍しい」
萌花は目線をわざとらしく逸らした。
「まあねえ……」
その隠し切れてない態度にムッとした。
むしろ、それで隠し切れていると思い込んでいるほうがおかしいんじゃないの? あからさまに鼻の下を伸ばして、嬉しそうにしているじゃない。
いつも私の前でそんな表情をしてくれないくせに。
「あのさ。萌花。私に隠していることはない?」
あからさまに目が泳ぐ萌花、彼女は嘘をつくことがめっぽう苦手なのだ。
「え? 隠し事なんてあるわけないじゃーん……。知ってるでしょ? あたしが嘘をつくことが苦手だってさあ」
「だから聞いてるの。ここ最近、萌花のよそよそしい態度がおかしいと思っていたのよ。浮気をするならいいけれど、せめて隠してよ」
視界が滲んで前が見えない。
ほろほろと溢れる涙を萌花に見られたくなくて、恥ずかしくって、それを必死で拭う。
おかしいな。泣くほどのことじゃないわ。
ここ一年は萌花のことでいちいち泣いたりしなかったのに。
ほら、目の前の彼女が「はあ」とため息をついてしまった。
「あのねえ、美鈴。君の悪いところは思い込みが激しいところだよ。それ以外完璧なのに。いや、嘘だな。ちょっと察してちゃんなところがあるし、過去のこと引きずるし、欠点はたくさんあるじゃん」
机の上に置いてあるテッシュで鼻水を啜った。
「何それ嫌味? もう別れるんだものね。いいわよ。なんでも言えばいいじゃないの」
「いや、だからそういうところだよ。……まあ、あたしが勘違いさせたのが悪かったね。それは謝るよ」
酒臭い萌花は私の頭を撫でた。つい、それを振り払う。
「明日って空いてる? 空いてたよねー? 一昨日聞いたもんね」
私がまあ、と呟くと彼女はにっと人懐っこい笑みを見せた。
「ね。クリスマスデートをしようよ。これまで一度もしたことなかったじゃん? 夜景が見えるイケてるレストランもちゃんと予約しているんだ。……そんなに泣かないでよ」
泣かないでよと言われたのに、予想外のことを言われてますます涙が溢れてくる。私の涙腺、空気読んでよ。
そんな私を見て、「もう、泣き虫なんだから」と萌花はそっと抱き寄せた。
「タバコ臭い」
「仕方ないじゃん。まだ着替えてないんだからさあ」
「萌花がレストラン予約なんてらしくないわ」
「頑張ったんですよ? さくらに相談しながらプラン立てたんだけど、クリスマスってどこも予約が埋まっているんだよねー。びっくりしちゃったよ」
ひょっとして、私はそのやりとりを浮気だと勘違いしていたんじゃ……。
「私、萌花が浮気してるんだと思ってたの」
「え? 浮気なんてしないよー、面倒くさいじゃん」
「……面倒くさいって、そういうことじゃないでしょう。面倒じゃなかったら浮気するわけ?」
「いやいや、多分しないけどさー。安心してよ。さくらとは仲が良いけど、別に気持ちが浮ついてるわけじゃないんだよ。あの子の恋愛相談を受けてるくらいだしね」
「恋愛相談ねえ、そこから始まる恋があるって聞いたけど。相談女、だっけ?」
萌花は抱きしめていた腕を解いて、私の目をじっと見た。
「知らないけどさ。心配なら今度三人で飲みにでも行こうよ。この前は美鈴の予定が合わなかったけど、年末年始なら合わせられるんじゃないかな。それで安心できるなら、いくらでもセッティングするよ」
ん?
「もしかして、萌花、私のこと好きなの?」
はあ? と彼女は私の両頬を引っ張った。
「好きじゃなきゃ、ここまでするわけないじゃん。美鈴はバカなの?」
引っ張っていた手を離して、萌花は私の頬を撫でた。
「にやつかないでくれない? もう! さっきまで泣いてたくせに!」
「あ、にやついてた?」
「うん。バカバカバカ。こんな良い彼女持てて感謝してほしいんだけど?」
感謝してないわけないよ。
さっきまで落ち込んでいたことがバカバカしくなるほど、今萌花のことを好きな気持ちでいっぱいで他のことを何も考えられないよ。
なんで疑ってたんだろう? 今になると自分がわからないわ。
私は萌花のピンク髪を耳にかけて、つい頬にキスしてしまった。
「ありがとうね。明日楽しみにしてるよ」
さっきまで威勢が良かった彼女の顔がみるみる赤面して、「調子乗らないでよね!」と私の顔を抱きしめた。
「やっぱりタバコ臭いよ」
「いい気味だな!!」
これほど明日が楽しみな夜はいつぶりだろう。
あ、もう明日じゃなくて今日だった。
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