第8話 クリスマス 前編【美鈴視点】
夜更かしをしていたせいで、遅い時間に起床してしまった。時間は13時。目を覚ますと萌花は隣にはいなかった。部屋中探し回っても見当たらない。
あれ? どうしたんだろう? まさか、昨日話したことは全部夢だったの?
私はすぐさま萌花のスマホに電話をかけた。
聞きなれている着信音が今日はやけに長く感じる。
彼女は電話に出てくれなかった。
胸がざわついていた。ひょっとして、私は萌花に捨てられたのだろうか。
いや、ダメだ。
ネガティブなことを考えちゃダメ。きっとコンビニでも行ってるんだわ。そうに決まっている。
私は萌花が帰宅すると信じて、外出準備を始めた。
レストランで食事をするのだから、とびっきりのお洒落をしなくちゃ。
いつもは着ないようなチェックの膝丈ワンピースに、大きめのイヤリング。髪の毛もコテで軽く巻いてみた。
いつもパンツスーツばかりだものね……スカートなんていつ振りだろうか。
洗面所でメイクをしていると、萌花が帰ってきた。
「あ、もう準備しているんだね~! 今日の美鈴、いつもと雰囲気が違うじゃん」
萌花もいつもより小奇麗な格好をしていた。
黒の薄手のニットにチェックのサロペットを合わせている。レストランへ行くのに、パーカーなんてことはさすがにないか。
彼女は既にメイクも済ませていて、洗面所で化粧をしている私のことを時々一瞥しながらスマホを眺めている。
「ねえ、さっきまでどこに行ってたの?」
「レンタカー借りてきてたの。美鈴が寝ているうちに済ませたほうがスマートでしょ~?」
私はさっきまで疑心暗鬼になっていた自分を恥じた。
「だから、電話しても出なかったのね……」
「そうそ。ほら、早く化粧済ませなよ。美鈴はいつも長いんだからあ」
「萌花と違って、作業工程が多いのよ!」
「そうなの? すっぴんでも美鈴は可愛いじゃんか。適当でいいじゃん」
「……そこにいたら気が散るから、リビングで待っててよ!」
「はあい」
照れもせずに容易く褒めてしまえる萌花が憎たらしいわ。
こうやってちゃんとデートをするのはいつ振りだろうか。
付き合ってすぐの頃にはデートらしいデートをしていたけれど、お互い時間が合わないこともあって一緒に出掛けることすら少なくなってしまった。
だから、まるで出会った頃に戻ったような気持ちになっているのだ。
「たまにはドライブデートもいいかなって思ってさー。軽だけどごめんね」
「いいのよ。二人だものね」
助手席でシートベルトをつけ、萌花を一瞥した。
初めてのデートの時みたいに、妙にドキドキしている。彼女は車のエンジンをかけて、ハンドルを握った。
「ひゃー、車の運転なんて久しぶりだよ。事故ったらごめんね?」
「やめてよね。不安だったら私が代わるわよ」
「大丈夫大丈夫。実家じゃよく運転していたからさー」
ここ数年実家に帰ってないだろうに、何を根拠に大丈夫だと言っているのだろうか。
コインパーキングを出て、車は街の狭い道路を順調に走って行く。
萌花はいつもと違った真剣な表情で前を見て運転していた。
いつもにへらとしているか、ふざけている萌花ばかり見ているので、どこか新鮮だ。
「これからどこへ行くの?」
「海岸沿いのカフェに行くつもり。パンケーキとフレンチトーストが美味しいんだって! 美鈴は甘味が好きだからさ」
「ああ、インスタで見たことあるわ。前から行ってみたかったのよね」
「それは良かった。今日は晴れているから、きっと眺めもいいはずだよ」
クリスマス前の週末だからか、心なしか車の量も多い。
この辺は車社会だからか、基本的にはデートも車ありきだ。きっと萌花はそれをわかっていて、車をわざわざ借りてくれたのだろう。
つい、口元が緩む。
「そういえば、クリスマスプレゼントだけどさ。カフェで軽く食べてから一緒に見に行こうと思っているんだけどいいかな?」
「ええ。もちろん。いつもクリスマスプレゼントは一緒に買いに行くものね。今年はどうするの?」
「指輪を買おうと思うんだけどどうかな?」
赤信号で車が停まった。その時、萌花は私の顔を見た。
私は突然の言葉に、口をぱくぱくとすることしかできなくて俯いた。
「別に大したことじゃないじゃんか。もう、美鈴は大げさなんだからさ。もう付き合って二年も経つし、ほら、私たちって女同士だからさ、指輪くらいあってもいいじゃん?」
「萌花がそこまで考えていてくれているとは思ってなかった」
「酷いなあ。あたしはいつだって美鈴のことを考えているんだからね~!」
「それは嘘でしょ」
信号が青になって萌花はすぐさま正面を向いて、アクセルを踏んだ。
海岸沿いにぽつんと建っているカフェは立地が良いとは言えないにも関わらず、ほぼ満席状態だった。
私たちはどうにかギリギリ店に入ることができたけれど、その後に来たカップルたちは店の中で待たされているようだった。
窓際の一番端のテーブルに案内されて、私と萌花は向かい合って座る。
周りはカップルと友達連れらしき人たちばかりで、皆幸せオーラを放っていた。
「何頼もうか? あたしはフレンチトーストと珈琲にしようかな。美鈴は?」
「私はどうしようかな……じゃあ、このチョコカラメルパンケーキとキャラメルラテにするわ」
萌花はポニーテールにしている小奇麗な店員を呼びつけて、注文を伝えてくれた。
すぐに珈琲とキャラメルラテが机に運ばれた。白いふわふわの泡の上に、キャラメルがかけられている。一口飲むと、苦みよりも先にしっかりとした甘みが口の中に広がった。朝から何も食べてない低血糖な身体に沁み渡る。
「萌花は今日休みを入れたって言っていたけれど、店は大丈夫なの? アルバイトも今いないのよね?」
「あー、さくらが今バイトで来てくれているんだよ。今日も事情を話したら快く受け入れてくれてさ」
萌花は暖かい珈琲に息を吹きかけながら啜り飲む。
「ふうん。いつの間にあなたたち仲良くなったのね」
ただの友達だとはいえ、二人の関係に嫉妬をしないわけがない。
きっと指輪のことだって、さくらさんに相談して決めたのだろう。
それくらい気心が知れている相手が、自分の恋人の近くにいると思うともやもやしてしまう。
口には出さないけれど。
そうやって話していると、パンケーキとフレンチトーストを店員が持ってきてくれた。
フレンチトーストもチョコカラメルパンケーキのどちらも、インスタ映えをしそうな可愛らしい見た目をしている。
私たちは美味しいねとお互いお喋りしながら、皿に盛られたそれらをぺろりと平らげた。
「美味しかったわ。連れてきてくれてありがとう」
「いえいえ。いつも我慢させちゃっているからね。たまにはご奉仕しなくちゃね!」
――ブーブーブーブーブー…………。
椅子にかけているハンドバッグの中から低いバイブ音が鳴り響いた。
社用携帯からの電話だ。
身体の血の気が一気に引く。休日の連絡なんて、十中八九トラブル対応だ。
私の抱えている派遣社員さんはほとんどが土日休みだから、休日に電話がかかってくることはほとんどない。
あるとすれば、派遣元からか、他の営業のトラブル対応か。ここ数か月は休日に連絡なんてなかったから、油断していた。
目の前の萌花の顔の表情が一気に暗くなる。彼女も私と二年も一緒にいるのだから、「わかっている」のだ。
「いいよ。電話出なよ。先に会計しておくね」
そう言って弱々しく微笑んでくれる萌花を見るのが、辛かった。私は頷いて、店の外で電話を取った。
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